第四章3話:食卓 - drunk Knight -


 ◇◇◇



 玄関先での会話を終えた一行は、宿屋の食堂へと移動する。

 そのなかには自分自身の変化に困惑するフィアーと、そしてその傍らで心配そうに見守るリアの姿もあった。


 ……フィアーの顔は、僅かに「不安を覚えていそうな」顔だった。

 無理もない。今まで一切の感情を表情に出すことのできなかったフィアーが、僅かとはいえそれを表に出せるようになったのだ。

 端からみればちょっとした変化だとしても、本人としては一大事である。


「おとーさん、きしさま達にしょくじをおだししてー!」


「ふふ、そういうと思ってもう用意を始めてるよ!皆さんには座っていただいておいてくれ」


「だそうなので、こちらにどうぞ!」


 フィアーの活躍によって無事に再会ができた親子は、明るいやり取りを交わす。


 ……それを見て、フィアーの心も少しだが落ち着いていく。

 自身の変化には今でも戸惑いは隠せない。だがそれと同時に、自分自身のやった行いで誰かを救えたという事実は、素直に嬉しいものであった。


 そしてその感情も、きっとこの表情に微弱にでも現れている。

 そう考えると、この変化も素直に喜ばしいものなのかもしれないと、そう思えた。


 そして、暫くして。


 ―――一行の前に、巨大な料理皿が並べられる。


「これは……まさか……」


 フリュムの食材……フィアーの僅かながらの記憶に照らすなら、欧州の食材がふんだんに使用された料理の数々。


 そしてその真ん中に鎮座する、巨大な円盤―――!


 それはフィアーの先程まで抱いて不安を吹き飛ばすには、十分に過ぎるほどの衝撃と、感激だった。



「―――『ピザ』……ッ!」


「発音がちがうよきしさま!これは「ピッザ」!」


 そう、それは『ピザ』だった。


 粉で作った生地を薄く、そして円形に伸ばしてその上に具材を並べて焼く。

 その上に散りばめられたのは、フリュムトマトにチーズ、そしてバジルに……アンチョビ、そしてオリーブのような物。


 渾然一体。


 全ての食材が大量のチーズによって抱擁されているようなその姿には、フィアーのみならず「ピザ」……もといピッザが初見であるワルキアの人々も感嘆の声を漏らす。


「こんなすごいの、はじめてみた!チーズとトマトは、こないだのグルメフェスティバルで食べたけど……」


「おわ、すごいデカいねこれ!?どうやって食べるの!?」


 リアもエルザも、その食欲をそそる


「ふふん、リアさんこれを使うのです!」


 そんな彼女らに、どこから出したのか……トールは円形の刃のついた機器を見せつける。


「なにその凶悪な見た目……マギアメイルの武器?」


「ちっがーう!ピッザカッター!」


 エルザの誤りを、レイナが元気に否定する。


 トールが出したそれはフィアーの脳裏にあるものとは少しばかり形状が違ったが、明らかにピザカッターであった。

 仮面をつけたままの彼は慣れた様子でそれをピザの上に走らせていく。


「これをこうして……こうして……」



 しかし、そこで問題が発生する。


「と、とどかない……」


 ―――小柄なトールの手では、ピザの反対側まで刃が届かなかった。

 そしてここにきて、一行はようやくトールの


 ……そのことを、一番に疑問視したのはエルザだった。


(今までずっと見てきたはずなのに、体格にすら気付けなかった……?)


