宵山に会いましょう
岩本ヒロキ
第1話
「君は、本は読まないんだよね?確か」
日曜の午前中に近くの小さな映画館で開催される映画鑑賞会がきっかけで出会い、かれこれ三年。来週末には結婚式を控えている。
「今日、ちょっと仕事休むから。出かけてくる。」
いつもなら私より出勤の早い彼が、のんびりとトーストを食べながらコーヒーをすすり呟く。
「あ、うん。わかったよ。どこ行くの?」
恐る恐る尋ねる。式場への打合せ不足?まさか、私へのサプライズ演出!?それとも…
「いや、ちょっとね。」
はぐらかした。
私はこんなにも意地悪な女だったかしら。一旦家を出たあと、会社に連絡をし、体調が悪くなり休むと連絡を入れた。
一緒に暮らすアパートの前にあるコーヒーチェーン店からはアパートの中こそ見えないが、エントランスは見える。
式の打合せの際、彼の大学時代からの1番の親友の連絡先を聞いていた。それとなく探りを入れる。
「今日、仕事?だよね。ちょっと聞きたいことあるんだけど、いいかな?」
メールを打ち終わりコーヒーを飲み出した瞬間、携帯電話が鳴り響く。
『マキちゃんおはよう。朝早くからどうしたの?あいつに朝帰りでもされた?』
「違うの、なんだか今朝様子がおかしかったから、何か知らないかなって思って。」
『今日、何日だっけ?』
「7月16日だよ?」
『あぁ、そっか。あいつ、今日、多分、続いてるなら、京都に行くはずだよ』
「京都?」
新幹線の車内、彼から少し後ろの席に座るが一向に気づく気配がない。
彼は普段、家では本は読まない。昔は趣味だったそうだが、今は私に合わせて映画鑑賞を趣味にしてくれている。
そんな彼が、ずっと本を読んでいた。
『出町柳に行くはずだよ。店までは分かんない。でも、少なくとも大学時代はずっと通ってたはずだから』
婚約者であるはずの私がこの距離にいるにも関わらず気付かないほど夢中になれる、それ。服装も、最近買ったばかりのシャツを着ていつにも無く服装にも気を使っているように思える。ますます、嫌な予感がする。此の期に及んで?彼に限ってはそんな…
京都駅につき、彼の後を追いながら、206番のバスに飛び乗った。きっと行くであろう出町柳へ。
思い返せば、彼は去年も、その前の年も京都に行っていた。けれど、彼の友達の多くは大学院に進んだし、きっと彼らに会いに行くのだろうと思い深入りはしなかった。その日は祇園祭。それも屋台や鉾で町中が賑わう宵山なのだ。
湿気と暑さがひしめく京都駅をバスが離れて行く。鈴と笛、太鼓の音がどこからともなく聴こえる。
バスはあっという間に出町柳に着き、ほとんどの乗客を吐き出して行った。
彼を見失わないよう、たくさんの人混みに紛れて彼の背中を探す。
その姿は出町柳駅の少し界隈に面した建物の二階に吸い込まれて行くところだった。
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