第九章 遺跡の戦い

「こうもひょっこりと戻ってくるとはな」

「俺は信じてたよ! フィル!」

「これは……一体どうなってるんだ」


 フィルとカトレアの二人は、川辺からの道を進み村に戻っていた。

 二人が戻った時には村の中は騒然とした様子となっており、困惑しながらも村の入り口の方まで向かうと、魔物の返り血まみれになっているゴーシェやトニが村の者達と一緒にいた。


 全身ずたぼろの姿になっていたフィルとカトレアの二人の身を案じたが、大した怪我もないことが分かり、気楽な声をかけてくる。


「ディアはどうした?」


 一人姿の見えないディアのことを少し心配に思い、二人に聞くフィル。

 村の近くの森の中で、狼の魔物と出くわしたのである。村の方にまで魔物が向かっていても不思議ではない。


「村長さん達と一緒に、まだ外で戦ってるよ。アイツが戦えるのにも驚いたけど、さっきのディアは酷かった。ワーグを探してるんだろうけど、他の魔物をちぎり飛ばしてたぞ」

「ああ……なるほど……」


 旅に出る時からずっとだが、ディアは新種の魔物に執心だった。

 この村を訪れる直前に狼の魔物――と同一のものかは分からないが、それが姿を現したため、もう一度姿を見ようと躍起になっているのだろう。


「まあアイツはいいか。それよりゴーシェ、村に狼――ワーグは来なかったか?」

「いや、ゴブリンとオーガ――小者ばっかりだな。フィル、お前達の方に出たんだって?」

「そうだ。そうか……こっちには来なかったか」


 フィルの胸中に安堵の気持ちが満ちる。

 小者ばかりとは言え、魔物相手に余裕をもって戦えるこの村の戦士達ではあるが、フィルが数刻前に出くわしたワーグを相手取れるかは分からない。


 魔物に侵攻された土地をこれから攻めにいくと言うのだ。

 恐らくあの魔物――ワーグともいずれ戦う必要があるのだろうが、万全の体勢で挑むのと、急襲を受けるのとでは訳が違う。


「まだ戦ってるのか? 俺も行った方がいいかな」

「魔物の数も大分減ってたし、もうすぐ終わるよ! フィル、怪我してるんだからやめときなよ」

「この村の奴等も大分戦えるみたいだしな。大丈夫だろ――お、噂をすればだな」


 フィル達が立ち話をしている所に、村の入り口の先からファングを先頭にし、村の者達が戻ってくるのが見えた。その一群の中にはディアもいるようだが、ゴーシェ達以上に血まみれになっている。


「おおフィル殿、無事だったか」

「戦いに参加できなくてすまなかった。魔物は大丈夫なのか?」


 ファングが手を上げてフィルに声をかけてくる。ファングをはじめとした村の者達も全員が全員、魔物の返り血を浴びて汚れている。


「大丈夫だ。一匹残らず殺してやった」

「もうやんなっちゃうわよ。狼ちゃん、出てこないんだから」


 特に傷もないようなファングが物騒なのか頼りになるのか何とも言えないことを口にし、横にいるディアも盛大に息を吐く。


「……ワーグのことを言ってるのか? ディアお前、目の前に出て同じこと言えたら大したもんだぞ」

「分かってるわよ、そんなこと。でもそんなに凄い魔物だったら、尚更早くお目にかかりたいわね!」


 どうやら村に攻めてきた魔物は全て片付けたようで、村の者達も談笑をしている。

 フィルは戦闘に参加していないものの、一緒に行動をしたクゥ達の動きや、ぱっと見てもかなりの数の魔物と戦ったはずなのに余裕を残している村の戦士達を目の当たりにして、日が迫っている魔物との戦いに希望も見えてくる。


