第27話 人やめます

「ノーラのことは頼んだ…」


 それが勝手であることは分かっている。

 しかしこれ以外他に言うべきことが見つからなかった。


「そんなこと言われるまでもないわ!」


 そしてそれは今更な言葉である、今更過ぎて彼女の感情が高ぶる。


「言いたいことがそれだけなら、こっちからも言わせてもらうわよ!」


 俺がもう彼女に掛ける言葉がないと判断したサミエは続ける。



「私は貴方が好き!」



 眉間に少し皺をよせながら、彼女は面と向かって俺にそう告げてみせた。

 それはもう勢い任せともとれたが、真っ直ぐに俺を見据えている。


 そこから今一度瞬きをするのにどれくらいの時間が経っただろうか。



「気持ちは有りがたいが、俺は人並みに生きていくことはできない」


 それは、いつかこんなことになった時に用意していた言葉だが、こんなことになった今が一番しっくりくるだろう。



「そんなことわかっているわ!でも、これが今生の別れになるのなら、せめて、せめてそれぐらい言わせてよ!」


 恐らく彼女は、四人での共同生活、それ以上の関係を俺が望んでいないことも感じていた。


「私だけじゃない、きっとリンデだって同じよ、そしてノーラちゃんも!」


 それに他の二人との絆も強固なものとなっているが故、俺への過ぎた感情は禁断の領域となっていたのだろう。

 皮肉にも俺が誰の手にも、彼女自身にも、届かなくなるだろう今だからこそ、踏み込むことが出来たのだ。

 この矛盾した想いを無言で返すわけにはいかない。

 

「お前達は、俺に穏やかな日々をくれた俺の大事な家族だ。俺にはもうお前達以上、そしてそれ以外の家族なんて考えられないさ」


 俺はそう言いながらも、とある一人のことを思い浮かべるが、それは内緒だ。

 ある意味彼女達以前からそういった関係でもある。


「馬鹿…。そこは…嘘でもいいから、力ずくでもさらってみせる…とか言いなさいよ…。」


 彼女は言葉でそう言いながらも、俺の左腕にその両腕を絡めてくる。

 俺は右腕を伸ばして、サミエの頬に触れようとする。

 このまま触れてしまっていいのか分からず、途中でその手を止める。


 彼女は自らそれに全てを委ねるようにブロンドの髪を傾ける。

 同時に俺の手が雨粒の落ちてくるような感触を覚える。

 しかし、それは雨のように冷たくはない。


 俺は小刻みに震えるサミエの両肩を、己の右腕を彼女の後ろに回すようにして抱きしめた。

 今までの感謝と親愛、そして惜別の意を表しながら。



 それからお互い一言も口にしないまま、サミエは俺から離れていった。

 俺は彼女の残り香が消えてしまっても暫くその場にたたずむこととなる。




「全く貴方はどこまで女泣かせなのかしら?」


 それがボスの、ある意味全てを失った俺への一言目であった。


 相も変わらず何時ものごとく俺の行動は把握されていた。

 あんな場面を見られていると知っていれば、もっと違った対応をしたのだろうか。


 しかし彼女にはそんな世俗的な話よりも俺に言っておくことがある筈である。

 例えば、今後のこととか、今後のこととか、今後のこととか。

 それにも関わらず俺を弄ろうとする態度は、ある意味頼りになるのかもしれない。


「それにしても私が家族と思われていなかったのは心外ね。ここでは貴方と一番付き合いが長い女だというのに。あーあ、何だかやる気を失くすわー」


 そこでいきなり無理やりとってつけたような批判、そしてまるで棒読みがそれを増長していた。

 サミエとのやりとりで一瞬ボスのことを連想したのだが、これも内緒というか恐らく墓場まで持っていったほうがいいのだろう。


「あと、あそこで『家族』なんて言葉で濁すなんて、ヘタレにも程があるわ」


 更に続く批判であったが、これに関しては反論の余地はない。

 サミエの真っ直ぐな想いを煙に巻いた感は否めなかったからである。


「ま、その辺にしておいてくれよ」


 俺は浅い溜息をつきながら目を閉じて、彼女のご容赦を願う。

 彼女も『仕方が無い』という風にほくそ笑んで、それ以上の戯れを止めた。


「で、俺はこれからどうすればいい?」


 やっと俺の望む展開となり、俺はまた小さく溜息をつく。

 これ以上道具屋でいられない俺は、彼女の指示を仰いだ。


「そうね、まだ少し早いかもしれないけど、次の条件に移ってもらおうかしら?」


 既に次の仕事が用意されていたようだが、その内容は気になる。


「で、次の就職先はどこになるんだ?」

 

 少々皮肉っぽくなってしまったが、直接人に関わる仕事でないことを祈るばかりだ。

 俺は今剣士休業、道具屋廃業の身であるが、悪魔の手先には変わりないのだから。

 それに泣き別れとなった彼女達と直ぐに顔を合わすような展開だけは絶対に避けたい。


「先ずは、約束どおりこれを渡しておきましょう」


 彼女はそう言ってその黒い外套の中から、例の刀を取り出した。

 もう何年も見ていなかったが、そのせいか俺の目には神々しくも禍々しくも映る。


「おいおい、まだ条件は残っているんだろう?途中でくれてしまって大丈夫なのか?」


 口ではそう言う俺であったが、新しい玩具を目の前にした子供のように胸が躍る気分であった。

 そんな態度を彼女に見せるのが癪とかどうとかは、もうどうでもいい。


「まあ、一つの仕事を終えた報酬代わりとしておいてもらえればいいわ。永い間、本当にご苦労様でした。これはもうあなたの物よ」


 彼女は俺に労いの言葉をかけながら、その刀を両手で添えて渡そうとしてくれていた。

 まるで彼女を守る騎士に任命されているような錯覚をしてしまう。

 普段ならここで軽口の一つくらい出るところ、俺は言葉にならない感動を覚える。


「勘違いしないでね」


 折角俺が湧き上がる感情をかみ締めているところ、彼女はそれをぶち壊すような言葉をくれた。

 彼女が言うには太古の時代、わざと悪ぶって本心を偽る不器用な風習があったらしいが、これがそうなのだろうか。


「ご褒美として渡すのではなくて、次の仕事には必要となる代物よ。だからこれを手にしたからといって決して気を抜かないことね」


 彼女は俺に刀を渡そうとする手をいったん止めて、条件はまだあると釘を刺した。

 しかしそれは確実に俺の剣士としての復活を意味している。


「ああ、分かっているさ。俺もそれだけで済ますつもりはない」


 彼女は俺の確認を取ったところで、俺の手に刀を託した。


 すると短刀を握っていた時よりも、力強い波動が伝わってくる。

 刀の柄をとる左手に宿る握力が心地良く感じる。

 そして俺は、商人としての偽りの姿、そこから脱皮するような感覚に我が身を委ねた。


「それで、これを使って何をしろと?」


 俺は奮える様な高揚感に包まれながら、ボスからの命令を催促した。



「あなたは、これからこの迷宮の鬼達を束ねる『魔王』となるのよ」



 彼女はとんでもないことを口にした。

 今の俺は、たとえ相手が神でも悪魔でも斬れと言われれば躊躇いなく斬るつもりでいる。

 しかし、このように反応せずにはいられなかった。


「はい?」



 こうして俺は道具屋廃業剣士復帰兼、『魔王』となったのである。


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