オオカミくんの優しい嘘

浅名ゆうな

オオカミ少年編

第1話 二人のまともじゃない出会い

 ――スッゴくチャラチャラしてる。


 有坂莉子は、目の前でガムシロップたっぷりのアイスミルクティを飲む青年をじっと観察した。

 同年代だから、16、17歳くらいだろう。均整のとれた体と華やかな顔立ち。流行の髪型に気取らない服装。それでいてどこか清潔感のある佇まいは、はっきり言えば格好いい部類だ。口元に湛えた笑みも人懐っこく、誰もが好感を抱くだろう。

 実際、カフェ店内にいる女性陣がチラチラと彼を観察している。一緒にいるおかげで、向けられる視線が針のように痛いのは気のせいじゃないはず。

 しかし同席する莉子の率直な感想は、軽薄そうで苦手なタイプ、だ。初対面の人間に誘われてついてくる所なんか、特に好きになれない。もっとも、誘った当人に言える義理はないのだが。


 青年と出会ったのは、ほんの十分ほど前のこと。

 駅前の、出入り口が本棚にふさがれた書店。店を出ようとした所、肩がよけ違いざまにぶつかった。


「あ、すみません」

「いえ、こちらこそ」


 定型文のようなやり取りをしてから通りすぎようとした、その時。

 脳裏に閃いたのは断片的な映像。


 薄暗い道を一人で歩く青年。車のヘッドライト。ハイビームなのか、辺りが真っ白になるほど明るい。運転手の顔も見えない。車はスピードを落とさないまま、青年の方へ――――。


「あの、大丈夫ですか?」 

 俯いて動かなくなった莉子を、先程の映像と同じ青年が気遣わしげに覗き込んでいた。

 ほんの少しためらった。何を言っても変な顔をされることは目に見えている。けれど、見過ごすことが自分にできないことも、よく分かっていた。

 莉子は思いきって顔を上げた。

「えっと、もし時間があったら、今からお茶でもどうですか?」

 言った途端に後悔が込み上げてきた。それこそ定型文だ。しかも、相当使い古された、ナンパ目的の。


 その時の苦い気持ちが甦ってきて、眉間を軽く揉んだ。今は目の前のことに集中しよう。

 座り心地のいいソファの上で居ずまいを正し、改めて青年に向き直った。

「私、有坂莉子と申します。突然誘ったりしてすいませんでした」

 一応礼儀を重んじ名乗っておく。青年の方も慌てて頭を下げた。  

「あ、オレは大上樹です。よろしく」

 何がよろしくなんだか、と思いながら、莉子は早速切り出した。回りくどいのは好きじゃない。 

「あの、実は私、未来が視えるんです」

 大上が凍り付いたのが、視線を合わせなくても分かった。想定内のことなので一方的にまくし立てる。

「正確なところは分かりませんが、近い内あなたは車に轢かれそうになります。おそらく夕方です。とにかく歩道のない道は通らないとか、日が落ちる時間は出歩かないとか、それだけでいいんです。信じてくれなくてもいいから、しばらくの間は気を付けていてほしいんです」

 大上は何も言わない。分かっていてもこの沈黙が何より辛い。居たたまれなくなり、その場を立ち去ろうと決めた、その時。

「つまり、命を救ってやるんだから診断料を寄越せとか、そーゆうヤツ?」

 何を言われたか分からず振り返ると、大上は難しい顔で莉子を見上げていた。

「……えっと。そんなつもりないけど」

 思わず敬語も忘れて返すと、彼は満足げに頷いた。

「そっか。ならいいや」

「…………え?それだけ?もっと引かれると思ってたんだけど」

「引かれると思ってて、それでも声かけてくれたんでしょ?ホントかどうかはともかく、その気持ちが嬉しいじゃん。めっちゃいい子だよね。しかもカワイイし。いやぁ、オレってばツイてる~」

「…………へ?」

 事故に遭うかもと告げられてツイてると断言できる神経がスゴイ。温度を下げる莉子の視線の先で、彼は大型犬のように笑った。

「ねぇねぇ、連絡先交換しよーよ」

「お断りします」

「ええ?そこまで言っといて放置なの?あとは自分でなんとかしろって?この先オレがどうなってもいいと。やっだ~、冷た~い」

 きっぱり断っても、大上は全く落ち込んだ素振りを見せない。どころか、状況を見事に利用している。

 ――なんて厚かましい奴なんだ。

 莉子の視線は冷たくなる一方だが、彼はものともしなかった。

「ねぇ、莉子って呼んでいい?」

「駄目です」

「えー、冷てぇなぁ。じゃあ、莉子ちゃん」

 ――莉子ちゃんも許してない!!

 バッグを握る手が震えた。あまりの図々しさに声も上げられない。

「莉子ちゃん、家はどの辺なの?オレは坂槻」

 坂槻というと、莉子が住んでいる場所からごく近所だ。僅かに顔をしかめるのを、大上は見逃さなかった。

「あ、もしかして近い?やった!じゃあ明日デートしよーよ。放課後デート」

「嫌です」

「一緒に帰ろーね。オレ星田高校なんだ。校門前で待ち合わせってことでいい?」

「だから、やだって、」

「約束ね。ずっと待ってるからねー」

「ちょっ……」

 グラスを一気に飲み干すと、大上は振り返りもしないでそそくさと立ち去ろうとする。こちらの言い分などまるで無視だ。

 取り残された莉子は頭を抱えた。もちろん、彼の言い分を一切無視し、行かなければいいだけの話なのだが――――。

 

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