第三部

序章 鍛冶屋の娘

 ガルハッド本国の城下町に存在する魔法を研究する施設。

 森人もりびとであるディアリエンはそこで、魔晶石の研究に従事していた。


 十五歳という幼い齢から、国立の研究施設にて年月を過ごした。

 森人の国からガルハッド国に移住した両親が同施設で働いていたことにより、同じく魔力の行使に先天的な才があるディアリエンにもお鉢が回ってきたのである。


 ディアリエンが施設にて働き始めた時すでに、隣国であるアルセイダ国より魔剣の付呪エンチャントの技術が伝わってきていた。


 当初はその失われた魔法という技術の詳細や体系などは全くと言っていい程分かっていなかった。

 アルセイダ国から伝わってきたのは魔剣の存在と製造のための技法――とも言えない簡易的なものであり、ガルハッド国は見よう見まねの形で魔剣や魔晶石、そして魔法の研究を進めていた。


 数年という短い年月ながらもある程度の情報や体系が蓄積されており、それを森人や山人などの先天的に魔力を扱う才がある者に普及させることにより、国内での魔剣の製造を促進することには成功した。


「やはり……おかしいわ」


 魔剣を手にしてからの魔物との戦いが確実に優勢となったことにより、傭兵達は勿論のこと、研究所内でも魔晶石の研究に皆が夢中になっていた。

 そんな中で、魔剣という存在自体に対して、ディアリエンは一人疑問を感じた。


 誰もが薄っすらとは疑問に感じているだろうが、真剣に取り合わない問題。

 魔法という技術が失われてから、数百年の時が経っている。


 それまではお伽話の中の存在であった魔物を媒体として、魔晶石が発見されたが、アルセイダ国で魔剣の製造という体系的な技術が何故確立したのかについては謎のままだ。


 聞くところによるとアルセイダの巫女から数本の魔剣と魔法の技術が伝授され、ガルハッド国同様に研究を進めたことにより、魔剣が普及したと言う。

 アルセイダ国内では、信仰の対象とする神から授かった奇跡として受け入れられているようだが、どう考えても眉唾ものだった。


 隣国としての交流はあるものの、ことアルセイダ教のことに関しては閉鎖的なのがアルセイダという国だ。

 ガルハッド国、そして恐らくそんなアルセイダ国も、魔剣という存在が一体何であるかはあまり気にしていなかったのだろう。

 答えがでないものよりも魔物の脅威を払うことの方が大事というものだ。


 しかし、ディアリエンは違った。

 国防のことなんかよりも自身の興味の方が重要という性分によるものだ。

 魔剣の成り立ちや魔法の本質を知りたいという欲求があった。


 日夜研究をする対象としている魔晶石は、どれもオーガなどが持っている標準的なものだった。

 そんな中、時たま魔力量の多い魔晶石が持ち込まれることがある。


 数年の研究の中で、魔晶石にはそれぞれ大きさや魔力量など微妙に異なることは分かっていたが、明らかに魔力量や質が異なるものが存在した。

 そういった魔晶石が研究施設に持ち込まれることは稀だ。


 目下、傭兵達が国境での戦いを続けており、魔剣を打てる者も増えてきたため、そういった魔晶石は前線の傭兵達が自らの力として使っていたからだ。

 研究施設では、あくまで魔剣の製造や付呪を体系化し、より確実なものとするための研究を行っていたため、そういった事情も勿論知ってはいたが誰も気にしない。


 ──しかし、その本質こそを知りたい。

 ディアリエンがそんな自らの知的欲求によりその状況に耐えられなくなったのは、ガルハッド国が東方の国境近くにあるベルム城にて劇的な勝利を収めた年より、五年ほど遡る時のことだ。


 十八歳の齢となった若き日のディアリエンの発想は単純で『では前線に自ら赴けばいいじゃないか』というものだった。


「私、リコンドールに行くから」


 突然そう言い放ったディアリエンの言葉に、父の反応は淡白なもので「そうか」と返すだけだった。

 娘同様にあっさりとした性格の父に出立の旨を伝えたその日に、ディアリエンはリコンドールの町へと向かった。


 リコンドールは荒くれた傭兵が多く集まっていたものの、戦時の特需であらゆる商売が繁盛している町であったし、何よりディアリエンの目的だった魔晶石が大量に集まっていた。


 本国の研究室でディアリエンが魔晶石の本質的な研究をしたいと主張した際、一向に収まることがない魔物との戦いを意識してか、そんなディアリエンを不謹慎だと罵るものもいた。