「しかしフィル殿、傷の方が酷く見える。村の者に手当てをさせよう」

「ああ、ありがとう。でも傷は大したことないんだ。すまないが、俺よりカトレアの手当てをお願いしたい」


 実際、フィルの方は川に流された際の生傷は多いものの、体を動かす分には特に問題がない。フィルの横で足を引きずるようにして立っているカトレアに視線が集まる。


「そんなフィルさん……このくらいなら自分でもできますし……」

「まあまあせっかくの好意だ。甘えようじゃないか!」

「我等の戦いに加わってもらうんだ。これくらいのことはさせてくれ」

「は、はい。でしたら……お願いします」


 一度は断るカトレアだったが、ゴーシェやファングの言葉を聞き入れる。

 ワーグと対峙した時には戦々恐々という様子だったカトレアも、村に戻って大分落ち着きを取り戻したように見えた。


「おい、誰か。カトレア殿とフィル殿の手当てをしろ」

「はっ」

「俺はいいって――」

「そう言わないでくれ。我等からフィル殿達にしてやれることは少ない」

「……分かった。しかし、今日出くわした魔物の話もある。後で時間を取れるか?」

「それも明日でいいだろう。とにかく今日は時間も遅い。休んでくれ」


 ファングの断定的な口調により、フィルも村の好意に甘えることにした。

 本当のところは、出現したワーグのことをファングに話しておきたかったのだが、変更もないようなので魔物との戦いは明後日だ。傷を負ったことは事実だし、言われる通りに休息をとった方がいいだろう。


 フィルは村の者に案内されるままに、カトレアを連れてゴーシェ達と一時別れることにした。村では魔物の襲撃があったことがあり、夜通しで警戒体制を敷いているようだったが、そこでもフィル達面々はそれに参加せずに休息を取るようにと言われた。


(意外としっかりしてるんだな……これは、勝ちの目が十分にあるな)


 きびきびと動く村人達を見て、魔物との戦いに展望があるように思えた。

 その夜は村人の手当てを受けてゆっくりと休み、その翌日もファングや村の主だった面々との戦いの段取りを話すだけに終わり、すぐに戦いの日がやってきた。


***


 クゥを先頭にしたフィル達面々が森を進む。

 一番後ろをジャニスが進み、フィル達五人が二人に挟まれる形だ。


「皆、そろそろ警戒して欲しいべ。魔物の臭いがぷんぷんする」

「おう」


 先頭を行くクゥが前を向いたまま後ろに声をかけ、フィルが小さく返事をする。

 フィルは決戦当日、ファング達村の人間と共に村を出ていた。決戦というのに動きは静かであり、村の者は大体が六人程の集団を作り、それぞれに魔物の領域に向かって進んでいる。


 三百人もの人数で魔物と事を構えるというので、てっきり正面からぶつかるものかと思っていた。

 大人数で前線を作って戦う傭兵とは異なり、魔物に察知されないように森の中を静かに進んでいく村の戦士達の動きには少し驚いたが、確かに森の中での動きに長けた者であれば、隠密で動く方がいいだろう。


 小勢がかなりの数の集団に別れて行動しており、互いの姿を視認するのも難しいような距離であるが、ファングが言うには遺跡付近まで侵攻したら一気に攻め込むのだと言う。

 一体どうやって合図し合うのかともフィルは思ったが、複数に分かれた集団内の村の人間は、それぞれに犬笛・・のようなものを使っており、ファングからの笛での合図で『前進』や『後退』などの簡単な意思の伝達ができるようだった。

 村の人間が使っている笛は犬を使役する際に使う笛に似ており、人の耳にほとんど届かない音を発する。フィル達にはかすかに甲高い音が聞こえる程度の音だが、村人達の聴覚は少し異なるようで、十分に音が届くと言う。

 フィルの集団の中では、クゥがその笛を定期的に吹き、周囲の集団との位置関係を確認しながら進んでいる。


 また、村を出る時にファングからの説明があったが、どうやらこちらには気配を察知させないながらも、村の守り神の狼も魔物領に入っているらしく、遺跡を一気に襲撃する際にはそちらからの合図があると言う。


「まるで御伽噺おとぎばなしだな。狼の命令で戦うなんて……フィル、お前経験あるか?」

「あるわけないだろうが……それより静かにしとけよ。クゥに怒られるぞ」

「そんなことで怒りゃしないが、静かにしてくれよ……」

「分かってるってのに」


 気楽にもそんな談笑をしながらフィル達が進むが、森の中を進みながら魔物を察知し、先頭のクゥが弓の奇襲で息の根を止め、また進む、というような動きを繰り返していた。

 クゥの弓の腕前は見事なもので、かつ魔物も集団で動いていないようだったので、フィル達は出る幕がないような進軍だった。


「つい先日村を襲ってきたってのに、単独の魔物が多いな。警戒してないのか?」

「魔物にそんな頭はないべ。今回は守り神様もついてるんだ、楽勝だべ」

「向こうにも似たようなのがいるがな……」


 フィルと一緒にワーグに出くわしたはずのクゥが気楽なことを言っている。フィルもらした釘を刺すような嘆息気味の声を、こちらへの合図なくクゥが矢を放る音がかき消した。


「ん? 何か言ったか?」

「いや、何でもない……」


 あくまで気楽なクゥの様子に、フィルも気が抜けてくる。

 クゥが定期的にやり取りをしている周囲の集団も、同じ歩調で前進しているようなので、これまで特に問題も起こっていないのだろう。何かあれば『警戒』を意味する合図が送られてくるはずだ。


