第4話
風の精霊の知らせによりゴブリンたちが意識を取り戻したと聞いた俺は、地の精霊が姿を変じた土の馬に乗って牢獄へと足を運んだ。
「お、俺たちをどうする気だ!?」
「こ、こここ、殺される? 殺される?」
「いやだ! まだ死にたくないっ!」
領地の入り口を守る関所の建物に入り拘留所に近づくと、奥のほうからゴブリンたちの悲鳴やすすり泣く声が聞こえる。
「傭兵の癖に、なんと見苦しい姿ですかニャァ」
同行しているムスタキッサがうんざりとした顔で呟くが、俺の意見は少し違う。
むしろ傭兵だからこそ、彼らは意地汚く生にしがみつくのだ。
戦場では、諦めた者から死んでゆく……とは、むかし学園で俺に剣を教えてくれた元傭兵の男の話である。
「ずいぶん元気だな、ゴブリン共」
俺が彼らを閉じ込めた牢獄の前に立つと、猫のように瞳孔の裂けた金色の目が、不安と恐怖をたたえながら俺を見つめる。
「お前たちに尋ねる。 いったい誰に頼まれた?」
だが、帰ってきたのは沈黙だった。
「なるほど、それを口にすれば殺されるのはわかっているようだな。
だが、このまま黙っていても死ぬとは思わないのか?」
その言葉に、ゴブリンたちはポロポロと涙をこぼして泣き崩れる。
精悍な顔立ちであるにもかかわらず、もともと精神の強い生き物ではないのだ。
「た……助けてくれ……死にたくない」
「おねがい、許して……」
「それは出来ない相談だな。
お前たちに出来るのは、後ろでお前たちを操っている奴の名を俺にバラして地獄の道連れにすることだけだ。
あと、お前らの雇い人が助けてくれるとは思わないほうがいいぞ。
傭兵には捕虜としての価値は無いことぐらい知っているだろ?」
騎士が捕虜として扱われるのは身代金などを得るためであり、価値の無い命まで救ってやるほど戦場という場所は慈悲深くないのだ。
戦争とは究極のビジネスであるとはよく言ったもので、戦場において捕獲された傭兵が生きて戻ることは無い。
「し、死なずにすむならなんでもするから!」
「お願いだ、殺さないでくれ! 故郷には母親と妻と子供が……!」
だが、どう足掻いても自分たちに助かる道がないことに連中も気付いているのだろう。
その目には絶望が満ち溢れていた。
だが、感謝するがいい。 この俺が天才であることに。
貴様らに、もうひとつの道を示してやろう。
「では、助けてやるからお前ら傭兵を引退しろ」
「……え?」
俺の言葉に、ゴブリンたちは信じられないといわんばかりに目を見開いた。
「俺がどうにかしてやるといっているのだ。
そのかわり、傭兵として生きるのはこれっきりにするのだな。
死にたくないというなら、傭兵なんかするべきじゃない。
その気になれば、もっと他の仕事で……少なくとも命をかけるような仕事をずに生きてゆくことが出来るはずだと思わないか?
