第4話 5月20日 吹奏楽部
「すみません。横野先輩、いらっしゃいますか?」
放課後。他の部員が新入部員の勧誘に出ている中、この学校での吹奏楽部員歴の浅い僕は音楽室にいた。周りを見渡しても僕以外の部員の姿はなく、声のするドアの方へと駆け寄った。僕が近づくのにつれ、その声の主の顔がだんだんと赤くなっていくのが分かる。
ドアに近づくと、その子を支えるように後ろに2人が構えていた。秋月を訪ねて来たのは真新しい制服を着た一年生の3人組の女の子だった。
「ごめんね。秋月、今勧誘に出ているから音楽室にはいないんだ。学校のどこかにはいると思うけど、急ぎの用事かな?それとも何か…」
あの言葉数が少ない無愛想な秋月を訪ねてくるなんて珍しいと思いつつ、自分達の知らない秋月が知れるかもしれないという期待感でそのまま話を濁らせた。
この時間に来てから。分かりやすい反応を返してくれる柊也やみんなのまとめ役である原田と一緒にいるせいか、気がつくといつも教室にいない秋月とは、接点は多いものの、お互いがよくは知らなかった。
多くを語らない。けれどいつもヒナちゃんのそばにいる秋月に、他の人とは違う感情があった。他人とは思えない、でも、敵でもない。
「いえ…横野先輩いらっしゃらないなら…ね?どうする?聞く?」
そう1人が話し出し3人が何やら議論を始める。数分もたたないうちに出た結論に僕は驚かされた。
「すみません。先輩は、横野先輩と仲良いですか?横野先輩、彼女いるかどうか、知りませんか?」
そういえば、聞いたこと無いなと気付く。
むしろ、ヒナちゃんをはじめ、誰にも聞いたことはなかった。無粋なことだとは思いつつもあの柊也にも確認したことはなかった。全ては僕の憶測。先輩の思い人が知りたいと願った僕にしては臆病だ。
秋月は、僕だけではない、きっと新聞部のメンバーとも多くを語らず、それでいて、見かけはぞっとするほど良い。なんなら、授業で見る限り運動神経や頭まで良かった。普段の教室での無愛想な秋月を知らなければ、秋月はかなりの人気があるだろう。けれど、
「横野先輩、いつも山脇先輩といるから、そうなのかなって…気になって…」
そうもう1人が話し出したくらいで僕は気付く。そうか、この子達、それが知りたかったのだな、と。
「秋月達は付き合ってないよ。多分、秋月には彼女もいない、と、思う。聞いてごらんよ?」
全ては憶測。むしろ、そうであってほしいという願望だった。
新入部員勧誘から戻って来た秋月にはこの事は話さなかった。楽しそうに話すヒナちゃんの横で、まるで幼い子供を見るような優しい顔をした秋月を見て、僕はハッとしたのだ。
秋月は、吹奏楽部の部活の最中、個人の練習以外はヒナちゃんから離れる事はなかった。僕がこの学校に来た時から、その2人の中に加わり教室、部活と3人が時間を共有するようになったが、それでも、僕よりも秋月はヒナちゃんと長くい続けた。
その理由が。それが、彼女たちの知りたくなかった答えでないことを切に願う。
吹奏楽部の練習が終わると、いつも柊也が玄関前の自販機で僕らを待っていた。たわいも無い話をしながら学校からの帰り道を4人で帰る。気がつくとこれが毎日の日課になっていた。電車通学の柊也と秋月の2人と途中で別れ、僕はヒナちゃんと2人になる。
「ヒナちゃんはさ、好きな人いるの?」
それは、ただの好奇心だった。それ以上でも、それ以下でもなく。
「ん?んー。わかんない。どうして?」
秋月と柊也を見て、そう思ったなんて言えない。ヒナちゃんが2人の気持ちに気付いていなければいいのに。
10年後の僕の気持ちは、今でも生きている。けれどその思いは、今僕の隣で夕食の献立を楽しみに屈託無く笑う同じクラスの女の子に向けられているものではなかった。
次の週、僕に秋月の事を尋ねてきた3人組は、吹奏楽部に入部した。
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