第10話 8月25日 息苦しい朝

 夜は簡単に眠れる。

朝、目が覚めて「あぁ、今日もちゃんと目が覚めた」って安堵して、ゆっくりと身体を起こす。手の先や足先に痺れがあったり、めまいがあったり、それは様々で。時計を見て、今日は何限目に間に合いそうか予想をし、家を出る。

早い動きは厳禁で、本当はそうじゃないのにゆっくり歩く。負担をかけてはいけない。バスに乗り10分くらいで秋月の実家の病院に着く。血圧、問診。主治医、秋月のお父さんからの「大丈夫。行ってらっしゃい」が毎日の日課だ。


またバスに乗り、駅に向かう。今日の学校は学祭の準備で自由登校。でも、みんながいるから、毎日が楽しい。

教室へ入ると冬至と森岡さんが飾り付けをしながら話しをしていた。秋月とヒナの姿はない。

冬至達に軽い挨拶をして教室のベランダに出る。グラウンドの向こうには一面緑の田園風景がずっと続いていて。学校の周りには小さなコンビニしかない、たったそれだけ。でも、そんなこの学校が僕は好きだ。


「柊也、おはよ。病院帰りか?飯食った?」

冬至がベランダに出てきて隣に並ぶ。冬至はたまに悲しそうな顔をする。それはヒナを見るときが多くて、僕はその理由を聞けないでいる。

「まだだよ?後で買いに行くつもり。冬至は?」

「うん。僕も後で行くよ。」

そう言いながら壁によしかかり冬至がまた話し始めた。

「柊也さ、秋月が吹奏楽部入った理由って、知ってる?」

突然の質問で驚いた。秋月には言うなと言われているけれど、冬至には話すべきだと思う。けれど、なぜかそれは今ではない気がした。

「いつかね。機会があったら教えるよ。秋月に口止めされてるんだ。」

 ふーん、そっか。と、冬至は深くは追求せずに再び前に向き直し、静かな時間が流れる。冬至は今、どんな顔をしているのだろうか。冬至に振り向きたい気持ちを抑え、二人でベランダに並んで遠くまで広がる田園風景を眺めていた。


「柊也、昼飯買いに行こうか」

 冬至の言葉で我に帰る。お弁当のある森岡を教室に残し、冬至と昼食の買い出しに出る。渡り廊下を歩いている最中で秋月とヒナに会った。どうやら2人も昼食の買い出しに出ていたようだ。一瞬だけ、胸が苦しくなった。きっと気のせいだ。

「柊也ぁー!おはよう!!お菓子買ってきたから、後でみんなで食べよう!」

満開の笑顔でこちらに向かって手を振って来るヒナ。後ろから無言で秋月が近づく。

僕もみんなと同じ身体だったなら。考えることがある。朝の病院だって行かなくてよくて、部活だってみんなでずっと一緒に。もっとヒナの側にいられたかもしれない。そしたら、自分も、秋月と同じ場所に。ずっといられたかもしれない。

「教室で森岡さん待ってるよ。じゃ、すぐ戻るから、先食べててよ」

そうヒナと秋月に声をかける。

2人を追い越し、玄関へと向かう。大丈夫、考えても今は変わらないんだ。


今日の学園祭に向けた作業も終え、いつもの帰り道。夕方なのに、まだまだ日は高い。明日からは冬至がいる初めての学校祭が始まる。

まずは、明日は体育祭から。制限のある僕には出番はない。明日は1日新聞部の取材担当になる。1年の時、どうせ出られないからと投げやりになっていた僕を新聞部に連れてきてくれたのは、ヒナだった。それから、世界は変わった。こんな僕に「まだ生きていてほしい」と言われているような気がした。


朝目が覚めなかったらどうしよう、なんて物心ついたときからいつも思っていた。

けれど、昔はそれでもよかった。後悔なんてない。毎日が淡々と過ぎていた。けれど今は。昨日の話の続きだとか、やり残した課題とか。そんな些細なことが大切に思えて、みんなといる時間が大事でかけがえの無いもので。明日は来ると思いたいから、「また明日」と確信の持てない希望を吐く。

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