「遺跡までもうあと少しだべ。合図で奇襲を仕掛けることになってるけど、その後は乱戦になるだろうから、フィルさん達も気を引き締めてくれ」

「余裕こいてるお前の方が気を引き締める必要があるんじゃないか?」

「冗談ばっか言ってねえで頼むべ、ゴーシェさん」

「すまん。戦いになったらちゃんとやるからよ」

「ホントに頼むべ……」


 遺跡が近くなりクゥの顔にも緊張感が出てきており、それを見たフィルやゴーシェ達も自分の装備を再確認する。

 森の木々の奥に石造りの遺跡のような建物が見えてきたところで、前を歩くクゥが合図を出し、フィル達は静止した。これまで進んできた森の中とは異なり、遺跡周辺にはやはり多くの魔物が屯っているようだ。

 村の人間たちで構成された各集団は、遺跡をぐるっと囲むように布陣しているということで、一斉攻撃のための待機をしていた。


「――合図だべ。もう一回聞こえたら俺が合図するから、そうしたら一斉攻撃だ」


 木々に隠れて待機するフィル達のもとにかすかに聞こえた甲高い音――笛の合図を聞き、クゥがその意味を伝える。クゥが弓を引き絞り、周囲の面々――トニやカトレアも横に並んで同じように矢をつがえて引き絞る。

 ファングから聞かされた基本戦術は単純だ。遺跡を取り囲んだ各集団が、一斉攻撃の合図を皮切りにして、各々に弓での攻撃を続ける。魔物が自分たちの方に向かってくるようであれば後退しながら攻撃を継続、周囲の集団がそれを補助するようにそちらに攻撃を集中させる。

 自分達や周囲の集団に魔物が向かってこない場合は、遺跡の方に前進しながら攻撃を仕掛け、注意が自分達の方に向くようにする。それにより魔物が向かってくる場合は、魔物を引きつける様に後退しながら攻撃を続け、周囲の集団は最初と同様にそれを支援する。

 要は、基本的には突出した敵を囲んでゆっくりとすり潰す、他の集団は魔物を炙り出すように動いて敵の注意を散らす、というものだ。


(中々によくできた戦術だ……と思う)


 ファングの説明する戦い方を聞いて、フィルは素直に感心した。森の中――それも少数で戦いを挑む上では、隠密行動が基本になる。傭兵の戦い方とは異なるが、自分たちの長所と短所をよく考慮した戦い方と言えるだろう。


 フィルはそんなことを考えながら、矢をつがえたままのクゥと同様の姿勢で待機していた。


「――守り神様の声だ。始まるべ」

「ちっ、守り神様殿は後ろかよ。戦うのは俺達ってわけね」


 後方から狼の遠吠えを聞いてのクゥの声、それに軽く毒づくゴーシェの言葉に反応することなく、皆一様に緊張を強めるのが分かる。

 ――そして森の中に静かに響く、甲高い笛の音。


「撃て!」


 静かに指示を出すクゥに声を返すでもなく、皆それぞれに狙いをつけて矢を放った。

 フィルが射た矢は手前側のゴブリンを捕らえ、周囲の森の中からも次々と矢が放たれるのが見えた。


「撃ち続けるべ」


 クゥは静かに矢を放り続ける。それに習い、ディアやカトレアも狙っては矢を放ち、狙っては次の矢を放つ、という動作を繰り返す。遺跡の建物の周囲の魔物はばたばたと倒れ、残った魔物が焦りの声を上げるのが聞こえた。


「こっちには向かってこないな」

「おいゴーシェ、あまり前に出るな」

「いや、それでいいべ。予定通り前進して攻撃を続ける」


 矢の奇襲をやり過ごした遺跡の魔物は複数の集団に分かれ、それぞれに森の中に向かっていくのが見えた。遺跡の中からは異変に気付いた魔物が次々と出てきているため、それらの注意を引くために前進しようとクゥは言う。

