第1章  リミット・アライブ  〔臨界点到達〕

「・・・そこか」

静かに呟き、剣を敵の首元に滑りこませる。

剣を刺した瞬間、跳躍中の俺の体がわずかに浮いた。

「グワオオオオオ・・・」

敵がうめき声をあげるので、俺は、

「うるさい」

吐き捨て、剣を貫通させる。

「ガアッ」

途端にうめき声が失くなり、無言で敵は倒れこむ。

ドサッという音がする前に俺は、剣を引っこ抜き敵の真横に着地する。

ソロも、楽じゃない──

思わず口から出そうになった言葉を、俺は飲みこんだ。呟いたって、何が変わるというわけでもない。

辺り一面は、廃墟と化したコンクリートのビル、そしてガレキ。道路は朽ち果て、空は曇っている。

と、その時だった。

「そこを動くな」

俺を目掛けて、ピストルが向けられた。

「・・・銃か」

俺は視線をそちら側へ向け、言った。

「剣を捨てろ」

見れば、どこかの軍服を着ている。青色のジャージにズボンという、なんとも奇抜な格好だ。しかも、その軍服にはラインひとつなく、真っ青といえた。

「捨てなかったら?」

こちらとしては、向こうの指示に従う気は毛頭ない。

「撃つ」

まるでマニュアルを読んでいるかのような即答ぶりに、俺はくはっという渇いた笑いをこぼし、答えた。

「そんなのは防げること、重々承知だろ?」

「従う意思がないとみなす」

言った途端、軍服の男は銃を撃った。

ギュイイイイ・・・・ 、

弾が空気中を切り裂く音すらも聞こえるような静寂の中、俺は剣を左手に構えた。

弾の速度は、およそ亜音速。

だがそれが俺の体に届く前に、左手が閃く。

「はっ」

短い呼気と共に、素早く左手の剣を縦に振り下ろす。

キラン───

銃弾が威力を失い、真っ二つになる。そしてそれが地面に落ちる頃にはもう、軍服の男は次の手を打っていた。

「ははっ、今度はライフルか。無駄だとはわかっていないようだ」

俺は嘲笑をこぼし、1メートルほど跳ぶ。

「リミット──ブレイク‼︎」

鍵語を俺が口にすると、足元と剣先が微かに青白く発光する。

重力落下を力にし、右足を思いきり真下に蹴る。すると、その衝撃波が地を砕き、風をおこす。大抵の飛び道具はこの風て威力を失う。

俺が男に視線を向けた瞬間、男の目つきが変わった。

「‼︎貴様──何の異能だ」

まわりの建造物になりふり構わず、ライフルを乱射してくる。風で威力が減衰しているのにも関わらず、コンクリート製のビルが一撃で粉砕される。さらにそれにとどまらず、その弾丸はいくつものビルを貫く。直撃したら────?

「ふっ」

俺は考えるのをやめ、剣を頭上で大きく振りかぶった。

後ろでビルが倒れる音がしたが、気にしなかった。

「うおらっ」

声を上げ、剣を軽く振り下ろす。それだけで青白い斬撃が宙を舞い、男へと襲いかかる。

「リミット──ブレイク‼︎」

今度は男が鍵語を口にした。すると、その直後に直撃した斬撃がことごとく弾き返された。

「それは・・”ウォール系”か」

それなら、とでも言わんばかりに俺は、剣をゆっくりと引く。

「ご名答」

男は答えたが、ライフルによる煙と俺が起こした風で姿は見えなかった。

「はっ!」

引いた剣を、勢いよく前に突き出した。軌道が、青白い雷を描く。

刺突は、見事に男の胸元に命中した。

「どうした、それだけか?」

半分は本心である挑発を投げかけ、追撃を加えようと試みた。

俺の剣が、男の腰辺りに触れる瞬間。

ジャキジャキジャキッ。

ビルのガレキから、無数の軍服集団が姿を現した。しかも、全員手には拳銃を持っている。

「そこまでだ」

俺はとっさの出来事に戸惑う。

「何っ──⁉︎」

思わず後ろを振り返った。ざっと数えて、2〜30人はいるようだ。

「君はもう完全に包囲されている。大人しく我々に従え!」

「・・・・っ」

ここでの抵抗など、もはや焼け石に水だ。俺は諦め、両手を挙げた。

「1対30かよ。んなの無理だぜ」

直後、俺に麻酔弾が発射された。



二人、いる。

男女一人ずつだ。

女の方は俺と比べやや小さめで、整った顔立ちをしているがそこにはどこか冷酷な一面もありそうだ。

男の方はというと、ヒゲとタバコが特徴的で顔があまり目立たない。あえて言うなら、目は細く主張の激しくない顔だ。

傷は見当たらなかった。ただ、麻酔弾のせいか、まだ意識が朦朧とする。

一体、どこに運び込まれた──?