 ここまで彼女は、「反乱軍を裏切ってきた密告者」という情報を知ったうえで、彼の動向に細心の注意を払いながら監視をしてきたつもりだった。


 だが、改めて見ると、レイナとそこまで差はないのではないかというほどに小柄だ。

 ……なぜ、今の今までそんなことにすら気づけなかったのか。もしかしたら、それも彼が身につけた仮面の力だったのか……と、疑問は尽きなかった。


「ボクがやってみるよ、貸して」


 フィアーが苦戦するトールを見かねてそういうと、彼は素直にピッザカッターを差し出す。

 それをス、ス、と慣れた様子でピザの上へと走らせるフィアー。

 するとピザの上には、放射状に切れ目が刻まれることとなる。


「これで、OKかな」


「さすがきしさまー!」


 端からレイナが称賛の声をあげる。

 ……まるで、ヒーローを称賛するようなそんな雰囲気だ。今の盲目的な彼女なら、フィアーが呼吸しただけでも誉めちぎりかねない。


「へぇ……こういう風に切るんだー……」


 「ピッザ」という料理をを見たことがなかったリアは、フリュム人とそれに混ざったフィアーの反応に疑問の声をあげる。

 エルザもまた、同じような顔だ。


 彼女らの目線の先には、放射状に切り分けられたピッザの姿。

 その食べ方を図りかねている一行に、フィアーはピッザの食べ方を教授する。


「そしたら、耳の部分を引っ張るんだよリア」


「そうそう、そうしたらチーズがびろーんってのびます!」


 この世界の常識とはもしかしたら違うかもしれない……と発言してから考えたが、傍らのレイナたちの反応からも食べ方は同じなようだった。



 ―――そして自分の耳たぶをつかみかけるリア。


「耳?」


「お約束どうも」



 ◇◇◇




「おわー!?すごいチーズ伸びるーッ!?」


 満を持してピッザの生地の耳を引っ張り、ひと切れ掴んだリア。

 彼女は思わずそのチーズの伸びっぷりに驚愕する。


「それを先のほうから食べると食べやすいよ」


 フィアーは自分もそれを頬張りながら、リアに食べ方を伝える。


 ―――その味は、正しく極上だった。


 ワルキアで食べたチーズはモッツァレラに近いものであったが、このピッザに使われているものはそれとはまるで違う。


 ……ゴーダ、チーズ。

 その味わいと香りは、まさしくそれだった。


 そのクリーミーなコクと旨味は、かけられたトマトソースとの相性において他の追随を許しはしない。

 まさしく、極上。


「……うん、おいしい!フリュムって本当に美味しいものが多いのね!」


 エルザもまた、ピッザを食べて悦びの声をあげる。

 魔龍戦役まりゅうせんえき直後のグルメフェスティバルでも人気を博した通り、ワルキア人の舌にフリュム料理は非常に受けがよいらしい。


「ええ、初代皇帝が献上品を極上の料理に限ったという伝説もあるくらい、フリュムは食の拡充に力をいれた国だったんです」


「……実はワルキアとの戦争も、その周辺の農場にできそうな草原を手中に収める為だけに引き起こされた、なんて話があるくらいでして」


「えぇ……」


 皇帝。

 思えばワルキアは帝国。皇帝がいない今でこそこのようにお互いに対話ができるが、魔龍戦役まりゅうせんえき以前ではこのようなことは考えられもしなかっただろう。


 それを思うと、件の戦役は両国にとってもターニングポイントであったとも言えるかもしれない。

 ……片方の国が滅亡寸前にならなければ融和も敵わないとは、些か世知辛い話ではあるが。



 ……そのようにフィアーが思った、その時。


「……なぁ、聴いたかよあの噂」


 食堂で食事をする他の宿泊客の世間話が、彼の耳に入った。


「?、天使が降りてきて街を救ってくれたこと?」


「―――」


 フィアーの顔が、強ばる。

 その話が、自身の駆った鎧―――『異訪者ストレンジャー』に関するものであると、すぐに分かったからだ。


「……馬鹿、あんなのが天使なわけねぇだろ!悪魔だよ、俺達の街を消しかけたんだぞ!」


 片方の男は、憤りを抱えた顔でそう豪語する。


「いやそれがだ、なんとあの破壊は反乱軍の連中の魔法で起きたものらしくて……あいつら、街ごと俺らを消そうとしやがったんだ!あの天使みたいなマギアメイルは、それを止めてくれたんだって!」


