第41話9月3日 それぞれの後悔

 夕日に染まる校舎の中、階段を上る。生徒はいない。今頃みんなグラウンドにいるはずだ。



 翌日、登校した僕は自分たち吹奏楽部の出演時間が近ずくまでを夏樹と過ごした。昨日同様、夏樹は僕と同じく二度目の時間に戻って来ているそうだ。なので、一度目の時間にいなかった僕と過ごした時間のことをすっかり忘れてしまっていた。

「学校祭最終日は全校集会だけで終わったかな。」

 カメラ片手に校舎内を歩きながら夏樹が話す。

「俺も森岡も、城崎だってその時初めて知ったさ。柊也、ヒナから連絡もらって秋月だけに連絡入れてヒナのとこ向かったみたいでさ。しばらく大変だったんだ。ヒナも秋月も。俺らでどうにかしてあげられる状態じゃなかったし。卒業しても、城崎だけはずっとヒナのそばに居続けたみたいだな。あいつも、あの日一人で帰したこと後悔してた。一応、事件が起こる前最後に一緒に居たの城崎だったし。」

 遺書を残し居なくなった先輩を夜中じゅうずっと探していた城崎さんを思い出す。

「ヒナちゃん、遺書残していなくなったって、城崎君が。」

「うん。あの時の事なら俺らにも連絡あったよ。心当たりあるとこ探し回ったんだけどさ。見つからなかった。朝方?に城崎が『秋月のところ行ってくれ』って言うもんだからさ。そしたらビンゴ。睡眠薬大量に飲んで眠ってたよ。後10分遅かったらアウトだったってさ。あんなとこ、誰が気づくかよ」

「秋月のところ?病院ってこと?」

「いや。違う。」

 こちらをちらっと見直し、夏樹がその歩みを止める。不意に立ち止まった夏樹から数歩を歩き、僕も止まる。「1度目のお前は、ヒナからは何も聞いていなかったんだな。」振り返った僕に、夏樹が苦しそうな目で、話し続けた。




 2階の踊り場からは、夕日に包まれる中グラウンドで開催されているゲーム大会が見えた。昨日の出来事は嘘かのように、司会進行のヒナちゃんが笑っている。今日学校に着くまで、昨日の夜からもずっと、柊也も秋月も、ひと時もヒナちゃんから離れなかったそうだ。と言っても、午前中は警察での事情聴取があり、3人ともが学校に来たのは昼過ぎを回っていた。




「あれから。柊也が起きることは無かった。ずっと病院のベットでさ。そのうちに、秋月も病院の先生になってさ。俺は実際には立ち会ってないんだが、12月。あ、そっか。あれは確か、柊也の26の誕生日だっけ。秋月の医者としてのデビュー戦が、親友の人工呼吸器を外すことだった。その場にはヒナもいたはずだ。」

 1度目の時間に僕はいなかった。けれどそれは容易に想像がついた。2人はどれだけの辛い思いを抱えたんだろう。

「今は知らんが。2年の冬かな。柊也とヒナ、付き合ってたな。多分、別れたとか聞いてないから。好きな子助けて看取ってもらえてさ、本望だったんじゃねーの?柊也は。」

 先輩が会社を辞めたいと言っていた時期、そしていなくなった時期を考えた。”恋人の死”それから8ヶ月。

「だからヒナちゃん、柊也の後を追おうとしたんだね。秋月は?止めなかったの?」

 廊下の壁によし掛かって話していた夏樹が下を向く。

「止めるも何も。止められなかったのはヒナの方だ」


「あいつは知ってた。でも止めなかった。」



「秋月は、もうその頃には死んでたんだ。」

 



 3階からさらに階段を登り、屋上へと通じるドアを開ける。夕焼けに染まった空が視界一面に広がった。静かにドアをしめる。シャッター音が聞こえ、その音のする方へ向かって歩く。

 真下のグラウンドでは歓声が上がり、楽しそうなヒナちゃんの司会が聞こえ続けていた。

「来ると思ってた。」

 フェンス越しにカメラを構えていた秋月が、こちらに向き直った。

「夏樹から、色々聞いたよ。」


「いつからこの時間にいたの?」

 フェンスにもたれかかり、秋月が真っ赤に染まる空を見上げながら語り出した。

「1年の12月。ヒナと出会った朝だ。俺さ、そのちょっと前に親父から柊也の病状聞いちゃってさ。一緒に高校卒業は無理だって知らされた。なのにあの学校に固執する必要ないだろうって、転校しないかって。」

 フェンスから身体を離す。

「小学5年の時?同い歳の奴が転校してきてさ。そいつ、俺の病院頻繁に来てるやつで。病院でも何回か話したことあったからさ、すぐ仲良くなったよ。検査入院するたび、病室まで宿題届けて。あぁ、あいつと病室で試験勉強とかよくしてたな。中学上がっても変わらずでさ。そんな中で、あいつの初恋の話を聞いた。このまま死ぬんなら、もう一度会いたいってさ。そんなあいつ、応援したくって。同じ高校へ行った。怒られるの覚悟だった、それ以上に、親友だったんだ。あいつの事。」

 ステージから少し離れたところ、車椅子から降りてカメラを構える柊也が見えた。

「俺さ、あの日。朝早く教室行って何してたと思う?遺書書いてたんだぜ?笑っちゃうだろ。それをさ、朝練するのに早く来たヒナに見つかった。そしたらあいつ、「一緒に吹奏楽やらないか」って誘うわけ。こっちはいま死ぬ事考えてんだって言うのに。でも、その時はさ、その言葉の意味に気づけなくて。色々あったよ。次の考査で俺に勝ったら考えるってなんとなしに返した。そしたら、あいつ本当に俺に勝って!嬉しそうに成績表見せて来たよ。なんだか馬鹿らしくなって来てさ、あの熱意に折れたんだ。」


「お前の初恋のやつ、やべーぞって、柊也に言ったら笑ってやがった。」


 真っ赤な夕日色に染まる秋月が、苦しそうに笑った。

「柊也も、ヒナも。俺にとってはどっちも大事だったよ。親友の長い恋路が叶ったと知った時、すげぇ嬉しかった。けど、何か引っかかるもんがあってさ。そしたら、なんだか、段々と一緒に居辛くなってきて。まだ、気持ち的に幼かったんだ。俺は、あいつらから逃げてしまった。」

 秋月が自身の手のひらを見つめる。

「あの日、いきなり電話がなった。柊也が今すぐ河川敷に来るようにって叫んで切れただけだったんだが。なんとなく、自転車飛ばして行ってみた。そしたら、一面血だらけなの、ヒナが、柊也が。二人ともが倒れてた。急いで駆け寄って、脈確認して。ヒナは薄かったが脈だけはあって、でも、結構な血流してたからかなり危なかった。ヒナの傷口左手で押さえながら、柊也の脈見たの。そしたら。なかったんだ。俺さ、こんな時のために心肺蘇生法習ってたんだけどさ。ひなの傷口から手を離すことが出来なかった。」

秋月がフェンスを掴みながらグラウンドを見つめる先を、僕は見ることが出来なかった。


今にも泣きそうに笑う秋月を、僕は見ていられなかった。

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