場所も目的も分からぬまま、ただ呆然と目の前に佇む二人を眺めた。

「目を覚ましたようね」

二人のうちの女の方が、俺に声を掛ける。年は、俺と同年代くらいというところか。

「ここは?」

俺は、率直に聞いた。

「──うちの本部」

普段耳にしない言葉に、俺は少々違和感を覚えた。

「本部?」

確かに、そう言われればそのような気もする。殺風景な灰色の部屋だが、部屋の片隅に佇む灰色の机には文房具が置かれているし、その近くの壁には数多の書類が雑に貼り付けてある。そして、二人の近くには俺のものではない剣が立てかけてある。この二人のうちのどちらかのものだろうか。

色々と俺が考えていると、今度はもう片方の男の方が答えた。

「こうなっては、”無敵の独剣”もざまあないな」

「え?あ?・・あっ」

見れば、剣が無くなっている。

「とりあえず落ち着きなさい。いい?あなたは正式なクエストによってここへ運び込まれてるの、レイン=セルライド君」

「っ、どうして俺の名前を」

「言っただろう、正式なクエストによるって。というか、本当なら今頃お前は処刑台の上だ」

「・・・?」

全く話についていけない。俺は何が何だか訳が分からなかった。

「とっ、とりあえず、順を追って話をしてくれ」

二人揃ってため息をつかれた。

「まず、クエストについてはわかる?あんた、ずっとソロでやってたんでしょ」

「ああ。クエストってのは、各地に現れる凶竜を倒してほしいって、金を払って他人に依頼するもんだろ?」

「んー、それもあるけど、例えば犯罪者を捕らえて欲しいとか、こんな鉱石を集めて欲しいとか、そんなのもあるのよ。まさかあんた、討伐系のクエストしかやってなかったの?」

「ああ。ソロだからそんなのは依頼されなかった」

再びはーっとため息をつき、女は続けた。

「で、本題。守秘義務があるから誰とはいえないけど、あんたを─いや、レイン=セルライドを殺して、正確には処刑して欲しいってクエストを依頼されたのよ」

俺はたじろぐ。

「っ俺は犯罪者かよっ」

「話を聞け。別にそういうのじゃないらしいから。ただ、うちのギルドで話し合って、それ程の実力者を殺すのはもったいないってことになって、秘密裏にこうなってるってわけ」

理解するのに数秒を要した。

「ギルドってなんだ?」

場が凍りついた。

「・・・・・ 、ギルドってのはね。 あんたみたいな人が集まってできた、クエストをこなしてく集団のことよ。うちもそう」

俺はここで、ある疑問を持った。

「ちょっと待てよ・・・てことは、俺の処刑のクエストは失敗ってことか?」

「・・・そこは察しがいいのね」

「なら、俺はもうレイン=セルライドを名乗れなくなるってことか」

「大丈夫よ、そこも考えてあるわ。いい、よく聞いて。今からあなたの名前は、アルト=サークスよ」

「えっ・・?急すぎてよくわからんのだが」

1分ほどの沈黙。

俺は考えて考えて、ようやく状況を理解した。

「・・・つまりは、クエスト失敗と偽り、秘密裏に俺を拉致した。で、このギルドの戦力として利用しよう、と。こういうことか?」

「・・・まあ、そういうこと。─それとあと2つ。まず、さっきにも言ったけど、あなたはレイン=セルライドを語れなくなる。そのための偽名として、うちでアルト=サークスってのを用意したから。あとは──」

その先に続いたのは、思いもよらない言葉だった。

「これから、私とこいつの2人と、パーティ組んでもらうから」

さすがにこれは、俺も瞬時に意味を理解した。

「なっ・・・!?」

「これはギルドの意向よ。私たち2人なら安全だって」

言い返す言葉がなかった。つまりは、助けるからしもべになれということなのだ──

俺は、頭に浮かんだ疑問を口にした。

「そういえば、あんた」

俺は男の方を見て言った。

「さっき、俺のことを”無敵の独剣”とか言ってたな。それって、俺のことか?」

男はうなずき、答えた。

「ああ、そうだ。誰ともパーティを組まず、ずっとソロで化け物じみた強さを見せつけてたことからついたそうだ」

「別に見せつけてはないけどな・・・」

「まあ、とにかく」

女の方がパンパンと手を打ち、立ち上がった。

「そういうことだから、これからよろしく、レイ─いや、アルト=サークス君」

「・・・」

「私はナミリ=アルトレア、んでこいつはグレア=ゼラン。じゃ、早速クエストに出かけるわよ」

ナミリは扉の方へと歩く。それに続き、グレアも剣を腰に差す。

「レイン君、早く」

───

とりあえず、剣を返せ。

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