第6話

 ケーユカイネンに開かれた唯一の玄関口、パイヴァーサルミ。

 精霊たちの手によって作られたその美しいな街並みを、つややかに光を照り返す衣装を身に着けた女たちが歩いてゆく。


 ホテルのバルコニーからその光景を横目で見下ろし、ここもずいぶんと代わったものだと、俺は感慨深げに心の中で呟いた。


「ホーネットシルクとやらで作った衣類の売り上げはずいぶんと順調なようでしゅね」

 蜜蝋を使った焼き菓子であるカヌレを頬張りつつ、俺の目の前では豚伯爵は満足げに笑っている。

 あぁ、なぜだろう。 見ているだけで意味も無く殴りたくなるこの笑顔。


「ええ、それだけではなく蜜蝋を使ったハンドクリームもなかなかの売り上げですよ、伯爵閣下」

 本来ならば、新商品を開発してもこんな簡単に売り上げは上がらない。

 人間は、見慣れないものに恐怖を覚える生き物だからだ。


 それがなぜ売れるのかといえば……ひとえに今まで培ってきたブランドの力である。

 知名度が低くとも、ブランドとしてのイメージが高ければ、みんな買ってゆくのだ。

 しかも、どの商品もここケーユカイネンでしか手に入らないので、希少価値が高く、女たちは先を争うようにしてこの街に金を落としていった。


「ぶししししししし……ところで、アレは出来ているでしゅか?」

 懐に入る金額とその内訳を確認してひとしきり満足すると、伯爵は不気味さを増した笑顔でそんな質問を投げかけてくる。

 くっ……覚えてやがったのか。

 つい先日、伯爵は俺に対してとある依頼を出していたのである。


「えぇ、ご用意してありますとも」

 手を叩くと、ホテルで雇われているブラウニーが布で覆われた何かを台車に載せて運び込んできた。

 その布を取り払うと、そこにはホーネットシルクで作られた衣装を身に着けたエディス……の抜け殻である等身大の人形が鎮座している。


「あひゃあ! えでぃすちゅわーん!!」

 次の瞬間、伯爵は気勢を上げてエディスの人形に飛びつくと、俺や従者たちの目を気にもせずに人形の顔を嘗め回し始めたではないか。

 あまりにも見苦しいその光景に、俺はそっと視線を外した。


「ハァ……ハァ……最高でしゅね。

 ふふふ、また来月も新作を用意しておくでしゅよ!」

 たっぷり一時間ほど狂態をさらした後に、伯爵は満足そうに人形を布で包みなおすと、吐きそうな顔をしている従者に唾液に湿ったそれを押し付ける。

 おい、大丈夫かそこの従者?

 顔色がかなり悪いぞ。


 やがて伯爵が帰ってしまうと、俺はどっと疲れを感じて椅子の背もたれに体を預けた。


「……しばらく人形は作りたくないな」

 あの光景は、少し刺激が強すぎた。

 当分の間は人形を作ろうとするたびにあの光景がまぶたの裏によみがえるだろう。


「もしお嫌なら、我々がおつくりしましょうか?」

 そう声をかけてきたのは、人形を運ぶ役目をしていたブラウニーだった。

 同じ光景を見ていたはずなのに、その顔色にはまったく変化がない。

 おそらく見慣れているのだろう。

 ……暇とストレスとプライドをもてあました貴族は、どいつもこいつも変態ぞろいだという話だからな。


「お前らが作るのか? エディスの人形を」

「はい。 我々の中には木工の得意な者のもおりますので」

 あぁ、言われてみればその手の細工物はブラウニーの得意な領分だ。

 うまくすれば、俺の負担はかなり少なくなるだろう。


「材料は提供しよう。 ためしに作ってみるがいい」

「かしこまりました。 実はすでに作ったものがございまして」

 そう告げると、別のブラウニーが部屋の奥からエディスの等身大の人形を出してきた。

 この周到なやり方を見ると、どうやら人形作りを自分たちの仕事として前々から狙っていたようである。

 

「ほう? いいじゃないか」

 出来上がった人形を見て、俺は思わず賞賛の声を上げる。

 素直に認めるのは癪に触るが、俺の作る人形と比べてもほとんど遜色が無い。


「さすが本職の職人だな。 違うデザインで、四体か五体……いや、作れるだけ作っておいてくれ」

「かしこまりました」

 そして、この指示がきっかけで、この街に更なる産業が生み出されることになろうとは……神ならぬ俺にはまだ知る由も無かった。

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