第38話 苦悩の女剣士

 そこにいるのはリンデ、その人である。

 以前俺に右手を使うよう提案してきた女流剣士。

 俺の決定打は彼女から手掛かりを得たようなものだ。 


 俺が隠れていたワイルに声を掛けた際、感じていた気配は一つではなかった。

 勿論本人が顔を出すまで確定できないのだが、俺は彼女だとうすうす感じてはいたのだ。

 恐らく彼女はワイルに先を越されて出てこられなかったのだろう。


 カーシが彼女の剣術を買っているのであれば、ここに居ないはずもない。

 それに他の冒険者のように逃げていくことも考えられなかった。

 彼女も俺に挑む程の剣士であるし、何より俺に直接言いたいこともあるのだ。


 彼女は決戦の最中に姿を現したのであるが、恐らくワイルも気付いていただろう。

 俺達を遠目で見ている限り、彼もわざわざ彼女に関与せずに黙認していたのだ。

 俺の勝利はそこはかとなくインチキ臭いが、そこは黙っていればいいだけの話。

 ワイルも生きていればまた挑戦する機会があるのだ、と自身に言い訳をする。


 そんなことを考えている内に、彼女は会話の出来る距離まで近寄ってきた。 


「今からでも挑戦は受けるぜ?」


 なかなか口を開こうとしない彼女に代わって、俺はかつての彼女の望みを叶えられることを告げた。

 俺の呼吸もある程度安定し、連戦出来ないこともない。

 体力が削られている分は、特典としておこう。

 それに彼女がノーラの仇を取るつもりであれば、もうこんな機会はないかもしれない。


「いや、折角だが遠慮しておく」


 しかしながら返ってきた答えは否。


「先程の戦いを見ていれば、私はまだまだ未熟であると痛感させられた」


 そして一剣士として、断りを入れる理由も告げた。


「恨み辛みがあるのなら、聞いておくぜ?」


 敵討ちをするつもりがないのなら、俺は彼女のはけ口を用意しなければならない。

 それくらいの義理は、今の俺には十二分にある。

 右腕の件についてはオマケ程度でしかないが。


「ならば聞いてくれ、先ずは…」


 彼女は神妙な面持ちで声を張り上げる。


「済まない!」


 どんな罵倒を浴びせられるかと思えば、リンデは深々と頭を下げていた。

 

 その訳も気になったが、剣士の臆病さから気付かされたことがある。

 彼女は外套にその身を包んでいたが、腰に帯剣している様子はない。

 あれだけ腰を折れば剣の鞘によって外套の一部が捲れる筈。


 それではまるで最初から戦意がなかったかのように思えるが、それだけ罠の可能性も浮上してきた。

 丸腰を強調することで、隠し持っている凶器の存在を覚らせない戦法は確かにある。

 考え過ぎかもしれないが、何度も死にかけた者の警戒心は今更どうしようもない。


「何のことだ?」


 しかし彼女がこれ以上近付いてこなければ、対処はできる。

 そう考えながら俺は半分上の空で受け答えをした。


「お主にノーラを斬らせることになったのは、私のせいなのだ」


 何とか状況を把握しようと考えを整理する俺。

 そんな無言の男に対して、彼女は続ける。


「私が余計なことを言わなければ、彼女はお主と対峙することはなかった」


 それには、俺の右腕について他に話してしまったことも含まれているようだ。

 確かに彼女はいらぬことを話す傾向があるが、まんまと誰かの口車に乗せられてのことだろう。 

 どうもリンデは剣士として成熟し過ぎているせいで、人としては不器用である。

 不器用であるが故、いらぬ謝罪しか思いつかないといったところか。


「そして私は彼女の想いを止めることが出来なかった」


 恐らくリンデはノーラに説得はしたのだろう。

 可愛い妹分が必死にお願いする様が脳裏に浮かぶ。

 情に流されたとしてもリンデを咎めることは誰にも出来ない。

 結局はノーラ自身が選んだことだから。


「どうしても許せないというのなら、この場で私を斬り捨ててくれ」


 ひたすら無言でいる俺に対して彼女は更に続けた。

 不器用も度が過ぎるとこんな極論さえ生まれてしまう。

 しかしこれは、そんな彼女に別れの言葉すらかけなかった俺が招いた結果でもある。

 そこまで魔王に成りきれない俺は、抜き身のままだった刀を鞘に納めた。

 剣士である彼女には、それだけで俺の意志は伝わっただろう。


 そこで俺はもう少し彼女との距離を縮めることにした。


「その代わりと言っては何だが、外套を取ってみてくれないか?」

 

 しかし、その為には彼女が武器を隠していないと確認しなければならない。

 悲しい性であるが、あくまで今の彼女はあのカーシの雇われ人で俺の敵対する勢力、それが頭から離れない。


「え、これを脱ぐのか?」


 彼女は雰囲気にそぐわない唐突な俺の要求に目を丸くした。


「どうしても脱がなくてはならないのか?」


 彼女は暫くモジモジしていたが、俺が無言を続けると観念したように外套をとった。



「なぜ、それなんだ?」


 彼女は例の前掛け姿であった。

 しかしその下には、まともな衣服が着用されている。

 女性にしては大き目の身体が、女性特有の香りを強調しているようだった。

 彼女のその姿も確かに似合っているが、問題はそこではない。


「そ、それは……もしだな、も、もしお主が許してくれたのなら、わ、私が女らしくなったかどうか、た、確かめてもらおうと思ってな、な?」


 そう言い繕うとする彼女は、何度でも言うが、やはり不器用だ。

 ごまかしにもなっていない。


 思うに、彼女の家系は混じりけのない剣士の精神を受け継いでいる。

 そんな剣士が死地に赴く時、故人の形見を身につけて、あの世での再開を願うという。

 それは死を恐れず果敢に立ち向かう心意気の証。


 つまり、リンデは最初から俺に斬られる覚悟だったのだ。

 彼女が外套で隠していたのは、その覚悟。

 戦場とは違って、ただ自らの断罪を迎えるだけの人間が他人に覚悟を示しても何の意味もない。


 今もこうして不器用を通すのは、ひょっとすれば死ぬつもりだったことを隠しているのではないだろうか。

 そんな気さえしてきたその時である。



 -----地面が大きく揺れた-----



 それは俺が魔王となって以来二度目の地震。

 よりにもよってこんな時に起こるとは。

 それは膝が抜けるような揺れで、立っているのも難しい位だった。

 リンデにおいては完全にバランスを崩してしまい、そのまま俺の方へ倒れこむ体勢となってしまう。


 反射的に俺は刀に手をかけていた。

 彼女がこの期に乗じて俺に危害を加えるとは考えられない。

 それでも体が勝手に動いてしまうのである。


 一方、リンデの顔は何とも穏やかな表情だった。

 彼女はここで自分が斬られるのは必然と思っていたのだろうか。

 俺の業ともいえる本能をこの一瞬で受け入れたのだ。

 彼女はゆっくりと目を閉じる。


 リンデ程、剣士としての俺を理解している女性はいない。


 ノーラが倒れた時、嫌な役を引き受けたのも彼女。

 俺の所業を責めもしなかった彼女。

 そして今、俺の凶刃さえ赦そうとしてる彼女。



 -----そんな女性に、俺は一体何をしようというのか-----



「あっ……」


 俺の手が出た瞬間、リンデは目を大きく見開き、その眉が『八』の字に歪む。


『許せ、今はこれしかなかった……』


 真っ赤な血が地面に滴り落ちる。


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