第37話9月1日 最後の体育祭
昨夜から降り続いた雨は朝になっても勢いは変わらず、僕たち3年生にとっては最後の、いや。僕にとっては10年ぶりの学生生活で最後の学校祭は、各々教室での指示待ちから始まった。教室ではクラスメイト達が体操着には着替えつつも、体育祭のことなど忘れ去られたかのように明日からの文化祭に向けて準備を始めていた。みんな切り替えが早いようだ。
この頃になると、《遅刻魔・渡辺》に関して触れてくる人は誰もいなかった。僕の知らないところで、何かか動いていたのかも知れない。そんな今日、教室に秋月の姿はなかった。
「人気者の朝は早いんだろうよ?」
僕の席の横に自身の椅子を並べ、夏樹が笑う。僕の目線の先に、秋月のカバンが掛けたままの机があったからだろう。
「学校には来てるんだね」
「見てはないけどな」
雨の降るグラウンドを眺める。
「秋月のさ、、、」
「うん?」
言葉に詰まる。
「いや。たまにさ。秋月の考えてる事が分からなくなる事があるんだ。」
真剣な顔でこちらを見ていた夏樹が、まるでトランプでババを引かれたときのように笑い出した。
「いやいやいや。あれはムリっしょ!ヒナとか柊也じゃないとムリだって!現にさ。弟ですら手ぇ焼いてんじゃん。それを、付き合い濃くてもたかだか数年しか一緒に居ない俺らがどうこうできる相手じゃないって。」
机を軽く甲で叩きながら夏樹ケラケラと笑う。
携帯電話を取り出し、ヒナちゃんが教室を出て行った。目線でその姿を追いながらも、ふと気がつく。いつもは、ヒナちゃんの一挙手一投足に秋月が絡んでいたことを。無くなったものの在り方、ヒナちゃんの心境の変化、全てにおいて彼が絡んでいたことを。
そして、彼は柊也の親友であり、ヒナちゃんの親友だった。
ヒナちゃんの机の上に置かれたままのアイスティーが目に入る。
「夏樹、ちょ、トイレ。」
「おう。」
僕が立ち上がると同時に、残念そうな声をあげ夏樹が僕の机一杯に図面を開き出した。学級委員長様も今日の体育祭には、もう興味はないそうだ。
こんなとき、秋月ならどうする。秋月なら。
そこかしこに賑やかな教室の前を通り、とりあえずは宣告の通りトイレへ。鏡の中の僕を睨む。
いつもいつも秋月に頼ってばかりじゃないか。けれど、もし。実はそうじゃないのなら、、、日に日に弱っていく柊也。学校で嫌がらせを受け続けるヒナちゃん。その2人を支える秋月。僕には何ができる。
トイレを出てすぐ、遠くに佇む人影があった。雨の降りしきる中庭を階段の踊り場から見ていた。水色のカーディガンがいつにも増して大きく見える。この学校で、そんな目立つ色の服を着ているのはあいつしかいない。
走り出した瞬間、ふと我に帰り周りを見渡す。ヒナちゃんも、秋月もいない。不審に思った。歩調を緩めながら、けれど、久しぶりの級友に向けて歩みを続ける。
「その足音は、冬至だね?」
相変わらずの長い髪とメガネの柊也が「おはよう」とにっこり笑った。
その瞬間、今まで頭の中に蠢いていた黒い感情が一気に消し飛んで行った。
「柊也、あのさ、」
「今年は、体育祭無理みたいだね。」
呆気なく遮られた僕の言葉が宙にまう。手すりに肘を置き、手を顔に当て柊也が首を傾げる。
柊也の靴のつま先がトントンと音を鳴らす。
「何か。言いたいこと、あるんじゃないの?」
「ん?どうかな?そう思う?」
悪戯げにこちらを向く柊也の足元に座る。
「聞くよ」
んー、と喉を鳴らしながら柊也はずっと雨を見ていた。
「雨が好きなんだ」
少し間をおいて柊也が話しだす。
「濡れたコンクリートの匂い。土の匂い。それから、、」
柊也と目が合う。
「僕の精一杯を、あの子に渡したいんだ。秋月ほど器用じゃないけどね。僕が賭けれるものなんて、これくらいしか無いんだから。」
そう言って、柊也は俯き左胸を掴む。
「今の僕じゃ、もう何もしてあげられないんだ。ただ、想うことしか出来ない。」
雨の音に柊也の声が消えてゆく。
「悔しいんだ」
柊也はよく傘を忘れた。
その度に「男同士は気持ち悪い」との理由から下校途中までヒナちゃんの傘に入れてもらっていたことを思い出す。
それを秋月と見てたっけ。それに関しては秋月は何も言わず、駅に分かれる交差点で柊也は秋月の傘に入り、別れる。ただ、普通の毎日だった。
「ねぇ冬至。」
「ん?」
「もし、僕に何かあってもさ。きっとそれは本望なんだと思う。」
「死ぬって話?」
「んー。そうかも知れないし、違うのかも知れない。」
「訳わかんない。」
「でしょ?僕も分かんない」
「何それ。」
「ほら、僕って自分のタイムリミットがわかるでしょ?だから、そのつもりで動ける。」
「いつでも覚悟出来てるってこと?」
「僕がいなくても。それでもあの子が幸せならね。後悔はないよ。」
「秋月がいるから?」
「違うよ」
身体ごとこちらに振り向き、続きの言葉を遮った。
「それが僕の初恋の行く末かな。ご清聴ありがとう」
そう言って、廊下の先を指差す。
ヒナちゃんと秋月が立っていた。その手には車椅子が持たれている。
「ここまで階段上がっただけで息きれちゃってさ。情けない話。で、救援要請さ。」
屈託無く笑う柊也はまるで先ほどの会話がなかったかのような顔だった。
「ねぇ柊也。」
「ん?どうしたの?」
「なんでわかったの?」
僕の目線の先にこちらに向かって車椅子を押す2人の姿が映る。
ニコニコと笑う柊也の髪が風になびく。
「好きな人の匂い。男はみんな変態だよね」
いつの間にか雨が上がっていた。夏の風が通り抜ける。
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