第4話 猫の希望で、生活がかつかつになった
「ネトゲ廃人としては、起きてる間はずっとログインしてたいのよ」
「モモちゃんゲーム好きだもんね」
両親が戻ってきて、モモは「いいこのモモちゃん」モードに戻った。僕もハルも普段の暮らしに戻れる。うっかりしたやつなので、モモは自分が熱中しすぎて、「ネトゲ廃人な猫」であることを両親に知られたくないと自重している。また、僕がはまってると誤解されるのも困る。ネトゲ廃人はあなたたちの息子ではありません、猫の方です。
「ハルがうちのと結婚して、2人で暮らせるようになるのっていつなの?」
「私まだプロポーズされてないよ」
「そういうのじゃなくて、お金の話とか色々あるんでしょ」
「そうだねえ。就職して仕事に慣れて、経済的に安定してからだと、大学出て数年かかるよね。あ、期待した目で見ないで、約束とかじゃないんだからね」
ツッコミ入れる元気ないよ。
情緒が無い。なんなんだよ「猫的思考」って。
モモは遠くを見つめる。宝石みたいな瞳が、なんだか強調される。
「人間は私達の五倍くらい生きられるけど、猫の寿命は短いのよね。美人薄命って言うけど、さすがに1/5は酷いと思わない?」
「お前まだ3歳じゃない」
「20年生きる猫もいれば16年の猫もいるでしょ。どっちにしても、猫にとっての3年は大きい数字だわ」
「うーん。私の部屋はペット禁止だからなあ。モモちゃんのために、お部屋探してみようか」
「いやいや、甘やかすのよくない。モモも泣き落とししない」
「ハル、こいつと別れた方がいいと思う」
モモに口喧嘩で勝つのは無理だ。
夕方、そろそろ帰るというハルを、母が「夕食食べてきなさい」って引き止めた。
大学での僕の様子など、和やかに話してくれている。なんだか緊張して、僕は食事の味が分からなかった。
ハルを駅まで送って帰った僕に、母が「ハルさんはしっかりしたお嬢さんね。大事にしなさいね」と言ってくる。母的に合格らしい。「しっかりした」って、これ使えるかなって思った。
「ハルは大学まで遠いこともあって一人暮らししてるんだけど、やはり親元を出ると、精神的に自立するんだと思う。とくに女の子だから、防犯とかも気をつけるだろうし」
「母さんも大学は通える距離じゃなかったから、なんだか懐かしいわ」
「夏休みに自分で全部やってみて、ふだんやってもらっているんだと実感したよ」
実感したのはうちの猫がネトゲ廃人であることと、うちの彼女がうちの猫を好き過ぎることだけだ。母さんは知らないので、息子が成長した、みたいな顔してる。もうひと押しかな。
「以前バイトしてたお金で、これくらい貯金があるんだ。生活費全部は無理だけど、もし母さん父さんが必要だと考えてくれるなら、物件を探して契約して家財道具揃えて、暮らせるようにして、大学とバイトをきちんとやれるか、挑戦したい気持ちがあるんだ」
「それは、お父さんに相談してみなさい。お母さんからも話しておくから」
OKでした。父は実家暮らしのまま、いきなり母と結婚したので、結婚してから苦労したこともあり、大賛成だった。
築年数は古いけど、ペット可の物件を探した。まだ両親にモモのことは話していない。モモから「言うな」と言われたからだ。何か考えがあるらしい。
実家にあった使える家具はほとんど持ってきたから、テレビ・冷蔵庫・電子レンジ・トースター・洗濯機程度を買っただけで、暮らせる部屋ができた。
見知らぬ部屋に、子供の頃から使ったベッドや机や本棚と、実家から持ってきた本などを置くと、自分のテリトリーのニオイがする気がして落ち着いた。
父の方針で、学費と家賃は出すから、生活費は自分で稼いでみろということになった。部屋と大学の間のターミナル駅にあるモックドは、他店だけど経験があったので働きやすそうだから、バイトはここにした。月の生活費を稼ぐほどバイト入れたら大学行けないから、食い詰めると実家に戻って食べさせて貰ったりした。
こうしてリズムが出来た頃、モモが芝居を打った。
「最近、モモちゃん食が細いのよ。獣医さんに診てもらったけど、病気ではないらしくて」
と、母に言われた。父と話し合って「モモは寂しいのではないか」ということになったらしい。
「あんたの部屋って、ペット可だったわよね」
「そうだね」
「試しにモモちゃんそっちに連れて行って様子見てくれない」
「猫は家に着くっていうし、環境変えたらよくないんじゃないの」
(モモに言えと言われた)
「まあ、モモちゃんにしてみたら、別荘が出来たようなものだから、そっちに行って、馴染むようならいればいいし、落ち着かないならいつでもこっちに来ればいいから」
まさか母さんに、「それ、モモの手のひらの上です」と言うわけにもいかない。
モモが僕の部屋へ来た。
ハルの膝の上で「ネトゲ休止状態、長かったー」とか言いながら、ネトゲしてる。僕はバイト済ませて帰宅したところだ。僕の引っ越しではなく、モモの引っ越しと共に、ハルは僕の部屋の合鍵を持った。返せよ、彼女に合鍵を渡すトキメキを!!
僕は大学とバイトでこの部屋を維持する。実家の両親は学費・家賃に加えてモモがらみの出費も応援してくれている。助かる。予防注射とかさすがに無理だから。当然、大学の課題もある。睡眠も必要だ。僕は、一人暮らしの部屋を手に入れたけれど、モモと一緒にネトゲしてやる時間は無くなった。
そこで、バイトしないで暮らせるハルが、ちょっと変わった猫カフェ兼彼氏の部屋へ遊びに来ている。夏休みほど長時間遊べなくても、16時間寝たい生き物だから、そこそこ満足しているらしい。
「ハルは金策苦手なのよね」とか「作業苦手なのよね」とか、たまに言われるけれど、さすがにこれ以上タスク増やされたら死ねるので、ご勘弁頂いている。
彼女が合鍵持って遊びに来てくれるけど、猫とおしゃべりしながらネトゲして、僕ともしゃべったりするだけで、プラトニックなまんま何にも無いんだよね。
しゃべる猫と暮らしてれば無理もないけれど、時々ハルが何考えてるのか分からなくなることがある。
モモはログイン時間は短いけど、凄腕のヒーラーとして、頼りにされてるらしい。ログインするとフレンドから「黎明シリーズ行きませんか」とかチャットが飛んでくるとのこと。「行けるよー。耐性装備用意するから少し待ってね」が、もう定型文になっていて笑う。モモのフレンドが動画を公開してて、そこにモモのキャラも出てるんだけど、確かに上手いし強いんだ。安定してるの分かるし、かなり複雑に色々考えてるらしい。
「モモちゃんすごいねえ」とハルは誇らしげだ。
「なあモモ、考えたくないけど、そのプレイ動画、お前が録画してblogにするとかヨッチュウに上げるとかすると、広告収入入るんじゃないか、猫なのに」
「無駄なことを無駄なままに、一切有意義なことなく遊ぶから楽しいんじゃない」
モモは、機嫌よく尻尾をまっすぐ立てて、そう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます