第三章5話:救助 - fight the Meadow -




「ヘパイストス」を発って、およそ一時間ほど。

 二機のマギアメイルは高原の中を、一心不乱に疾走していた。


 辺りは最早一面の緑だ。遠くの草むらの中には牛とおぼしき影が数頭ほど鎮座している。


「もう少しだな、マギアメイルであと一時間も駆けりゃあ、フリュムの首都が見えてくる」


「なんか、この草原も久々に見た気がするわー……」


 リアはそういって、辺りをぐるりと見渡す。


 つい一月前、ワルキアとフリュムが全面戦争状態となっていた頃は、ここを毎日のように往復していたものだ。


『そっか、リアはフリュム領にいたワルキア軍に物資を運んでたんだっけ?』


 そう問うエリンの声に、自信満々にリアは答えた。


「うん、騎士団直々のご依頼でね!」


 ―――リアの運送屋としての実績は、 当然砂賊にも知れ渡っていた。


 なにせほぼ唯一といっていい、騎士お抱えの運び屋だ。王都に運送屋リア・アーチェリーあり、と世間に知らしめるのは、十二分すぎるほどの実績だろう。


「そういえば、フィアーと出会ったのもフリュムの帰りだったっけ……」


 辺りを見渡しながら、リアは少し感慨に浸る。


「……そうだったね」


 それに対して、フィアーも同じように周囲に目を配った。


 ―――思えば、まだあれから半年しか経っていないのだ。


 空から墜落してきた謎の円柱と、そこから現れたという自分。

 偶然にも通りかかったリアに助けられたことで何とか今まで生き永らえてきた自分。


 もしも彼女との出会いがなければ今フィアー・アーチェリーがここにいることはない。


 ―――そう考えた時、一つの疑問が浮かんだ。


 今までは深く考えてこなかったことだが、一瞬その疑問が脳裏をよぎった瞬間、そのことが気になって仕方なくなってしまったのだ。


 ただでさえ様々なことを抱えていたフィアーだけに、その小さな疑問にすら、明確な答えが欲しくなった。

 だから、彼は問うた。


「……リア、あの時、どうしてボクを拾ってくれたの?」


 それはごく簡単な問い。

 少なくとも、フィアーはそう認識していた。


 ―――だがその問いに、リアは表情を変える。



「それは―――」



 表情は神妙なものとなり、なにか後ろめたいように口ごもる。


「……リア?」


 そんな様子に違和感を覚え、フィアーが再度話しかけた。


 少しの間俯いていた彼女だったが、何かを決心したように

 そしてついに、リアがその重い口を開く。



「実は、ね……私も―――」



 その瞬間。


『ん、てか今さらだけどお前ら姉弟じゃなかったっけ?』


 単刀直入な切り口で、グレアがこぼした。


「……あ」


「……」



 ―――あぁ、流石にこれは誤魔化せない。



「いや、えっと……」


『拾った、とか言ってたよな?』


 リアは必死に弁明を考えるが、直前の緊張もあってか頭が回らず、つい口ごもってしまう。


 その沈黙は、グレアに確信を抱かせるに十分すぎるものだった。


『ふーん……まぁワケ有りな奴等なんて見飽きてるし、別に詮索はしねぇけどよぉ……』


 詮索はしない、と言いながら、グレアは興味深げにリアたちの乗る『運送屋デリバリーマン』を凝視する。


 二人が、一緒に。

 そんな様子にグレアは覚えがあったのだ、それも「ヘパイストス」のなかで。


「―――お前ら、他人同士なのに同じベッドで寝てたのか……?」




「―――――ッ!!!???」



 ―――リアの顔の紅潮が今、極限に至る。


 義理の姉弟だから、と誤魔化していたものの内心に積もり続けていた羞恥心と少しの喜びが、第三者からの指摘により爆発する。


 そう、リアはフィアーとそうして過ごすことに、少しばかりの喜びを感じていたのだ。



「ま、まぁ、義理とはいえ姉弟だから」



 そんなリアの様子をどこ吹く風とばかりに、フィアーは冷静に返す。

 表情はクールそのもの。


 ―――だが額に浮かぶ冷や汗と手の震えまでは誤魔化せない。


「いやいやー!フィアーくんよぉ、流石にそれで済まされることじゃあねぇと思うよ俺ぁ!」


 そんな二人の様子に、グレアは興味津々な表情で追求を続ける。


「で、実際どうなんだよ、お前ら好き合って―――あいた!?」



 そんなグレアの頭が叩かれる。

 彼を後ろから叩いたのはエリンだ。リアたちの困った様子に見かねて助け船を出してくれたらしい。



「こらバカグレア!詮索しないとかいってしまくってるじゃないのさ!」


「だってぇ!気になるじゃんかよ!あいつら一緒に夜を……」



 グレアは頭を片手で押さえながら反論するが、エリンの冷たい眼光が彼を突き刺す。


『なんでもないです……』


 背部から魔力を放出しながら、『海賊ゼーロイバー』がシュンと反省したような素振りする。

 巨大な鎧が落ち込んでいる姿は、端から見るとかなりシュールな光景だ。


「と、とにかく!私とフィアーはそういうんじゃ―――」


 グレアのテンションが下がったところで、リアはようやく反論を始める準備が完了した。


 そして言葉を紡ごうとした瞬間。


「リア、私は解ってますから……!」


 テミスがリアの肩にそっと手を置く。

 その表情は柔らかな、まるで慈母のごとき慈愛に満ちたものだ。


「テミス……!」


 リアはその言葉に感動した。


 ―――この子はちゃんと分かってくれている!


