第3話 4月11日 僕らだけのかくし事
渡辺君は、本当に次の日からは2限目が終わる頃にしか登校して来なかった。
こっそり登校しては、僕らに照れ笑いをしてから職員室へ向かう。授業を受けるのは4限目からになる。
その日は、僕自身も市役所の手続きの関係で遅刻をした。登校すると、クラスはみんな体育でグラウンドに出ていた。廊下からそれを眺めながらドアを開ける。すると、窓から外を眺める渡辺君と目があった。
羨ましそうに眺める渡辺君に声をかけた。
「行かなくていいの?今ならまだ間に合うんじゃないかな?」
僕の意に反して、悲しい顔をして笑いながら、振り返り、彼は言った。
「秋月に口止めされてるんだけどさ。僕、こう見えて心臓が強くないんだ。いつ止まるか、分からないんだ。」
それから、グラウンドを見ながら話をした。
ヒナちゃんとは小さい頃は幼馴染であったこと。大きい病院に移るために転校をしたこと。
秋月の実家が大病院であり、今でも渡辺君がそこへ通院をしながら学校に通っている事。職員室へはいつも出れなかった分の課題と病状の報告を行なっていた事などだ。
「本当は秋月は、この学校より、もっと上のレベルの学校に行けたはずなんだ。入退院を繰り返す僕にね、秋月はわざわざ合わせてくれたんだよ。わざと志望校を内緒で書き替えてさ。あの時の秋月のお父さん、怖かったなぁ」
「僕に話して、大丈夫なの?」
「うーん。大丈夫じゃないのかな。僕はさ、自分の時限爆弾がいつ発動するかを知らないんだ。だから、毎日を後悔せずに全力で生きていきたい。僕からの敷島君へのお願い、その時まで、友達になって下さい。
そして、ヒナを、秋月と一緒に最後までよろしくお願いします。」
そう笑う彼の、上着の裾からは水色のカーディガンが顔をのぞかせた。
先輩のネックレスと同じ色。先輩が最期に会いたかった人。確証なんか全くない。けれど、もし僕が過去の時間に戻っているとして、僕のこの気付きで10年後の先輩が生きていてくれるなら…。儚い命と知りながら一生懸命普通に生きようとする彼に多少なり辛い思いをさせてもいいのではないか。
それから僕は、吹奏楽部に入った。
ほとんどが女子部員だったけれど、秋月がいた。少しでも先輩のそばにいたい。10年後の先輩が、彼を追いかけずに済むように。
あの、金具が全く壊れていなかった”僕に託された”ネックレスの意味はきっと、彼女の最期の思いだったんだ。そんな気がした。
新聞部が発足したのは、今の新聞部のメンバーが入学した時からだそうだ。それまでホームページは先生たちが管理していたそうだが、今ではある程度まではそのまま管理し、それ以外の学校行事や学校紹介、部活動紹介などは新聞部への一任となったそうだ。
学校行事の報告記事の制作者に(柊)が多いのは、きっと昨日の話が原因なんだろうと気付く。
『毎日を全力で生きたい』
そう言った柊也を僕は応援したい。けれど、その思いを共有する10年後のヒナちゃんまでもが犠牲になる必要があったのか…そうか。
【先輩は、柊也の事が好きだった】
それなら納得が出来る。なら、もし、僕が戻ったこの時間が【ヒナちゃんが柊也を好きにならなかったなら】、ヒナちゃんは10年後も生きていてくれるに違いない。
「柊也から聞いたんだってな。本人から聞いたよ。悪いがあいつの為にも内緒にしといてくれ。吹奏楽も、良かったのか?俺は有難いが…」
柊也が登校する前の朝の教室で、席に座る僕のところに秋月がやって来てそう小さな声で呟いた。
「新聞部も吹奏楽も、出来ればどっちもいたいと思うんだけど、秋月は嫌かな?」
首を横に振り、秋月は席に戻っていった。
「秋月、あいつあんまり話さないだろ?まぁ、悪い奴じゃないからさ!仲良くしてやってよ。」
この学校に来て1週間。日課となった昼休みの新聞部に今日は秋月とヒナちゃんの姿はなかった。4月に入学した新入生に吹奏楽への勧誘に行ったのである。僕は…まだまだ吹奏楽部員歴は2日である。勧誘に行けるほどのこの学校での経験は無い。ちなみに柊也は、この日は先ほど登校して来ていつも通りの職員室である。
「あいつさぁ、昔はもっと酷かったんだぜ?俺にすら話してくれなかったし。冬くらいかなぁ。あいつ、急に吹奏楽部に入ってさ。それまではいっつも柊也といるだけで、何もしてなかったのに。それからだっけな。俺とか、数人とは話すようになってくれたんだよ。」
1週間前にあった入学式の記事をまとめながら、夏樹は語り出した。
「吹奏楽に入るちょっと前からヒナとも仲良くなってたっけな。まぁ、ヒナと柊也、幼馴染らしいし秋月とも仲良くなるの、当然なんだろうけどさ…」
「私は、もっと仲良くなりたいかな。なんか、まだまだ壁を感じるっていうか…」
そう森岡さんは言った。
柊也の秘密を共有してるのは、柊也が言うに僕を合わせた4人だけ。だからこそ、彼が僕と仲良くしてくれるようになるまで、そう時間がかかるとは、この時は思っていなかった。
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