isztät ü isztäš
エイトフ
Phil2014年04月21日
「治安維持すべき国家が消滅したため条約の締約も消滅し、我々には派軍する義務が無くなった。」
画面の向こうで語られる言葉は彼らに希望を与えた。
不毛な戦いがようやく終わる。
リナエスト・オルス共和国に派遣された兵士達の多くは帰還の命令を受けて、安堵の吐息を漏らしていた。慣れない土地で敵が誰か、味方が誰か、何の為に何故自分たちがいつまで戦い続けるのか。あらゆるものが分からないまま2ヶ月の間緊張を保ってきた彼らの精神は限界が間近であった。
そこに降って湧いた帰還の一報は、兵士達の緊張を一時的とはいえ解してくれた。
「警戒が緩んだね。まぁ無理もない。」
帰還の準備を始めたとある部隊を、遠く離れた高台の上で4人の男達が観察していた。
もし、これが数時間前ならば発見する事も出来たかもしれないと悔やむのも、責めるのも、それは酷というものだろう。
「そろそろ頃合いだろう。準備はいいかな?」
後ろの3人は薄汚れた野戦服なのに対し、声をかけるその男はいかにも学士、といった風態で白衣の裾を翻した。
「教授、あまり前に出ないように。」
「これぐらいじゃないとよく見えないのだよ、狐君。」
狐と呼ばれた男は不機嫌そうに顔をしかめたが、何も言うでもなく、代わりに後ろの2人へ向きなおる。
「時間だ。制限は5分。目標は多国籍軍第1陸連中隊。……動けなくなった場合は捨てるからそのつもりで。」
「はっ!」
短い返事の後、木箱を背負った2人の兵士は一直線に駆け出した。
ろくに武器を持っているようには見えない。せいぜいが
「困るよ。彼らは大事な同志なんだからちゃんと回収して貰わないと。」
「引き際がわからないバカは足手まといになるだけです。」
「経験談かな?」
「……そろそろ接敵します。」
狐の言葉通り、2人の兵士は第1連隊まで1㎞という距離まで迫っていた。
驚異的な速さである。
彼らは本当に人であろうか。
1度緊張を解いてしまえば、それまで積み重ね、押し殺してきた疲労が襲いかかる。歩哨の兵士達が2人の発見に遅れるのは必然といえた。
「やるぞ!」
「おう!」
2人がショルダーストラップについたハンドルを強く引く。
がこ
木箱の蓋が外れると、その中から唸るような音が響いた。
箱、いや、巣から一斉に飛び出した「それ」は瞬く間に黒雲となって第5中隊へと襲い掛かった。
「ふむ。初動は充分。60点をあげよう。」
誰もが聞いた事があるだろう。昆虫の羽音。
驚くほど統制の取れた動きで人間を殺すのは蜂であった。
「見たまえ。火柱だ。手榴弾ではああも見事に柱にはなるまいよ。実によく制御してある。向こうに見えるのは雷撃だろうかな?あちらはダメだな。味方ごと巻き込んでいるように見えるぞ。」
「隠れるのが速い。ケートニアーはともかくネートニアーに対する戦果は少ないですね。」
「彼らとて鳥戦争での教訓は持っているだろからね。さて、居場所はわかったし予定通り……」
教授が言うよりも早く、狐は走り出している。手には槍と盾。暗闇に紛れ、「味方」から隠れる為の黒いマントをなびかせて。
程なくして部隊を襲った黒雲が巣へと戻っていく。
同時に、向かってくる影が2つ。
1人は巣箱の兵士だ。そしてもう1人は、味方を担いだ狐であった。
「急ぎたまえよ。」
「お先に。」
見る間に到着したと思ったらそう言って走り去る。見れば追いかけてくる影が4つ。
「あぁ、やられた、まったく、これだから狐君は。」
教授は仕方なし、と呟いて意識を集中する。
辺り一面に閃光が広がった。
悠々と拠点としている廃墟に戻った4名を待っていたのは、血相を変えて留守番していた兵士達だ。
彼らが多国籍軍を襲撃している間にILO-AMとLFAMが講話宣言を出しのだと言う。
報せを受けた狐は表情を歪めた。
「いやぁこれは驚いたね。」
「教授、これでは予定していた作戦は全て中止……いえ、我々も投降すべきでは?」
「ん?何を言ってるんだ、ドホジエ」
「講和を決めたのはおそらく情報局のユージュニエだ。私じゃない。」
作戦本部、と名付けられたただ瓦礫ばかりの部屋を教授、イスケ・リナエスト・オルス開発局局長のユージュニエは歩き回る。
「サニス条約で派兵された連中が撤退したお陰で、我々を縛る枷はようやくなくなった。当然情報部の連中はそれに見合う対価を支払った、その結果だろう。投降者は何人出たか公表されたかな?」
質問された兵士は気まずい表情のまま手元のメモを読み上げた。
「4月からの新参組から856人……それと、元リナエスト第3陸連隊員が105人だそうです。」
「なるほど。千には届かないが、宣伝効果としては十分な数字だ。そのうえ将来的な不安も多少改善されたわけだ。」
「不安ですか?」
「いずれ離叛する可能性のある人材をいつまでも懐に抱え込むのは危険極まりないからね。」
通り名のごとく、まるで教師が生徒に解き含めるような話し方であった。
「さて、状況は変わった。好転している。なら我わら開発局のやる事は変わらない。明日からもいつも通り物資を届けに駆けずり回り、新たな力を創造する。」
言うだけ言うと他の誰かが口を開く前に教授は書類を広げ出した。
「さぁ、今日の報告会を始めようか。早速だが、先ほどの戦闘から結果が量産ラーデミン兵の問題点を洗い出そう。」
普段と変わらぬ、むしろ晴れやかな声が室内に木霊した。
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