第四章4話:酔月 - Telling you the Truth -


 辺りの町並みはすっかりと夜闇に染め上げられ、店や家々からは街灯の光が灯る。

 そんななか、宿屋「そよかぜ亭」で急遽開催された酒宴のその盛り上がりは、尚もとどまるところを知らなかった。


「―――いーや俺の方が強いね、勝負するか!?」


「おォ、上等だ!砂賊さぞく一、酒が強ェとすら言われるオレの呑みッぷりに腰抜かすなよ!」


「いいぞーバナム、負けるなー!」


「砂賊!?今砂賊とかいわなかったかあの傭兵!?」


「まぁまぁキュイくん、ここは無礼講無礼講」


「それで済ませていいことじゃあないんじゃないか……!?」


 あとから宴に合流した砂賊のグレアが、酔いに酔ったバナムの挑発にのって酒を浴びるように呑み、周りの観衆はそれを囃し立てる。


 それに呼応するようにして観客達も次々と酒を呑み、店は大繁盛であった。

 昼間仕事に追われていた騎士や製鎧職人、果ては他の酒屋の店主まで参加したその宴の規模はどんどんと肥大化。

 今では店のなかから溢れ、通りを丸々占拠しているような状態だ。


 そしてそのなかには、フィアーが出会ったことのある人々の顔もちらほらと伺えた。どうやら皆、この賑わいをみて集まってきたらしい。


 ―――フィアーの目にまず飛び込んできたのは、離れの席で誰かと同席する壮年の男性、エンジだ。

 しかもその向かいに座っている人物、彼にもフィアーは見覚えがあった。


「いやいや、今回はお話を頂いて―――」


「おおぉっとその話はここではやめてくれ……まま、とりあえず一杯!」


 青い髪の、神経質そうな顔の男性。


「あの人、格納庫で―――」


 ―――それはまさしく、リアとフィアーがフリュムに到着してすぐ、商品を高額で売り付けようとしてきた怪しい商人、クレイマであった。

『運送屋』を停めている際に出会い、商品を買わないと見るや否や、悪態をついて去っていったのが印象深い。


 ……だがそんな彼は、エンジに対してかなりにこやかに語りかけていた。しかもその笑顔は、自分とテミスに怪しげなものを売り込んでいたときのものではなく、心からのもののように見受けられる。