 その言葉に促されるままに、フィル達は遺跡に向かって前進し、ほとんど森から出た場所から矢を射掛け始める。


「思った以上に予定通りだな。これ、このまま勝っちゃうんじゃねえの?」

「あんま調子に乗るなよ、ゴーシェ……お前がそういうことを言う時は碌なことがない」


 淡々と矢を放り続けるゴーシェが言うことも分かり、遺跡から出てくる魔物のほとんどが森の中から次々と射掛けられる矢に沈んでいる。辛うじてその矢の雨を逃れ、怒号を上げながら森の奥に駆け込んでいく魔物も、それぞれの集団が問題なく処理しているのだろう。異変を知らせる合図もない。

 遺跡自体に防衛用の壁がないことも一因だろうが、現状では次々と遺跡内から湧き出てくる魔物に淡々と矢を撃ち込むだけである。ゴーシェの言う通り、確かにこのまま魔物を駆逐できそうな雰囲気すらある。


「カトレア、あんま必死にならなくてもいいぞ。こっちが優勢だ」

「はっ、はい! ほどほどに精一杯頑張ります!」

「でもフィル、大丈夫かな。この前の狼の魔物が見えないけど」


 必死に矢を放り続けるカトレアに声をかけたところで、トニから不安そうな声が返ってくる。確かに先日見たワーグが今のところ姿を見せていない。


「そうだな、それが気になるが……」

「遺跡の魔物の仲間じゃなかったんじゃねえの? この周辺にいるんだったら、騒ぎに気付かないはずもなさそうだが――」


 ゴーシェがそう言った所で狼の唸り声が森の中に響き、フィルの左方側から叫び声が上がった。その少し後に、今までと少し調子が違う笛の音が響く。


「フィルさん、ゴーシェさん、左側の奴らがやられた! 敵がこっちに来るべ!」

「ゴーシェ!」

「おうよ!」


 クゥの声が上がりフィルとゴーシェは手に持った弓を放り、抜き放った剣や盾を構える。

 その直後、森の奥から巨大な黒い塊が飛び掛ってきた。ワーグだ。


「グルオオオオオオオオ!!」

「ぐっ!」


 巨大なワーグに真っ向から飛び掛られ、フィルは正面から盾で受けざるを得なかった。


「フィル!!」

「あああああああっ!!」


 ワーグの全体重の突進を盾で受けたものの、その衝撃の重さに後方に吹っ飛ばされるフィル。フィルにかかったトニの声と同時に、フィルと入れ替わるように戦槌を振りかぶったディアが叫び声を上げながら前に出る。綺麗な弧の軌道を描く槌頭を易々と避けたワーグは、瞬時に後方へ飛んだ。


「フィルさん!」

「大丈夫だ、傷はない! ゴーシェ、トニ、ディア、前に出て囲め! 他は弓で援護だ!」

「言われなくても分かってるって!」


 吹っ飛ばされ地を転がった際に背中を強く打って息が漏れるが、息を整えるとフィルは無事を叫ぶ。フィルの指示を聞くまでもなく、警戒して距離を取るワーグを囲むようにして他の三人が位置取る。互いに警戒して動かない状態となった。

 睨み合うワーグは血で塗れているのだろう、口元が真っ赤になっている。ぶっと何かを吐き出すのが見えた。恐らく、直前に襲われた村の人間のものだろう。


「この野郎……」

「クゥ、落ち着け。飛び出すなよ――」


 息を荒げるクゥをフィルが嗜めようとした時、周囲の森の中から幾数もの矢がワーグを襲った。いつの間にこちらに来ていたのか、他の集団の人間たちがワーグを広く囲むように弓を構えているのが見える。


「グルル……」


 体の水を飛ばすようにワーグが身震いをし、毛の長い体毛の中から矢がばらばらと落ちる。


「怯むな! 撃ち続けろ!」

「おお!」


 周囲の集団に加わっていたファングの声が上がった。目の前の魔物の体に、矢の攻撃が届いていないことに一瞬戸惑った村の人間達が、再び次々と矢を撃ち始める。

 雨のように降り注ぐ矢を浴びてもなお、ワーグの方はあまり意に介していないようで、フィル達前線とのにらみ合いを続ける。深手を負わせることは適わないものの、顔に水をかけられたような反応をワーグが見せ、フィルはそこに隙を見た。


「一斉に斬りかかるぞ!」

「応!」

「うん!」

「分かったわ!」


 ワーグが少し怯んだ様子を見せたところで、フィルの掛け声と共に皆で一斉にワーグに飛び掛った。突進し剣を振りかぶって肉薄する、というところでワーグがその口を開け広げ、声を上げた。


