第4話

 ブラウニーたちに養蜂と平行して製紙業を提案してから数日が過ぎた。

 今のところ、巣を作ることを優先させているので動きは無いが、製紙業という思いもよらぬ産業の可能性に、俺はかなり気をよくしている。


「そうなると、次は食料問題か……」

 一代限りの繁殖力の無い生き物だとは聞いているが、ビヤーキの数は、今後も確実に増えるだろう。

 そうなると、彼らに提供する食料について考えなくてはなるまい。


「なにぶん、うちの領内で育つ植物がことごとく魔法植物化しているのが問題だな」

 ビヤーキの過去の飼育記録について調べてみたところ、かつてこの魔物をさらに強化しようとして魔法植物のみを与えて育てたやつがいたらしい。

 だが結果は大失敗で、取り込んだ魔力に肉体が耐え切れずスライムのようにドロドロに溶けて死滅したのだそうだ。


「そうなると、魔力を持たない植物を餌として確保しなくてはならないんだが……」

 この魔境としか言いようの無い土地では、むしろ魔力を帯びない植物を見つけるほうが難しいのである。

 むしろ全てが魔法植物になっていると考えたほうが賢明だ。


「やはり魔力を遮断する壁で農場を囲んで、魔力の薄い土地を作り、そこで餌を栽培するしかないかな」

 だがそうなると、このケーユカイネンの食料を支える魔導農業が使用できず、極めて効率が悪い。

 普通に育てた作物から魔力を抜いてしまえばいいとも思うのだが、プライドの高い精霊たちにとってその手の仕事はやりがいが無いらしく、極めて人気が無いのである。

 ここで彼らに無理強いして、恨みを買うような真似は俺としても避けたいところだ。


「さて、どうしたものか……」

「なにー クラエスお散歩に行くの?」

 アイディアを寝るために散歩に出ようとした俺であったが、玄関を出たところでエディスに見つかってしまった。


「騒がしくするなら付いてくるな。 考え事をしたいから気分転換に出かけるだけだ」

「ぶー ぶー まーたそうやって人を邪魔者扱いするしー」

 そう言いながらも、俺の邪魔にならないように少し距離を開けてから後ろをついてくる。

 不覚にも少し可愛いと思ってしまったのは、少し疲れているせいだろうか?


 そんな事を考えながら歩いていた俺だが、不意に甘い花の香りに気付いて足を止めた。

 これは……薔薇の香りだな。

 だが、周囲に薔薇は咲いて無い。

 こんな道の真ん中で香水を振りまくような酔狂な奴は……エディスぐらいだが、奴は俺の風下にいるのでその可能性は無いだろう。


「どうしたのぉ、クラエス?」

「なぜこんなところで薔薇の香りがするのかと思ってな」

 すると、意外なことにエディスは小さくうなずき、その謎の秘密を事も無げに口にしたのである。


「あーそれ? たぶん畑の肥料からだよぉ」

「肥料?」

「うん。 聖油を取った後の花を乾燥させて、畑の肥料にするんだってぇー。

 エウテルピアがあるから、アルコールの材料は余ってるしぃー」

 その瞬間、俺はすっかりその魔法植物の存在を失念していたことに気付いた。


「そうか、エウテルピアがあった!」

 あの植物には、周囲の音から取り込んだ魔力を全て成長と繁殖に使ってしまうという奇妙な性質がある。

 ゆえに、魔法植物でありながらそれ自体にほとんど魔力が含まれないという、奇特な第一種魔法植物なのだ。


「よし、さっそく試してみるか」

「あれ? お散歩は?」

 踵を返して道を戻り始めた俺を見上げ、エディスが名残惜しげな超えをあげつつ顔を曇らせる。


「続きはまた今度だ」

「えー」

 そういえば、最近は忙しさにかまけてエディスの相手をあまりしていなかったな。

 いや、エディスだけではない。

 他の連中とのコミュニケーションについてもすっかり手抜きになっている。

 ……これはいかんな。

 次に休みが取れたら、みんなでピクニックに行くのも良いかもしれない。

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