第六話
五月中旬、県大会である。県内の競合が集まる大会、この大会で上位になるとインターハイ、さらには未来のオリンピック選手になれるとあって何処も気合の入り方が違った。
俺たちはというと会場の隅でそわそわしていたのだ。
「先生連絡はまだですか」
「先生も今確認中だ両親の話では既に家は出ているし、もう時間的に来てもいい筈なんだか。電車の遅延とか調べてる」
今年は二年の押切部長と茜の二枚看板でインターハイは無理でもそこそこの記録を出せるんじゃないかと部活内のメンバーは内面では誰もが思っていた。
しかし、集合の時間になっても押切先輩は来なかった。直ぐに第二顧問の二階堂先生へと連絡すると、陸上の第一顧問の牧島先生と話合いを始める。名簿片手に押切先輩の家へ先ほど連絡も入れるも数時間も前に家を出た後だったの事だ。
運営には時間ギリギリまで待ってほしいと無理を言って押し通した二階堂顧問はちょっとだけ男らしく見えた。
午後に差し掛かりとうとう俺たちの番が近づいてくる。先に男子なので準備をしているとウロウロと歩き回る茜に注意する三枝先輩の姿が見えた。
ピッピーッ
俺の耳に笛の音が聞える。左前方に設置されたクロスバーに向かいゆっくりと走り出す。
最初で落ちたら笑いものである、太陽の光を体に受けマットへと背中から倒れこむ。っと余韻に浸る時間はない、選手が多い分一人一人の持ち時間が少ないのだ。
幾つかのバーもクリアするも、対に俺の足がクロスバーに引っかかり失敗する。記録は160cmジャストだ。練習よりも15cm高く飛んだ事になるし、例の約束もクリアした。 しかし俺の心は晴れやかではなく悔しい思いのほうが先にでる、もう少しもう少し高く飛べれば――。
俯き加減で皆の所に行くと草薙が肩を叩いて健闘してくれた、草薙は俺よりも早く脱落して既にスポーツ飲料を飲んでいた。
まだ暗いほかの部員、そこに押切部長と第二顧問が入ってきた。茜の顔が明るくなり直ぐに暗くなった。押切部長の足には包帯が巻かれ松葉杖を使って歩いて来たからだ。
「はぁ、何よ皆暗い顔をして。まだ大会中よっ、草薙君も良く160cm飛べたわね、草薙君は少し緊張してたみたいね。近藤君はまだ残っているみたい、彼だって他の同じ三年の最後の挑戦なんだから応援してあげなさい。ほら、須美さんも女子はこれからなんだから柔軟体操をしっかりっ、三枝先輩も頑張ってください。それに須藤さんも来年があるからって手を抜かないように。来年、私みたいに事故にあったら飛びたくても飛べないわよ」
普段と同じく厳しい部長の叱咤。諦めきれない茜が心配そうな声で口を開く。
「先輩事故ってっ」
「ああ、これね」
部長より先に二階堂顧問が喋りだす。
「ん。押切君は会場に向う時に困っているお婆さんが居てな、なんでも荷物を取られたとかで。で引ったくりを捕まえたまでは良かったんだが、その時に足を捻挫したんだ全治二週間って所らしい」
「本当付いてないわ、でも別にそれが悪い事ってわけでもないしね別に後悔はしてないし、本当は真っ直ぐに帰宅しないといけないんだけど皆が心配してるかもと思って此処まで来たのよっ」
後悔はしてないと言っている押切部長の口調は何時もよりも強めで隠しきれてない部分があった。自分の限界は後数年、そういっていただけにこの大会に出れない気持ちは大きいのだろう。
女子の部が始まった、かなりの好成績を残せるであろう、いや残せたはずの須美茜は押切先輩の怪我をみて動揺したのが僅か130cmの所で失敗していった。
戻ってきた茜の表情は暗く、今でも泣き出しそうな顔になっていた。松葉杖を使いゆっくりと茜の側にいく押切部長は茜の頭を軽く叩いた。
「もう、泣きそうにならないのっ」
「だ、だって……私は先輩と一緒に。先輩が前に居たから先に進めたんです、それなのに、それなのに……」
「あのねー。貴方が今まで飛べたのは部長である私のお掛けでも無いし練習で170飛んだのは貴方の実力よ。はぁまったく精神面を鍛えないとね」
押切部長の胸に顔を埋めて小さく泣く茜、俺はというとちょっと変わってもらいたいと思ってしまった。
ああ、夏が終わった。季節はまだ五月というのに何故か俺の心にはその言葉が浮んできた。
大会が終わった、二階堂顧問の奢りでファミレスで打ち上げをする。時間は既に十九時を回っていた。俺は自宅へ戻ると既に二十一時を越えていた。
「160cmかぁ」
ベッドに体を預け天井の染みを見る。頭にあるのは昼間の記録、誰に言うわけでもなく小さな悪態が出た。携帯が小さな振動音を知らせてくれた。SNSのTwinsであった。
【こんばんわ、茜です。昼間は160cmおめでとうです】ウサギのスタンプ
【今日は先輩の親戚の家に一緒に来ています、夜に抜け出せそうなので私の泣き言を聞いてもらえませんか? それとナツ君のいう事も聞かないと】
【私と同じ気持ちなはずだから、一時ごろあの洞窟で待っています】
『必ず行く』俺は直ぐに文字を打ち込むとその文字は既読マークが付いた。合宿した寺は隣町、自転車で行っても余裕で間に合う。
家族にちょっと草薙の家に行ってくると言い俺は家を出た。こんな時ぐらい自称親友の名前を使っても平気だろう。
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