 そんなリアの感動の後ろで、テミスは満を持して二人に、満面の笑みで声をかけたのであった。



「応援してます、お二人のこと!」


「だから違うんだってばぁ!」




 ◇◇◇




 フィアーとリアに関しての話題もだいぶ落ち着いてから十数分。

 辺りを索敵したグレアが、不意に声を上げた。


『お、魔物だ』


 機体に表示されたコンソールには、確かに敵性反応がある。

 数は一匹なようだが、中々に大きい。


「前はこの辺じゃ一切見かけなかったのになぁ……」


 リアはそうこぼす。

 そもそも、以前は整備された街道などに魔物が現れること自体、滅多にあることではない。

 それも、人里の近くなどもっての他だ。


「魔龍戦役以降、ワルキア領周辺でも出現が頻発していましたが……フリュム領も例外ではないようですね」



 ―――「魔龍戦役」。


 白騎士、フェルミ・カリブルヌスと共にフィアーが戦い、解決した災害レベルの魔物襲撃事件。


 あの一件以来、大陸中で魔物の出現が頻発しているというが、一体なにが原因なのか。

 ワルキア王国や様々な国の学者が現在進行形で調査を続けているが、有力な成果は得られていない。


 ただ一つ分かっていることは、魔物の出現に限らず、この世界中で様々な異常現象が発生し始めた、ということくらいだ。


 もしくは、砂漠で「ヘパイストス」が謎の空間に閉じ込められたこともその一つだったのかもしれない。


 ―――一行がそんなことを思案していると、リアが何かを察知した。


「―――あれ、人が!」


 その視線の先をグレアが見ると、反応のあった中型の魔物が何かに対し威嚇をしている姿が目に入る。


 その魔物の目前、そこには破損した魔動車が転がっており、その影には一人の男性らしき姿が見受けられた。


『おっと、これぁほっとけねぇなぁ!』


 そういうと、グレアは『海賊ゼーロイバー』の出力を上げ、腰部にマウントしてある大型の錨型破砕ユニット「オケアノス」をその手に掴む。


『捕まってろよ、エリン!』


『うん!』


 エリンの返事と共に、『海賊ゼーロイバー』の背部加速ユニットから瞬間的に圧縮魔力が放出。

 魔物との距離を、一気に縮め、そして。


『唸れ、「オケアノス」!』


 <破砕術式:起動>


 魔物の懐に飛び込んだ『海賊ゼーロイバー』の手にした錨から、魔力が溢れる。

 そしてそれをグレアは大きく振りかぶり、魔物の脳天、その直上へと振り下ろす。


『オラァッ!』


 <―――!!!?>


 叫び声をあげる間もなく、魔物の頭は粉々に砕け散る。

 その衝撃は魔物の胴体まで一切減衰することなく響き続け、その腹部に埋め込まれた宝玉が無惨に破裂する。


 ―――魔物が、光子に変換される。



「……マ、マギアメイル!?」


 フードを被った男性と思わしき人物は、突然のことに何が起きたか分からないといった様子で言葉に詰まる。


『おう、怪我はねぇか?』


 グレアがそう確認したその時、何が地面を突き破り地上に飛び出す。

 当然その狙いは『海賊ゼーロイバー』。


「!、まだ後ろに―――」


 仮面の人物がそう叫ぶ。

 その視線の先、『海賊ゼーロイバー』の背後から飛びかかるのは先程と同種の魔物だ。

 魔物はその爪を怪しく輝かせ、その首元―――操縦席に届く角度を狙ってその殺意を突き立てようとする。


『―――分かってる、よォ!』


 だが、グレアはそれも予測済み、とばかりに機体を捩らせ、回避する。

 そしてすれ違い様、グレアは『海賊ゼーロイバー』の脚部に破砕術式を付与。

 その無防備な腹に、魔力の光を帯びた蹴りを見舞う。


『おらァッ!』


 <―――!!!!!>


 ―――その蹴りは、正確無比に魔物の宝石を砕く。


 魔物はこの世のものとは思えないような悲鳴をあげながらその体を光へと還元していく。


 その場に残るのは、魔物の宝玉、その欠片のみだ。



『ふー、後はいねぇな?』


海賊ゼーロイバー』は巨大な錨を地面から引き抜き、肩に担いで『運送屋デリバリーマン』へとサムズアップする。


『ほら、倒したぜお前ら!見たか俺の最ッ強な活躍を!』


『また言ってら……フィアーくんにマギアメイルがあったらもっと早く倒せてたかもねー』


『んだと!?』


 そんな二人の夫婦漫才が拡声術式で辺りに公開放送されるなか、『運送屋デリバリーマン』の一行はその足元すぐ、先程襲われていた人物の元へと視線を注ぐ。


「あはは……そうだ、それよりも襲われてた人!」


 その声に、グレアもようやく気付いたようで、『海賊ゼーロイバー』の膝を地面に付いて機体の瞳を件の人物へと向ける。