「えぇ……マジかよ……?首都防衛軍、結構憧れだったんだけどな」


 矛先が、首都防衛軍へと向く。

 その会話を聞いていたフィアーは、思わずその顔に暗く、影を落とす。


「……」


 ……少なくともあの破壊は、暴走した自分自身の起こした災厄。

 自分の意図せぬブランの情報操作によるものとはいえ、冤罪をかけられた形の首都防衛大隊……もとい反乱軍には、正直申し訳ないという思いがある。

 街を襲撃し、人々を傷つけたことは許せないが……それを言うなら、大惨事を引き起こした自分も同類。そんな自分の罪まで押し付けられるというのは―――すこし不憫にすら思えた。


「ま、あの魔物騒ぎんときも俺らほっぽいてあの暴虐皇帝守ってたくらいだし、そんぐらいするだろって」


「早く倒してくれねぇかなぁ、反乱軍……」


「そのために騎士団が戦ってくれんだろ?応援しなきゃなぁ!」


 けらけらと、その宿泊客たちは不安を笑い飛ばす。……その情報が、他でもないワルキアの騎士団長によって発された欺瞞情報とも知らずに。


 そんな光景をフィアーはただ、黙って見つめていた。


「……」


「……今はどこもあんな話題で持ちきりね、テミス皇女の宣言と……ブラン団長の発表以降は」


 後者を特に強調して、エルザはそう告げる。

 それを聞いたフィアーは沈黙を保ち、そしてリアが心配してそこに寄り添った。


「フィアー、大丈夫?」


「うん……大丈夫。自分が引き起こしたことなんだから、何を言われても仕方がない、よ」


 そう気丈に答える彼だったが……その内心は、決して穏やかなものではなかった。


(……悪魔あくま、か)


 力のままに城壁を消し飛ばした、悪魔。


 その言葉が脳裏に延々と響き、彼の心を苛んだ。

 そして浮かぶのは、朧気な記憶のなかの光景。


(壁を消し飛ばして―――反乱軍の人を、力の限り押さえ付けて、そして―――)


 ―――もしも、あの光景が現実のことなら。


 あのような破壊衝動に呑まれたような蛮行をもしも、覚えていないだけで、のだとしたら。


(仕方が、ない)