「……なんか接点あったのかな」


 とても、関わりあいになるような二人とは思えないが。



 そんなことを疑問に抱きながら、フィアーはまた辺りを見渡す。

 他にも何人か、見知った顔も見える。


 ―――すると、今度見つけたのは。


「あ―――貴方は」


 声をかけられたその人物は、酒の入ったグラスをおいてフィアーのほうを向く。

 その腰のベルトには道化師の仮面がついている男性は、しばらく考えこむようにしてフィアーの顔を除きこむ。


「……あぁ、あのときの少年か!」


 そう、道化師。

 彼は中央広場で、サーカスを開催していた一団の主催者。名はシャーオ、団のなかでは一番とすら謡われた凄腕のマギアメイル乗りにして、曲芸師である。


 ……フィアーは彼には、多大なる恩があった。

 レイナの救出のために使用された簡易マギアメイルは、彼等のものであったからだ。

 もしもあのタイミングでそれを貸して貰えていなかったとしたら―――今頃はレイナも、下手すればフィアーの自身もこの世にはおるまい。


「マギアメイルの件、ありがとうございました。……でも少し言いづらいのだけれど、マギアメイルは―――」


 フィアーは感謝を伝えて、そして謝罪する。

 理由は明白―――『異訪者ストレンジャー』に搭乗することを決意したその直前に、反乱軍の手によって破壊されてしまっていたからだ。


 ……だが。


「あぁ、なんだそんなことか!別に構わないよ!」


 シャーオは明るく、それを笑い飛ばした。


「で、それで?助けたかった子とやらは助けられたのか?」


「あぁ、それは―――」


「はい!わたし、きしさまにたすけてもらいました!」


 シャーオの質問に、フィアーよりも先に配膳にきたレイナが答える。

 そしてその姿を見た瞬間、シャーオの顔はみるみる、満ち足りたものへと変わっていったのであった。


「なら、よかった!お前さんがその娘を助けてくれたお陰でこの宴が始まったんなら、今俺がこの酒を呑めてるのもお前さんのお陰さ!それでチャラで、いいんじゃないか?」


 ―――そんな粋な言葉に、フィアーはなにも言えず。

 ただその場で勧められるままに、テーブルを囲み、シャーオと歓談を続けていくのであった。




 ◇◇◇


 それから、また一時間近くの時間が流れる。

 ちらほらと去っていく客も現れ始めたが、酒豪組は一向にその手を休めはしなかった。

 なかには食堂で寝落ちしてる人もいるほどで、レイナやその両親たちがその肩に布団をかけてやっている姿が、特に目についた。


 ……そんななか、店内でカウンターで食卓に突っ伏している褐色の少女が、ひとり。



「……うぅ、呑みすぎ、た」


 ……フィアーの義姉、「リア・アーチェリー」その人である。

 彼女は急に酒を所望し、周りの騎士達と共にハイペースで呑み続け―――今ではこの有り様である。

 その傍らにはシャーオ達と別れて戻ってきたフィアーが寄り添い、肩を貸していた。


「ほらリア、流石にもう部屋に戻った方がいいよ」


「うぅ……ごめんねフィアー……ぅぶ……」


 今にも倒れそうなほど酔いつぶれた彼女を連れて、フィアーは立ち上がる。


「リアちゃん、お大事にね?あまり呑みすぎはよくないよ……?」


「は、はい……」


 心配するエルザに、リアは苦しみながら返事をした。そして彼女は義弟に連れられ、食堂を後にする。


 その背後からはなおも、盛り上がる客達の声が響いている。

 ―――この調子だと、酒宴は夜通しになりそうだ。


 そんなことを考えながら、フィアーは真っ直ぐに自分達の部屋へと向かったのであった。



 ◇◇◇



 アーチェリー姉弟の使用する個室に到着したフィアー。

 外からの宴会の声は、この部屋にも断片的だが聞こえてくる。そんな楽しげな声を遠くに聞きながら、彼はリアをベッドの上に降ろした。


「んぁー……ぎもちわるい……」


 ―――リアは完全に酔いつぶれて、もはやグロッキーであった。


「まさか飲み物の魔力でそこまで酔うなんて……」


 あのソーマという酒。

 結論からいうと、それにアルコールはそもそも含まれてはいなかった。

 代わりにソーマには、術式による熟成によって「ほどよい酩酊効果を与える」という効果を付与された魔力が宿っていたのである。


「みずー」


 リアが水を所望しながら、具合が悪そうにベッドに倒れこむ。


「はいはい」


 それをフィアーは眺めながら、水を注ぎに向かう。

 ……思えば、エルザ達騎士団の面々があれだけ酒を呑みまくっても精々酔うくらいで倒れはしないのも、納得だ。

 魔力によって酩酊がもたらされるなら、その耐性もまた魔力によるのだろう。騎士団の精鋭ともなればも、酔い潰れることの方が難しいというわけだ。

 実際今なお下の食堂で呑み続けているあたり、その実力は計り知れない。


「あたまいだい……」


 対してリアはこの世の終わりのような顔で吐き気に耐え、頭を抑えている。

 どう考えてもキャパシティオーバーだ。……リアほどの人なら、自分でもそれはわかっていただろうに。


「あんなに呑むからでしょ、無理しないで」


 フィアーはそうして、義姉を気遣う。



 ―――だが。


「……むり?」


 それが、彼女の琴線に触れた。



「―――むりしてるのはフィアーの方でしょー!いっつもいっつも無茶ばっか、危ないことばっかして~……!」


「え、話そっちに飛ぶの……?」


 酔ってへろへろな声で、リアはそう叫んだ。


「王都の時も、さばくの時も、こないだのだってそう!」


「じぶんからあぶないとこにいって、怪我して帰って来て……わたしがどれだけ心配で、悲しんでるかわかるー!?」


 酔いつぶれたリアの、酔いどれ特有の唐突な説教。

 ……だがそれは確かに、彼女が普段から本心で抱いていた「怒り」、そのものでもあった。


「は、はい……ごめんなさい」


 だからフィアーも素直に謝罪する。


 思えば、以前軽い口論になったときも原因は自分の無茶な行動だった。

 その時は売り言葉に買い言葉で、自分も言い返してしまったものだが……冷静になって考えてみれば、明らかに悪いのは自分だ。


 ……しかも『異訪者』の件で多いに迷惑をかけたのだから、特に。


「もっと、自分のいのちをだいじにしなさい!そうじゃないと、フィアーだけじゃなく、周りだってかなしむんだから……わたしだって……」


 そこまで言ったところで。


「わたしだって……」


 リアは、急に今までの勢いを失って―――しゅんとしてしまう。


「……?」


「……あのね、フィアー。私、貴方にまだ打ち明けてないことがあるんだ」


 フィアーが流れを理解できなくて茫然とするなか、リアはなんとか、言葉を紡ぐ。

 だが、フィアーはただ、その言葉に疑問を抱く。


「打ち明けて、ないこと?」


 ……リアの、秘密。

 そんなものがあるなんて、フィアーには想像もできなかったからだ。

 いつもリアは、何か思ったことがあればすぐに伝えてくれて、心配もしてくれていた。


 だから、リアが隠し事をするようなタイプだとは思ってもいなかったし、考えてもみなかったのだ。


「……あ」


 ……だが、そんな彼にもひとつだけ心当たりはあった。

 フィアーの脳裏に浮かぶのは一週間近く前にした会話。



(そういえば聞いたことなかったけど、リアのご両親って―――)


(―――ほら、早くいこ!冷めちゃうし!)



 ……今にして思えば、あれは確かに不自然で、あからさまな拒絶ではあった。


 だが、「家族」に対しての質問。

 それに一体、どのような秘密が―――



「実はね、わたし、わたしも……」


 フィアーがそれを訪ねる前に、リアは切り出す。

 今まで告げていなかったこと。意図的に隠していた、自分の過去を。

 そしてその事実は、間違いなくフィアーに衝撃を与えるもので―――、





「―――わたしも昔、「記憶喪失」、だったの」



 ―――そして、これまでフィアーが彼女に抱いていたちょっとした疑問の数々を、一斉に解消するものでもあったのだった。


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