『んあ、そうだった……大丈夫か?』


 ―――その相手の人物の姿は、怪しいとしか言いようがないものだった。


「は、はい……大丈夫です」


 口にしている言葉は至極真面目、その物腰から育ちの良い人物であることが直ぐにわかる。


 だが、もっとも目を引くのはその顔に取り付けられたある物だ。


(仮面……?)


 ―――赤い宝石のような物が目のように埋め込まれた、黒茶色の仮面。


 それが外套のフードの中から覗く姿は、明らかに異質だった。

 体格は細すぎずといった具合に程よく引き締まっており、恐らくは鍛練を積んだ男性だろう、というところだ。


 しかして、その奇抜な仮面姿には、一行も少し怪訝を向けざるを得なかった。

 もちろん誰もそれを口にすることはなかったが―――


「……あんた、珍しい格好してんな?フリュムじゃそういうの流行ってんのか?」


 単細胞グレアは別だ。


 皆がそれに対して追求しないなか、グレアは構わず無神経に問いかける。


「へ!?あ、まぁ……そんな感じで……」


 仮面の人物はそれに対して少し気圧されているかのような反応を見せる。


『……?』


 その反応が、フィアーには何か訳有りに思えた。

 なにか既視感がある、と思い起こし、真っ先に浮かんだのは自身を拾った直後、金髪の騎士に自分自身の事を過去をでっち上げて説明していたリアの姿だ。


「もしかして貴殿方あなたがた、これからフリュムに?」


『うん、そうだよ!』


 そのリアの返事を聞くと、仮面の人物は少し思案してから、一つの願いを切り出す。


「その、もしよろしければ自分も連れていってはいただけないでしょうか……?見ての通り、魔動車を魔物に壊されてしまいまして……」


 それは謂わば、ヒッチハイクのような申し出だった。

 確かに彼の背後には、彼の所有物だったと思わしき一台の車両が無惨にバラバラに破壊されて散らばっている。

 十中八九、先程の魔物による被害だろう。


『うーん……助けてあげていいかな、テミス?』


 リアは少し悩み、同乗している重要人物であるテミスへと判断を仰ぐ。


 ここからフリュム帝都まで、マギアメイルを全速で飛ばしても一時間かかるほどの距離がある。

 それほどの距離を魔物に襲われた直後の身体で徒歩で行け、というのはあまりにも残酷なことだ、可能であれば助けたい。


 だが今、リア達運送屋はテミスという、謂わば貴重な『積み荷』の移送中なのだ。

 なにせ彼女は今、お忍びでフリュムまで搬送している最中のお姫様だ、万が一にも正体が露見するようなことがあってはならない。


 砂賊達に身分を明かしてしまっている、ということもあるが、それだってテミスが自ら名乗り出たことだ。


 少なくとも、リアが独断で決めるわけにはいかない案件だった。


「そうですね、このまま見捨てるわけには参りません」


 だがそんなリアの問いに、テミスは二つ返事で了承する。


「困った時はお互い様、ですから。私、外套被って来ます!」


 そう言うとテミスは後部座席の後ろに収納していた適度にボロボロな外套を身に纏う。

 皇女だということは、万が一にも知られるわけにはいかない。


 幸いテミスが座っていたのはリアの隣、助手席にあたる部分だったので、振り向かなければ顔を見られることもまずないだろう。


『了解、仮面の人!それじゃあこっちのマギアメイルに乗ってもらうね』


 そんなリアの了承を確認したところで、リアは眼下の仮面の男へと声をかける。


 そうすると仮面の男は感謝の言葉と共に頭を下げ、自身の名を名乗ろうとする。


「ありがとうございます!あ、私、名前が……」


 ―――一瞬、口ごもる。

 それはまるで、何かを思案しているかのような間だ。



「……トール、えぇ、トールと言います!」



「トール、さんか、よろしく!それじゃあ乗って!」


 だが特にそれに対して周囲が反応することはなかった。

 初対面の人間の吃りに対して指摘するほど、非常識でもない。

 誰だって緊張はあるものだ、お互いのことを知らない内なら尚更だ。


「はい!いやぁ、助かった」


 そうして仮面の―――トールと名乗った人物は、姿勢を低くした『運送屋デリバリーマン』の操縦席へと搭乗する。


 だがその直前、誰にも聞こえない音量で一言、安心したかのように口にした言葉があった。




「―――危うく、使命を遂げられないところだった……」




 表情こそ見えないものの、深刻な口ぶりで紡いだその言葉。


 だがそんな独白は、ついぞ誰の耳にも届くことはなかった。

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