 それは、間違いなく悪魔の所業だ。


 たとえその過程で人を救えていたのだとしても、決して許されるものではない。

 だってその結果引き起こされたのが、あの大災害なのだから。


 それこそこの世界に相応しくないと、糾弾されて、排斥されても仕方がないくらい、恐ろしい程の―――



「……フィアー?」


「え―――」


 ……瞬間、現実に引き戻される。


 リアの心配そうな声に彼が振り向くと、そこには心配そうな顔がいくつも並んでいた。

 なにせトールまでもが、その食べる手を止めていたのだ。


 ……自分としたことが、このような事で心配させてしまうなんて。


 フィアーは自分自身の悪癖である思案を打ちきり、一向に対して返事を返す。


「あ、いや……なんでも、な」



 ―――だが、そのときだった。




「―――たいちょー達、ここにいたのか~!!!」


 異常なまでに陽気で、重い空気をぶち壊すような声が食堂に響く。


「もー、俺らを置いて食事に行っちゃうなんて水くさいっスよー!?」


 ―――現れたのは、赤鳳騎士団の部隊員であるバナムだ。

 その顔は真っ赤で、足取りはあからさまに千鳥足だ。


「ちょ、バナム?どうし……うっわソーマ臭!?」


 エルザは鼻を摘まみ、酒の香りが充満していることに文句をあげる。

 だがそんな彼女の反応にも、バナムは意に介さずにあとから現れた相方―――アイナに抱き付く。


「くさくない、くさくないですよ~……なぁ、アイナ?」


「うん、バナムはくさくないよ。だってわたしの半分ものんでないし」


 そう告げたアイナも、酒の匂いを身に纏っていた。

 だがその顔はバナムほど紅くはなく、しかもその受け答えは理路整然としたもの。


 ―――そんな二人の背後からは、また別の人物が現れる。


「はぁ……、二人ともなんでそんな酔いつぶれるまで……」


 現れたのは、赤茶色の長髪を後ろで纏めた、細身の男性だった。その服装から、エルザ達と同様に赤凰騎士団の団員であることが伺える。


「キュイくん!?アイナちゃんたちには連合会の人たちに連絡をしたら船で待機って伝えたはずなんだけど……?」


 エルザに「キュイくん」と呼ばれた彼は、深いため息と共に報告をする。そしてその傍らには、一緒に出てきた緑髪の少女の姿もあった。


「こいつら、「大規模戦闘の前だ、景気付けに地元の酒場に貢献しようぜ」なんてほざいてグビグビと呑み始めたんですよ……まったく、なんで俺まで」


 そう嘆息し、頭を抱える男。


「ま、まぁまぁキュイさん、お陰で美味しいものも食べられたわけですし……」


「エクラ、お前はあいつらを甘やかしすぎなんだ……まったく」


 そんな彼を、「エクラ」と呼ばれた少女騎士はおどおどとした態度ながら諌める。


「二人も来たのか、ごめんねー……お守りを任せちゃって」


 ……二人もまた、赤鳳騎士団第一部隊のメンバーなのだろう。

 フィアーはそう察するも、見知らぬ人物の登場に不思議そうな顔をせざるを得なかった。


「あ、フィアーくん達は初対面か!こちらキュイくんとエクラちゃん!わたしの部隊の隊員だよ」


 フィアーらのその姿をみて、エルザは二人の騎士に挨拶を促す。

 すると二人は、騎士然と姿勢を正し、その手を胸に当てて挨拶をする。


「キュイーヴル・B・エストックだ。親しい人間にはキュイの愛称で呼ばれている。よろしく頼む」


「エ、エクラ・アルミュールです!よろ、よろろし……」


 二人はそれぞれ正反対の態度でフィアーたち一向に挨拶する。

 キュイーヴル……キュイは極めて毅然とした態度だが、エクラはなんというか、小動物のようなか弱さを感じさせる姿。

 ……しかも、どもりまくったエクラの挨拶は、酔いどれ達のガヤで掻き消える。


「―――そして俺がバナム・ウォーレス!」


「わたしはただのアイナ……あ、「ただの」は名字じゃないよ」


「後ろ二人はもう挨拶したでしょ……」


 まるで良くできた漫才のようなやり取り凸凹チーム。だが彼等こそ、赤鳳騎士団一の戦闘力とすら謳われた、第一部隊のメンバー達なのである。


 ―――その勢いに、フィアーは思わず気圧される。

 色々な感情と情報が怒濤の勢いで押し寄せて……正直なところ、キャパシティーオーバーだったのた。


「よろしく、お願いします」


 そんななかでもどうにか、挨拶を返す。

 だが、その声色と顔には曖昧な感情が現れていた。

 ……少なくとも、一番親しい間柄であるリアには、それが読み解けた。


「あ、お代わりを……」


 だがトールはそんな光景をお構いなしとばかりに、手元のミネストローネ擬きのお代わりを所望する。

 良くも悪くも、彼はかなりマイペースだ。余程空腹に苦しんでいる……もしかすると、なにかそういうデメリットのある術式を体得しているとか、そのような体質なのかもしれない。



 ―――そして便乗して、リアが意外な言葉を口にする。



「……わたしも、ソーマでも呑もうかな!」


 思えば、この世界の飲酒は、特に成人の制度はどうなっているのだろうか。

 フィアーは一瞬そんなことを考えたが、それよりも後に驚きがくる。


 ―――リアが、飲酒?


 ……世界の常識より、気になったのは唐突な彼女の行動だ。

 なにせリアが酒を呑んでいる姿など見たことがない。


「え、リア?」


「おじさん、ソーマひとつ!安いのを!」


 だがそんなフィアーの驚きもお構いなしに、リアは酒をオーダーする。

 ご丁寧に安価なものを指定して、だ。


「はいはいー」




 ―――そうして、戦闘前の景気付けの意味も込められた、大宴会がそよかぜ亭にて開幕したのであった。


 呑めや歌えや、真っ昼間から人が集まり、どんどんとその規模は肥大化。

 ……結局のところ、フィアーの疑問や不安は一切解消されないままにその宴は、その盛り上がりを激しいものとしていったのであった。

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