第4話

「クラエス様、会場の設営が終わりましたニャ」

「よし、では商品の納入を開始する」

 物産展の会場は、馬車で二日ほど離れた街の大きな広場だった。

 幸いなことに天気もよく、休日もあいまって、朝から大勢の人が朝市で買い物をするためにとおりを歩いている。


 俺たちに与えられた場所は、会場の真ん中から少し西よりに位置する場所だった。

 ルスケアレーミネンのミノタウロスが使っていた大型のテントを借りてきて香水と薬品とガラス細工を売るためのブースを設営し、その前にテーブルと椅子を並べてオープンカフェにする予定である。


 すでにホルステアイネンのミノタウロスたちがせっせとお菓子や軽食を作り始めており、下準備もそろそろ終わる頃だ。

 給仕役のゴブリンたちも、白いシャツと黒いエプロンに身を包み、出番はまだかと待機している。


「ねぇ、クラエスぅ。 なんだかお祭りみたいだねぇ」

「そうだな、エディス。 暇だったらパーヴァリさんと一緒に他の店も見てきていいぞ」

 ……というより、近くにいると邪魔になりそうだ。

 目配せをすると、俺の言いたいことを悟ったパーヴァリさんが、鉄の鎧をガチャリと鳴らしながら起き上がる。


「本当!? じゃあ、お小遣いちょうだい!!」

「……こういうところだけはしっかりしているんだな」

「えへへへへ」

 ……といいつつも、小遣いを渡すのはパーヴァリさんである。

 本人に渡すと、数分で落とすか散財して戻ってきてしまうからな。

 ちゃんと時間いっぱいエディスを連れまわしてくれよと、視線で訴えてから巾着を手渡す。


「じゃあ、いってきまーす!」

 元気に手を振りながら人ごみに消えてゆくエディスを見送りつつ、生暖かい笑みを浮かべていると、ふと、誰かからか後ろから声をかけられた。


「お前がこの物産展の責任者か?」

「そうだが、貴方は?」

 振り向くと、髪をオールバックにまとめ、鼻髭をピンとカールさせた嫌味な紳士がふんぞり返って俺を見下ろしていた。

 ……いや、俺のほうが背が高いからそうしないと見下ろす感じにならないのはわかるが、その姿勢は背中が辛くないのだろうか?


「私はモッケネーノ領の代官、コザッカシーネンである!」

「はぁ、その代官殿が何の御用で?」

 すまん、あまりにも興味が無いので地名も名前も記憶に残らなかった。


「ふん……本日は我々も物産展を開くのでな。

 同じ日に店を出してしまった不幸な奴らの顔を見に来ただけだ」

 つまり、ライバルの視察というわけか。

 なんとも面倒な輩とぶつかってしまったものである。


「ふっ、しかも我が物産展の隣で店を構えるとは、貴殿もついてないな。

 まぁ、せいぜいがんばりたまえ! ふぁーはっはっはっは!!」

 言いたいことだけを言ってのけると、コサックシーマンは不恰好なほどに大またで歩きながら、隣のブースにある屋台のほうへと歩み去っていった。


 ……よくわからん奴め。

 とりあえず、アンナには今度手紙でモモノツケモン領……じゃなくて、モノノケ……でもなくて、あぁそうだ、モッケモケーノ領の代官は色々と頭がおかしいからかかわるなと忠告しておこう。


 だが、その時である。

 通りがかりの役人らしい男たちがコスッカライネン……えっと、コモノクサイネンだったかな? 奴の後ろ姿を見ながらボソボソと妙な噂話をささやいているようなので聞き耳を立ててみると……。


「おい、またモッケネーノ領の物産展が出ているぞ」

「あそこの物産展、毎回他の物産展の邪魔をするから、主催の俺たちからすると迷惑なんだよな。

 他の領地の代官たちも、モッケネーノ領の物産展と開催日時が重なると嫌がって出展してくれないらしいぞ」

「今回は何も知らないケーユカイネンの田舎者を引き込むことが出来たけど、たぶん酷い目にあうから次回は出展してくれないだろうな……次はどこを騙してくる?」

 おい、何が自分の名において保証するだ。

 おもいっきりハメられているではないか!


 隣にいるムスタキッサを睨みつけると、奴はいけしゃあしゃあと笑みを浮かべながらこう告げたのである。


「あんな雑魚、貴方様にとってはただの石ころと同じでしょう?

 蹴り飛ばしてしまえばよいのですニャ」

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