観察日記

小早川 丈夫

被告人Aの日記より

本事件への関連箇所のみ抜粋






2016年11月20日


今日は、かなり冷える

それでも、空は久々に晴れているので

杉本家以外の住民は、こぞって外に洗濯物を干している


朝から風邪気味だ

私も、不用意に外に出るのは控えよう


杉本みのりが、帰ってきた

口角が、顎まで深く下がっている

不貞腐れるような仏頂面が、彼女の素の表情なのか

昨日より、少し制服のスカート丈が短くなっているような気もする


奴は、まだ帰らない

もしかしたら今日は、帰らないのかもしれない





2016年11月23日


杉本修が、家を出る

足どりは、雲よりも遅い

その背中にランドセルはなく、教科書類もまとめて手提げ袋の中に詰め込んでいるため、その重みから左に傾げるようなシルエットだ


庭先に奴がサンダルで出てきた

庭の掃除でも始めるのかと思ったがその手は空だ

なんのことはない

その場で足踏みをしている

ずっとしている





2016年11月24日


安藤という男がやってきた

1年ほど前からこの家に出入りするようになった

いつも下卑た笑みを浮かべる胡散臭い男だ


2時間ほどで出て行く

思わずママも下卑た笑みを浮かべた





2016年11月25日


奴と目が合ったような気がする

私の存在に気付いた?

