第28話4月22日 支える側の強さ
昨日はすぐに泣き止んだヒナちゃんだったが、顔の腫れが引かず、いつもより少し遅れて柊也たちと帰った。必死にトイレの洗面台から出てこないヒナちゃんを待つ間、心の中は穏やかではなかった。
いつもの角で柊也たちと別れ、それぞれの家路に着く。
「ねぇ、冬至。」
「ん?」
まっすぐ前を見ながら歩くヒナちゃんを見る。辺りはすでに夜に足を踏み入れていた。うっすらと街灯に照らされるヒナちゃんの横顔が寂しそうに見えたのは気のせいではないはず。
「多分、二人気付いてたよね。」
さっきまで見つめていた目線が少し落ちる。黒くなったコンクリートに何かを探しているようだ。何も返さない僕を気にせず、ヒナちゃんは話し続けた。
「前からそうなの。私、なんだかあの二人には隠し事出来なくって。いつも何にも言ってないのに判っちゃうの。それで、言わなかったこと秋月に怒られて…ってカンジ。」
こちらに振り向き苦しそうに笑うヒナちゃんの目には、さっきまでの気丈さはなくなりうっすらと涙が浮かんでいた。
「みんな、ヒナちゃんのこと大事なんだよ。友達とか、親友とか、幼馴染とかさ。いろんな理由で。」
立ち止まり必死に目元を擦るヒナちゃんの頭を撫でながら話を続けた。
「ヒナちゃんは、僕らの自慢だよ。だからさ、いつも一人だとか、考えないでほしい。もっと僕らを信じて。あの二人に見つかりたくなかった理由。多分、心配させたくなかったんだよね?でも、多分、もうずっと前からあの二人は僕以上にヒナちゃんのこと見てるよ。ちゃんと知ってる。きっと今も。頼ってくれるの待ってるはずだ。」
赤くなった頬を手で押さえ、ずっと下を見つめるヒナちゃんの背中を押す。
「ちょ、冬至!」
「泣いた後は笑う!いつでも僕らがいる、弱音なんかいつでも聞いてあげるから。泣いた後、ちゃんと笑えるようになるまで僕らが支えてあげるよ!だから、、、」
僕に押されて踏み出した足のまま振り返るヒナちゃんを抱きしめた。
「また、いつもみたいに笑って。僕は、お日様みたいに笑うヒナちゃんが好きだよ」
家の引き戸を開ける前に、少し大きく深呼吸をする。
勢いよく玄関を開ける。案の定、見慣れた靴が二足並んでいた。
「冬至、遅かったね。今日の晩御飯は鈴子さん特製のカレーだよ!」
そう言う最近まで欠席ばかりだった不良メガネの横に腰を下ろす。
「秋月は?」
「ん?台所行った。」
数分を経たずに秋月が部屋に入ってきた。その手にはカレー皿が2つ並んでいた。
「あ、冬至帰ってきたのか。鈴子さんにカレーもらってくる。福神漬け、もう無いけどいいか?」
そう言いながら部屋を出て行く秋月の背中を見つめる。さっきの出来事が脳裏に蘇る。どこかからか湧き出る罪悪感。ん?福神漬けが”もう”ない?
「柊也。福神漬け、”もう”ないのか?」
目の前の机の上に並ぶカレー皿を見つめる。
「うん。”もう”ないよ?それがどうしたの?」
「なぁ。これ、何皿め?」
「僕は2皿。犯人は秋月だよ?2皿目でほとんど食べ切っちゃった!」
っということは、秋月のこれは3皿目か。
育ち盛りの男子高校生を3人も相手に大量のカレーを用意してくれた祖母に胸の中で合掌をする。こいつらは遠慮もないのか。
ドアが開き、秋月が帰ってくる。
「ん。冬至の。まぁ、なんだ。カレー冷めるし、食べながら話すか。」
なんの反応も示さないヒナちゃんに対し、攻撃がだんだんと悪化して行くであろうことは、重々にわかっていた。けれど、それは次の日に起こった。
現代文の教科書がないというのだ。
探そうにも、昨日の上履きの件もあり、見つかっても、きっと目を背けたくなるような、そんな状態に違いない。それに今回は教科書だ。学校の違う姉のものを使用することは出来ないはずだ。
すると、いきなりに夏樹がどこかに連絡を始めた。
「もしもし?城崎。ちょっといいか?」
そう言いながら廊下に向かって歩いていく。
当事者であるヒナちゃんが不安そうに夏樹が出て行った方向を見つめる。
数分後、教室に現れた生徒会長・城崎君の手には現代文の教科書が握られていた。
「1組と5組、現代文の先生同じだろ?それなら、絶対授業重ならないし。いいだろ?」
机から立ち上がれなくなっているヒナちゃんを心配した城崎君が机の前にしゃがみこみ、ヒナちゃんに対しニコニコと笑う。
「僕の、使って?ね?」
周囲を見渡す。見慣れた姿がそこにないことに気がつく。
彼には、たまにふっと姿を消す癖がある。こんな時は、きっと音楽室にいるに違いない。
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