だから、これがお前らの最後の仕事にしろ。
俺がお前たちの助かる道を示してやる。
だから、俺に躓け。 そして心から感謝しろ」
俺が優しくゴブリンたちを諭してやると、彼らは別の意味で涙を流し、地面に額をこすりつけた。
「さて、石鹸の作り方を知りたいというのがお前地の雇い主の要望だったな。
ならば教えてやろう。 懇切丁寧に、紙に書いてな」
「え? どうして……」
「無論、嘘を教えて騙したりもしない。 どうせ死ぬはずだった命が助かったのだから、最後まで俺を信じてみないか?」
そして俺は石鹸の作り方を記した紙を持たせると……ゴブリンたちを釈放した。
ただし、おまけつきで。
「なにを考えておられますニャ。 貴方は、何の見返りもなくこんなことをするほど甘いお方じゃニャい」
「さぁ、どうなんだろうなぁムスタキッサ。
ちなみに、あの石鹸を作るには魔法植物から抽出した聖油が必要でね。
この領地のほかで作ろうとすればどうにかして十分な量の魔法植物が必要になる」
「ほう? それはコストがかさみそうですニャア。 つまり、相手方に経済的な浪費を誘うのが目的で?」
「ちょっと違うな」
俺は無意識に唇を吊り上げて笑っていたことに気づき、平静を装ってからささやくように呟く。
「だから俺はオマケしてやったのさ。 魔法植物の作り方の知識をね」
「さらに解せませんニャ」
「ちなみにその魔法植物の作り方とは……」
俺がその内容を教えてやると、ムスタキッサは次第に顔を強張らせ、そして話が終わることには尻尾をパンパンに膨らませていた。
「き、聞かなければよかったですニャ! ブルルルルル……今日は寝つきが悪くニャりそうです」
震え上がるムスタキッサの反応に薄く笑みを浮かべながら、俺は手元にあるインクの入ったガラス瓶を見る。
そこには、金色のラベルが貼り付けられており、五つ葉のクローバーが透かし彫りになっていた。
「俺は執筆作業に入る。 ムスタキッサは好きなだけ屋敷に逗留するといい」
そう宣言すると、俺は屋敷に戻る時間が惜しいといわんばかりに関所の一室を借りて執筆を始めた。
それは美を求めて女の業を描いた作品である。
この騒動の顛末の報酬として得られたネタとして、実に満足の行くさま品に出来上がった。
一晩かけて書き上げ何度か見直しをした後、俺は徹夜の作業でぼんやりする頭で地の精霊を呼んだ。
そして精霊の引く馬車にのって一路王都を目指す。
王都にたどり着いた俺は、なじみの出版社のドアを叩いて担当の編集者を呼び出した。
「まぁ、レフティネン先生。 まだ現行の締め切りは先立ったはずですが?」
「貴女に先生なんて呼ばれると背筋が痒くなりますよ、ビルギッタ姉さん。
実は頼まれていた原稿とは別にいい作品が出来ましてね」
そう言いながら、俺は頼まれていた原稿と同時に別の原稿の束を差し出した。
「拝見します」
そして俺が出来上がった原稿を渡すと、その編集者は読み終えるなり肩を震わせ、いきなり俺の胸倉をつかむと地面に引き倒した。
「テメェ何考えやがる! どう考えても、これはまずいだろうがぁぁぁぁっ!!
モデルになった家がまるわかりじゃねぇか!!」
「く、口調が素にもどってますよ、ビルギッタ姉さん」
この女性、実は俺が学園にいた頃にレスリングを習った先生の娘であり、単純な掴み合いや寝技の腕前ならば俺よりも強かったりする。
……というか、さんざん稽古の相手にさせられたせいで、今でも少しこの人はトラウマなのだ。
同時に、俺にとっては誰よりも長く同じ時間を過ごした姉のような存在であるので、さらに始末が悪い。
「それに、特定の家をモデルにしたように見えるのはたまたま、偶然ですよ。
痛っ……足が! 足が折れる!?」
お前、俺の担当編集者だろうが! 少しは気遣え!!
だからこの女の相手は嫌なんだ!
「小説家なんぞ、意識があって腕が無事ならばどうにでも働けるわい、どアホが!!
しかも、こんなおぞましい内容書きおって……」
「おぞましいとはずいぶんですね。 ホラー文学と呼んでくださいませんか?」
「ケッ……気取りやがって。 まぁ、いい。
作品としては十分に売り物になりそうだし、コアなファンは喜ぶだろう。
何が狙いかはしらんが、今回はのせられておいてやるわい」
ブツブツと文句を言いながらも、ビルギッタ姉さんは俺の原稿を鞄にしまいこむ。
おっと、ひとついい忘れた。
「あ、姉さん。 その原稿……五つ葉のクローバーのエキスの入ったインクで書いているので、呪われないように気をつけてくださいね」
そういい捨てながら、俺がその場から一目散に逃げたしたのはいうまでもない。
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