第二章27話:魔蠍 - Laziness the Scorpion -
『―――来るぞッ!』
シュベアが叫んだその瞬間、蠍の尾が再び伸縮し、猛烈な速度でマギアメイル達の元へと発射される。
その中で真っ先に狙われたのは『
『っぶねぇ、なぁ!』
その攻撃に対し、『
咄嗟の判断にも関わらず、的確なタイミングにて回避行動へと移った結果、目前にまで迫っていた尾槍は機体をかすりもせずに通りすぎていく。
標的を外し地面に突き刺さった尾は、瞬時に大蠍のもとへと収縮。
改めて直ぐ様その切っ先を、次の照準へと絞る。
『まずは俺が切り込むッ!』
その動きを見や否や、グレアが駆る『
『坊主、尻尾に気をつけろ!』
『分ぁかってる、よォッ!』
シュベアの助言を尻目に、『
『オッサンは自分の心配でも、してろッつの!』
その瞬間、『
装甲に火花を散らしながら、尾槍が過ぎ去っていく。
その狙いの先に立つのは、既に半壊したかのような出で立ちの隻腕のマギアメイル、『
『生憎、ガキに心配されるほどには―――』
その言葉を発した時、既に尾の先端は『
だが、『
わずかにその姿勢を低くし、右部の仮設腕部を振りかぶり、目前の尾槍を睨み付ける。
『落ちぶれてねぇっ!』
―――刹那、斬撃が振り下ろされる。
高速で向かってきた尾、その間接部を的確に狙い放たれたその斬撃は、見事なまでに目的の箇所へと着弾した。
魔物の尾が、切断される。
『やるじゃんか、オッサン!』
その様子に、グレアは惜しみ無い称賛を送る。
あの巨大蠍の尾は、その主戦力に他ならない。それが封じられたとなれば、戦局がグレア達に優位な方向へと傾くのは必至だ。
そう言いながらも、グレアも巨大蠍への距離を急激につめ、その錨を振り上げる。
尻尾が切断された痛みか、苦しみもがく巨大蠍に、迎撃するような余裕はない。
『獲ったァ!!!』
―――蠍の爪が、巨大な錨によって粉砕される。
その衝撃により巨大蠍は大きく後退。
残された片腕を振り回し、マギアメイルの接近を防ごうとする。
『これで残るは片腕だけ、楽勝だなァ!』
その蠍の様子を見て、勝利を確信したグレアは、余裕とばかりに錨を振り回す。
『……いやまだだ。グレアさん、あいつを見てみて』
だがそんなグレアに、フィアーは警鐘を鳴らす。
『へ?』
グレアが怪訝な顔をしながら蠍を見た瞬間、彼もその異変に気付いた。
『……なるほど?』
その様子に、シュベアがも顎を触りながら、事態を把握する。
―――巨大蠍の尾が、尋常ではない速度で修復されている。
先ほど切断された尾は瞬時に光となり霧散。それと同時に大本の尾の断面から紫色の黒いオーラのようなものが迸り、その歪な光はすぐに尾のような姿を形作る。
「切り離しても無駄ってわけか……!」
当然、グレアが先程粉砕した爪も同様だ。
それどころか、紫の怪光は先程までよりも巨大な形を取っており、再生した姿が先程までのものよりも協力になることを予想させた。
『せっかくの俺の活躍が直っちまった!?』
グレアは自身の立てた手柄が瞬時に霧散した様子をみて、軽く肩を落とす。
むしろ相手を強化してしまったかのような事態、船に戻ったら団長やマキエル達に何を言われるか、気が気ではない。
『全く、男の子ってすぐに鞘走るんだから……』
そんな浮足立った様子のグレア達を尻目に、『
『―――でも、気にくわないわね』
巨大蠍の姿を見て、エメラダはボソリと呟く。
『どうも、見た目が似てるんじゃない?私たち』
巨大な尾を象った部位と、それを使用した神速の攻撃。
それを見て誰もが、『
そしてそれは、本人がもっとも先に気付いていることであり―――
『尻尾付きは……』
―――もっとも彼女が不快に思っていることだった。
『私の『
< 背部ユニット:展開 >
その画面表示と共に、『
< 拘束ユニット「アリアドネ」:超過展開 >
瞬間、機体から発された尻尾はワイヤー状の魔力の線を媒体として伸縮し、蠍が突き立てようとした尻尾をたちどころに巻き取り、その攻撃を無力化する。
無数の魔力の糸のような物が辺りに現れ、その全てが魔蠍の関節部、その尽くを地面へと縫い止めた。
『やった!』
魔力の糸により位置を固定された巨大蠍は、なんとかその拘束から逃れようとその身体を右へ左へと大きく動かし暴れる。