 しかし、この町は血や鉄の臭いを常に孕んでいるものの、皆が好き勝手にやる浮かれた空気に満ちており、ディアリエンの道楽とも言える研究欲求に口を挟むものなどはいなかった。


 町に来てディアリエンはすぐに、修行の名目で鍛冶屋にて働くことにした。

 魔晶石や魔法の研究をしたいのは勿論のことだったが、それらを用いて魔剣を製造する技術にも興味があったからだ。


 特殊な魔晶石を持ち込むような傭兵は、自身の武器を鍛えるために、鍛冶屋に直接赴くことも多かったのも理由の一つである。


「魔剣作りの修行をしたいので、この店で働かせてください」

「ふむ」


 町での評判を仕入れ、目ぼしい店で働こうと数店舗の鍛冶屋を回ろうとしたところで、一店目であっさりと許可がおりた。

 ディアリエンがリコンドールで身を置いた店、『山人の鍛冶屋』である。


 店で働き始めると、読み通りリコンドールの町に来てよかったとすぐに実感した。


 本国では見たことのないような魔力量を持った魔晶石が毎日のように見れたし、付呪の過程を通して情報集めもできた。

 未だその原理を理解したとは言えず直感的に取り扱っているものの、付呪を通した魔力の行使を続けることにより、その精度が日々向上していることも分かった。


 傭兵などには明かさないものの、付呪の儀式を行う際、魔晶石が持つ魔力の中に飛び込むような感覚の中、魔晶石のあるじというようなもの──薄ぼんやりと知覚するようではあったが、その存在を感じ取ることができた。

 同様に店で魔晶石を扱う店長のヴォーリとは話したが、恐らく魔晶石には魂と言えるような魔力の根源となる存在が宿っており、付呪とはその存在との契約を結ぶための、明らかな魔法・・だと結論付けてもいた。


 そして何より、顔見知りになったフィルという名の傭兵が持つ妙な魔剣にも出会った。

 魔晶石を取り扱うことに慣れてきていたディアリエンだったが、何度魔力を覗いてみても本質や底が見えないそれ・・には純粋に興奮した。


 日々の仕事の中での魔力行使の研鑽を積みながらも、自らの魔剣の製造を通して魔法の存在に関しても研究を続けた。

 その成果として、自らの魔剣が宿す力による魔法・・も顕現させることにも成功していた。


「私達は魔晶石や魔力というものを、まだ何も分かっていない……」


 そう一人でぶつぶつと呟きながら、金のために戦い続ける傭兵の町で、自らも自らのために日夜熱した金属を叩く。


 そんなディアリエンに更なる興味が湧いてくるのは時間の問題とも言えた。

 魔晶石や魔法への興味は変わらないものの、今度は魔物の存在への興味へと移っていったのである。


 魔晶石を排出するその存在は、その生態系すらも分かっていなかった。

 自身が戦いに出ることはないが、研究所にて何度かゴブリンなどの魔物を目にしたことはある。

 しかし雌雄もないそれらが、何処から涌き出てくるのか見当もつかない。


 傭兵達などから魔物の生態などを聞くも、町周辺の魔物の情報しか得ることができず、魔物達の本拠といえる地は遥か東の地であった。


「いっそ自分の足で行くべきか」


 日夜そんなことを思いながら仕事をしていたが、町を立とうと思い立った決定打は、フィルが店に持ち込んだ緑色・・に鈍く光る魔晶石を見てのことだった。


 フィルと共に店を訪れた傭兵団に所属するアランソンという男の依頼で、その魔晶石を調べることになったが、一目見て驚愕した。

 従来の魔物とは異なるものが持っていたというその魔晶石は、基本的には他の魔晶石と同様ではあったが、その魔力は完全に異質だ。


 魔力の探知を行った際、その結晶に宿るものはまるでと評するのが正しく思えるようなものだった。

 恐らくそれを用いて魔剣を製造することは可能だろうが、魔力を同調させるのにはまるで違う言語を用いて喋るくらいの違いがあった。


 ────魔力や魔物について、やはりまだ何も分かってはいない。

 ディアリエンがそう結論付けるのに不足のない材料であったし、そう思った彼女が自らの足で赴こうと決心するのにも不足はなかった。


 ────この目で確かめる。

 そう決意し、慣れ親しんだ鍛冶屋を後にして町を出る。


 そして、数奇な運命を辿る傭兵のフィルと共に、舞台はガルハッド国の南に位置する山人の国──ミズールバラズへと移る。

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