「なっ!」


 威圧するように唸ったように見えたワーグだったが、巨大な口から出たものは声というより、衝撃波を音にしたような獣の声とは思えないようなものだった。

 耳慣れないその声に驚きもしたが、何より――


「何これ、体が動かないよ!」

「くそっ! どうなってやがる!」


 盾を前にしてワーグの目の前にまで近づいていたフィル、そして周りで今にも斬りかかるような姿勢だったゴーシェやトニ、ディアまでもがワーグの近くで動きを止めていた。振り下ろそうとした腕が、まるで誰かに後ろから掴まれているように体が動かない。


「お、おい。フィル!」


 肉薄していたフィル達の姿をちらりと見るような仕草を見せたワーグが叫び声を上げ、目の前で静止するフィルに牙を剥く。


「グアアアアッ!」

「はああああっ!」


 丸飲みせんというように大きく開いた口、そのワーグの牙がフィルの体に届こうという瞬間、横殴りの槌頭を胴に受けた。ワーグの巨体が宙に浮き、吹っ飛ぶとまではいかないものの、横に飛んで地を転がっていった。


「ディア! すまん、助かった!」

「皆、敵の魔法よ! 魔力操作で体の内に溜めた魔力を一気に発散させるようにすれば解けるわ!」


 フィルの窮地を救ったのは、重い戦槌を振りぬいたディアだった。

 ディアの叫びに、皆はじめは何を言っているか分からなかったものの、体の動きを止めているのが敵の魔法であることに即座に気付き、それぞれに言われた通りに体に魔力を込めた。


「はっ!」

「あああっ!」

「えいっ!」


 フィルとゴーシェ、トニはディアが言うようにして体内の魔力を一気に解き放つようにして発散させると、確かに言われた通り体の呪縛が解けた。

 魔力操作がまだ上手くできないカトレアの方にはディアがすぐに向かい、背を叩くようにして魔力を込め、同じようにカトレアの呪縛を解いている。


 ディアの重い戦槌の直撃を受けたにも関わらず、ワーグは頭をぶんぶんと振って唸り声を上げるのみで、大きな傷を負っているようにも見えない。敵に構え直すフィル達を睨み付けるようにして唸り、ワーグが再び警戒のために動きを止める。


「魔物が、魔法だと……?」

「ますます興味が湧いてきたわね。魔物ってのは元々魔力が強いんだから、魔法を使ったくらいで驚かないでよ」

「いや、無茶言うなよ……普通驚くだろ」

「何にせよ、もう不意打ちは食らわない。もう一度、一斉にかかるぞ」

「応!」


 ファング達の矢の猛襲は続いている。


「行くぞ!」

「おおっ!」


 フィルの掛け声で再び飛び掛る面々。

 矢に少し怯んで見せたようなワーグだったが、こちらが機を見て飛び掛るのを分かっていたのか、横に薙ぐように前足を振るった。まだ距離のあったゴーシェとトニはワーグの動きを見て瞬時に飛びのき、既に踏み込んでいたフィルは盾を構え、重い横なぎを受ける。


(やはり重い……)


 振り払うような一撃であったため、踏み込んで構えた盾はある程度衝撃を殺すことに成功する。それでも、後ろに軽く飛ばされるほどの衝撃に、金属の盾が音を立てる。


「くそ、畳み掛けるぞ――」


 重い一撃に後ずさったフィルが負けじと声を上げたところで、自身を追い抜いていく影が視界に入った。声を上げるのを止めて息を飲むフィルだが、目の前を颯爽と駆けていったものが巨大な狼だとすぐに気付いた。


「狼……?」

「守り神様だべ!」


 その巨大な狼は先ほどまで対峙していたワーグより一回り大きく、視認した直後にワーグの懐に飛び込んでいったのが見えた。重い突撃を受けたワーグはもつれ込むように地面を転がり、そのすぐ後、巨大な狼――村の守り神である狼の牙がワーグの首元に食い込んでいるのが分かった。

 地面に抑えつけられたワーグは前後の足をばたばたと動かし牙から逃れようとするが、抗えない力の差に、その動きを止める。


 牙を引き抜いて顔を上げた巨大な狼は、ゆっくりと周囲の村の人間やフィル達を見回し、前に進めと言わんばかりに、ふいっとその視線を遺跡の中央の方に向けた。


 物言わずに遺跡の方に駆け出していく狼の姿を見て、森の中に村の人間達のときの声がこだまする。

 村の守り神、巨大な狼の出現により戦いは遺跡の中央に移っていく。

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