いや、そんなはずはない


だが念のためしばらく観察は控えようと思う





2016年12月12日


今日は杉本みのりの通院の日だ

病院への道を歩く杉本みのりの15メートル後ろを杉本修がゆっくり歩く

杉本修の身体はいつも臭気を放っている


奴は昼からどこかに出掛けていた

おそらく奴も杉本みのりも帰りは夜中になるだろう

観察対象が全員いなくなり心底暇だ

私も今日は久しぶりに外出をしようか


いや止めておこう





2016年12月14日


絶叫が聞こえる

叫んでいるのはおそらく奴だ

杉本修を殴りつけているのだろう

杉本修の声は聞こえない


杉本みのりが帰ってきた

家のその様子を敏感に感じ取り歩くスピードを急に早める

晴れ渡るような爽快な表情だ


最後は走る走る走る





2016年12月17日


朝から雨が降っている

それも尋常じゃない降水量だ

天気を伝えるラジオの声も搔き消えるほどの雨音

まるで「早く出ろ」「早くやれ」と私に訴えかけているみたいだ


その声は徐々にママの声に似てくる

ママがそう言っている





2016年12月18日


奴がこちらに手を振っている

振りすぎて手首から変な音がする


矯正装置が唾液で光る様子を双眼鏡越しにみた

満面の笑顔だった




2016年12月20日


安藤という男が来た

今日は珍しくスーツだ

なんの仕事をしているか風貌からはまったく想像のつかない男だ

懺悔かそれとも会心か

どちらであろうと同じことだが


奴は安藤と会ったあと庭を踏みつけてから出掛けていった

香水の匂いが鼻を殺す


杉本みのりの生理初日





2016年12月23日


杉本修が学校から帰ってきた

顔が変形している


今日も奴は出掛けていったが着ているブランド品はどうしているのか

半年前に旦那は仕事をクビになっているはずだが

また水商売でも始めたんじゃないの?とママが言う


家の前に小学生が3人いる

扉に「臭いんで死んでください」と書いた紙を貼って走っていった





2016年12月26日


めずらしく奴は洗濯物を干していた

庭を執拗に踏む

杉本みのりは今日も体調不良で高校を休んでいる


午後お役所の人間らしいのが2人来た

チャイムを鳴らすがしかし誰も出てこない

そこに杉本修が帰ってくる

人間達は杉本修をみて驚いた表情をし、色々と聞いているようだ


その次の瞬間

奴が杉本修を室内へ引きづり込んだ

その後もしばらく人間達はチャイムを鳴らしていたが

家は沈黙を続けた





2016年12月29日


また朝から奴は庭を踏む


杉本みのりはどこだ

物が壊れる音がする

たくさん壊れている

何が壊れた音だろう


あの庭には旦那の母親が埋まっている





2016年12月31日


大晦日だ

私も幼少期に一度だけお祝いをした記憶がある

ご飯が炊けていた

部屋が暖かく電気が付いていた

リビングに居てもいいと言われた

ママが私を見てくれたような気がした

その後私の頭に被せられたビニール袋がうるさい音を立ててしまいすぐに部屋に戻されたが

あんなに幸せだった日はない

ママ愛してるよ

ママの顔中にキスがしたい

殺してみたい





2017年1月3日


安藤という男が来た

杉本みのりはそれと入れ替わるように出て行った

制服は着ていない

安藤は相変わらずニヤニヤしている


安藤の後ろの部屋から杉本修が引きつった笑顔で私を見ているのが双眼鏡越しに映った

手を振っているような気もするが関節がおかしくてよく分からない

まだ私は死ぬわけにはいかない






2017年1月7日


今日は朝から体調が悪い

恐らく風邪だろう

全身が凍るように冷たい

頭がグツグツ沸騰するようだ


ママが大丈夫?と猫撫で声を出す

私を殴ることはない

いや、当時だって本当は殴りたくなかったんだ

ママにも色々あったんだろうと思う


今日は他に書くことはない





2017年1月10日


この観察日記を始めて4ヶ月と少し

ついに奴の陣痛が始まった

2月上旬には産まれるらしい

あまりの陣痛の痛みに床をのた打ち回っている

そしてそれに比例するように杉本修に対する暴力も凄惨さを増していた

最近、杉本修は学校に行っていない


今日杉本みのりの生理がきた

先月は20日前後、その前は月末だ

かなり不順で痛みも激しい

生理とは妊娠とは女とはなんだ





2017年1月14日


杉本みのりが杉本修の首を絞めていた





2017年1月17日


役所の人間がまた来たようだ

チャイムを鳴らすが反応はない

庭を早く掘り返せよ


見ると杉本修が庭に座っている

何かと話しているやめろやめろやめろやめろやめろやめろややめろやめろやめろやめろやめろやめろめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろややめろやめろやめろやめろやめろやめろめろやめろやめろやめろやめろやめろ






2017年1月18日


今日は私の誕生日だ

ママと一緒にお祝いをした

キスをして愛し合った


けれどその途中異変に気付く

双眼鏡が壊されている

なぜ

だれに


杉本みのりだ





2017年1月20日


安藤という男が来た

奴の腹に話しかけている

私も早く話したい


杉本修が私をじっと見ている





2017年1月24日


私はあれ以降初めて庭へ降りてみた

家の中から奴が笑顔で何か言っている

杉本みのりは今日も通院だ

あんなヤブ医者に何が分かるというのか


こんな冷たい土の下に9ヶ月以上も埋まっているなんて

可哀想に良い心地

早く出してあげなきゃ

もう少しで産まれるから

もう少しもう少し





2017年1月27日


ママに早く会いたい


笑いが込み上げる

声も出る

部屋の中なのに風が強くて寒い


いや熱い???





2017年2月1日


杉本みのりが自殺した

横に遺書も見付かったらしい

いったいどこで死んだんだろう


警察が家に来る

奴は陣痛が酷く病院にいるので出て行くものは誰もいない

そうだ、私も行かなければ


産まれた瞬間のママを殺すんだ





2017年2月5日


あれが産まれた

かなりの難産で最後は帝王切開だったらしい

しかし生きている


これが最後の日記になる


そういえばあと5日ほどで杉本みのりの生理予定日だったと思うがどうだろう








※以降ノートの最後のページまで人の顔のような模様がいくつも描かれ終わっている











他事件関連資料より



杉本修 授業で書いた作文

『ぼくのかぞく   2ねん3くみ 杉本おさむ

ぼくのかぞくはパパ、ママ、おねぇちゃんの3にんです

ぼくは、パパがすきです

ママは、たまにおこるけどすきです

おねぇちゃんも、かわいいからすきです

ママは、おこるときないています

きっとママにも、いろいろあるんだなとおもいました

パパはいっぱいおうちにいますから、ぼくはとてもうれしいです

みんなで、どこかにりょこうにいってみたいです   おわり』



杉本みのり 遺書とみられるメモ

『うちより修のがおわってるし』 ※その他に判別できる文字は無し

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観察日記 小早川 丈夫 @takeo_kobayakawa

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