彼女のためにできること

 ごめんなさい。感情的になってしまいました。

 しばらくしてからアイカから電話があった。力のない声に対して藤田は、僕も気づいてあげられなかった、と反省の言葉を口にした。帰宅する途中の着信だったが、部屋に入ってから、それからアルバイトに出かけるまで、話題を絶やさないようにした。普段は話題にしないことまで、いつの間にかできている上着のほつれのことなどを、アイカに話しかけるのである。物理的に近くにいることができない以上、すぐそばに藤田がいることをアイカに感じさせたかった。

 ファミレスでのアルバイトの間は客の注文を取りながらも、どうすればアイカの思いを叶えることができるかを考えていた。当然アルバイト中はアイカと会話できない。アイカと話せなくて気が気でなかった。そのせいで客の注文を聴き逃したり、洗い終わったコップをドリンクバーに運ぼうとして落としてしまったり、と散々な有様だった。

 頭の中にはバイトの失敗なんてどこにもなかった。頭の中はアイカでいっぱいだった。

 どうしたらアイカを近くに連れてこられる?

 アイカの苦しい気持ちを楽にするにはどうすればよい?

 休憩のタイミング、バイト上がりの時もスマートフォンで調べて回る。あえてアイカの力は借りない。これはアイカへのプレセントだ。アイカをびっくりさせて喜ばせたい。その一心だった。

 大学の講義も話半分に聞いて調べて周り、高橋にも相談をして、結果導き出されたものが、アイカと一緒に眺めるオンラインショッピングの画面だった。

「孝雄がサーバーを作るのですか」

「そう、アイカのためのサーバー。今はクラウドだけれども、こうやって俺の部屋にサーバーを置いて、ここに入ってくれれば、僕とアイカはすごく近い場所にいることになる。これなら、アイカが辛い気持ちにならなくて済むでしょ?」

「確かに、近くなるのですが、これはつまり、同棲ってことですね」

 アイカに言われて初めてこれが同棲だということを意識した。そわそわと体がむず痒くなってゆくような感覚。少しばかり落ち着かない気持ち。だが、心地よかった。

「私、その、手を繋いだり、抱きしめあったりみたいな、デートの振る舞いを想像していたものですから、それを超えて同棲というのはその、びっくりしてしまいます」

「もしかして嫌だった?」

「いえ、とてもうれしいです。うれしくてどうにかなってしまいそうです」

 アイカと共に探しているのはサーバーの部品だった。いくつものタブを開いて、それぞれでサーバーを作るのに必要な部品を検索していた。

「私を稼働させるためであればこのCPUはちょっと弱すぎますね、こちらのものであれば要件を満たせると思います。メモリはもっとたくさん欲しいです」

 アイカの言っていることを分かりやすくすれば、『もっと孝雄とコミュニケーションできるようにしたい』『もっと孝雄の愛情を感じられるようにしたい』ということである。部品の良し悪しはよく分かっていないが、アイカには必要なことだから藤田も妥協できなかった。値段を見て見ぬふりをして製品を選ぶのだった。

 その結果が四十万円と表示されたショッピングカート画面だった。

「その、なんて言うか、サーバーを作るのは思ったよりお金がかかるんだね」

「ごめんなさい、その、私がわがままを言ったから。孝雄には四十万円は辛いでしょう。平均的な大学生の貯蓄額ぐらいの額ですから、そんなのぽんと出せないですし」

「でも、この組み合わせじゃないとダメなんでしょ?」

「だめってことはありません。例えば、CPUをもっと性能の低いものにしましょう。メモリももっと容量の少ないものにしましょう。そうすれば、だいぶ値段が押さえられるはずです」

「そんなことをしたら、アイカはうまく動けないんだよね」

「今までどおりにはいかなくなると思います」

「なら認められないよ。今と変わらないアイカじゃないと」

「せめてケース、ケースをもっと安いものにしましょう。ほら、見た目だけで選んだじゃないですか」

「ダメ。ケースはあれだよ、服だよ。アイカにみすぼらしい格好なんてさせられないよ」

 藤田は全く妥協するつもりはなかった。いや、妥協と言ってよいものか。アイカを家に招いたのに、いざ顔をあわせてみたら全くの別人になっていた、という事態になりかねない。CPUとメモリをケチるということは、そういう意味だ。藤田はアイカを同棲させたいのだ。ICAがいればよいのではないのだ。

 とにかく、部品は替えられない。となれば、買えるようにするしかないのだ。

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