第38話9月2日 蛍 1

 朝から降り続いた雨のせいでグシャグシャになったグラウンドでの体育祭は結局見送りとなり、最後の学校祭1日目は久しぶりに登校した柊也をクラス中が手厚く歓迎する一日となった。クラス中の誰もが、車椅子で登校したクラスメイトを詮索するようなことはなく、むしろ、明日からの文化祭に向けて活気立つ学校中を柊也の車椅子を代わる代わる押しながらみんなで歩き周った。

 久しぶりの外出だという。この3日間の外出許可のためにここしばらくの安静が必要だった、とのことだ。

 けれども僕は。一度病院まで戻り歩けなくなった親友のために車椅子を持ってきたという秋月を一瞬でも疑った。そんな自分を悔いていた。


 

 学校祭2日目。

秋月が柊也の車椅子を押し、教室へと入ってきた。相変わらずニコニコと笑う柊也の膝にはカメラが置いてあった。

 昨日の帰り道。ヒナちゃんに車椅子を押されながら眠る柊也について、みんなで話した。

『もう、その時がいつでもおかしくないかもしれない』

静かな口調で、でもしっかりと前を向き話す秋月。その胸の内はどんな感情だったのだろうか。久しぶりに4人で帰った帰り道は、随分と静かだった。


「冬至、おはよう。みんな、今年は後夜祭実行委員してるんだってね。城崎君も一緒なんだよね?今日は準備ある?一緒に行きたいんだけど…」

 教室の中から夏樹の姿を探す。

「いま、夏樹探してるんだろ?」

 秋月が僕の視線に気づき捜索を遮った。

「実はさっきから探してる。ヒナも見つからない。まぁ、生徒会か実行委員会だとは思うが。」

「ヒナちゃん、音楽室じゃないの?明日本番だから練習行ってるとかは?音楽室行って見た?」

「ん…。」

 そう言いながら、柊也の車椅子に視線を落とした。気になるのだろうか。

「2人とも、明日本番だよね?僕のことは気にしないで。歩けない訳じゃないんだから!トイレくらいなら平気だよ。階段もゆっくりなら。明日の3人の最後の演奏、楽しみにしてるから!」

 片手でカメラを触りながら話す柊也に「じゃ、ちょっとだけ」と声をかけ、秋月と一緒に教室を出た。夏樹にメールをする。『音楽室行ってくる。柊也を頼む』と。


「冬至、ちょっといいか。」

 3階に登る階段で秋月に呼び止められる。

「どした?」

 振り返ると、秋月は下を向きながら静かに語った。

「…。いや。やっぱりなんでもない。また放課後に頼みたいことがある。その時話す。」

 前を向き直し歩き出した秋月に続いて階段を登り始める。

今日は昨日と打って変わって少し暑い、まだまだ夏の陽気だった。



 物理室のドアを開けたのは、もうすぐ日が暮れる6時を回る頃だった。吹奏楽部での練習を途中で抜け、後夜祭実行委員に合流をしたのだ。ドアを開けると、そこには誰の姿もなかった。

《グラウンドに出てます》

 黒板に書かれたその白い文字は、まだ陽の落ちないにも関わらず暗い物理室、僕らはなかなか気づく事が出来なかった。


 グラウンドに出ると、ちょうど真ん中辺り。夏樹と城崎君が木材を組み立て終え、ビニールシートをかけるところだった。

 見渡すと、少し小上がりになったステージ付近で森岡さんと車椅子の柊也を見つける事が出来た。僕らはそちらに合流する。

「お疲れさま!この後物理室戻ってリストバンドの準備するよ!」

 あらかた、グラウンドでの作業は終了したと思われる。僕は、柊也の車椅子を動かし、校舎へ戻ろうとする。

「ねぇ。夕日が綺麗だよ?」

 柊也が振り返り、僕に言った。

「ね。一枚。いいかな?」

 そう言い、柊也は今朝からずっとその膝におかれたカメラに触れる。

「せっかくなら、みんなで撮らない?夏樹ー!城崎君!写真撮ろう!!」

 ヒナちゃんの声がグラウンドに響いた。


 僕がシャッターを押すと聞かなかった城崎君を除き、初めて、新聞部全員での集合写真を撮った。夕日の中、みんな笑っていた。



 物理室に戻り、リストバンドをクラス人数分に分けた。リストバンドは衝撃を与えると光るような仕組みになっている。久しぶりにみんなで集まれ、楽しくなって色んな話をした。笑い出すたび、リストバンドを落としたり強く触ったり。気がつくと、予備の数が無くなるほど光ってしまっていた。


 夏樹が教室の電気を消した。

物理室中に蛍がいるような、そんな淡い光に包まれた。いつの間にか、夜になっっていた。



「あとは簡単な作業だから。遅くらないうちに帰んなよ?」

 親の迎えがある森岡さんを見送った。

「冬至。ケータイ貸して。」

 秋月に言われ、携帯電話を渡す。何をするでもなく僕の目の前、机の上に置いた。

「どしたの?今朝のこと?」

「…。頼む。もし、このあと、電話があるかもしれない。そしたら、必ず出てくれ。必ずだ。」

 まっすぐに僕を見るその目は、多分初めて見た秋月だったかもしれない。

僕が頷くのを確認し、秋月と柊也は教室を後にした。

続くように。生徒会での作業のために城崎君とヒナちゃんが教室を出る。

物理室には僕と夏樹だけになった。






大きな音が物理室に響く。椅子が倒れた音。



「お前、誰?」



夏樹が、立ち上がり、まっすぐに僕を見ていた。

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