『ねーちゃんやるじゃねぇか!』
『感動はいいから、早く弱点を狙いなさいな!』
『……ボクが狙い撃つ』
その言葉と共に、フィアーは機体の指にてトリガーを引く。
弾装に装填されているのは徹甲榴弾だ。
魔物の体皮を貫通し、内部からその爆発力にてその身体を破壊する絶対貫通の一射。
『―――』
フィアーは機体の照準に神経を集中させ、その狙いを絞る。
―――あの魔物の回復力は異常だ。たとえ脚や顔を潰したとしても、すぐに復活して再び襲い来るに違いない。
ならばこそ、一撃でその回復能力を奪わなければならない。それはつまりあの化け物を、一撃で仕留めなければならない、ということだ。
それを成し遂げる方法はひとつしかない。ある一ヶ所、その夥しいまでの魔力の根源である魔物の宝石部分。
そこを破壊、もしくは損傷させれば、たとえ仕留め損ねたとしても、敵の大きな弱体化が見込める。
『……まだだ』
蠍が暴れまわる中、フィアーはあくまでも冷静にその照準を蠍へと合わせ続ける。
敵が拘束を逃れるまで一刻を争う状況下であっても、焦って発射することは、しない。
『そろそろ、捕まえきれない、かも……!』
暴れまわる蠍の動きに、『
―――その瞬間。
『―――ッ!』
引き金が引かれる。
その刹那、『
それは空を切りながら、その弾体を眼前の敵に向けて高速で接近してゆく。
その軌道は真っ直ぐに、一時も狙いを違えることなく魔物の胸部の宝石部分へと向かっていった。
そして、その飛翔体の先端がついに魔物の胸部、その中心部へと突き刺さる。
―――その瞬間、紫の光の波が辺りを包んだ。
そのことに各々が気付く間もなく、着弾地点より大きな爆音と爆煙が辺りへと広がる。
その衝撃により砂も巻き上げられて砂塵となり、吹きすさぶ煙幕によって魔物の姿がひとたび隠されてしまう。
『やったか!』
グレアがそう口にする。
止めを刺したと彼がたかを括った、その瞬間。
『いや、まだだ!』
そう咄嗟に叫んだのはシュベアだ。
そして砂塵の中へと射撃を行おうとしたその瞬間。
『―――な』
唐突に煙を突き破り、蠍の尾が『
それにいち早く気付き、先刻と同じように迎撃しようとしたシュベアであったが、それは叶わないことだった。
『ぐぅ……ッ!』
―――機体が、思うように動かない。
フィアーとの戦闘で損耗したダメージもほとんど直っていない状態での地下での戦闘。それにより『蛮騎士』の機体各部に、とうとう限界がやってきたのだ。
操縦術式の起動ももはや不安定で、シュベアの操縦の伝達すら、ままならない状態となっていた。
そのことに気付き、なんとか身をそらし回避しようとしたが、その攻撃を完全に避けることは出来なかった。
機体の右脚、そして仮設腕部ごと右半身が抉り取られる。
『がぁ!?』
当然片手片足を喪った『
そうなってしまってはマギアメイルといえど、もはや無力な鉄塊でしかない。
地面に転がり伏す『
シュベアは瞬間、死を覚悟した。
強引に胴体や各部から魔力放出を行えば、四肢を失おうとも動けないことはない。
だがそんな不安定な回避方法で、目前の魔の手から逃れられるとは、とてもではないが思えなかったのだ。
『―――!?』
だがシュベアが観念したその時、蠍の動きが急に、ピタリと止まる。
眼前の「
ただその顔を、一方向へとすっと向け、そこから眼を離さないように微動だにしなくなってしまっていた。
『あの蠍、急に動きが―――』
そしてエメラダがそう、口にした瞬間。
――魔蠍が、空を跳んだ。
『またジャンプをッ!』
地面を蹴り、煙を突き抜けながらも一方向へと跳躍する。
それを見たフィアーは直ぐ様射撃を行うが、その攻撃は頑丈な甲殻に当たるばかりで、効いてるような様子はない。
『まずい、あっちは……!』
―――そうして巨大な蠍の魔物は、砂航船「ヘパイストス」の在る方角へと、一直線に移動していったのだった。
◇◇◇
「ま、魔物がこちらに接近してきやす!」
突如として跳躍した魔物。
その様子は当然、「ヘパイストス」の艦橋からモニタリングされ続けていた。
突如としてこちらに接近してくる魔物に、ほとんどの船員達は当然恐怖を覚えざるを得なかった。
「―――対空迎撃、こちらに近づけるな!」
浮き足立つ船員達に、ガルドスが檄を飛ばす。
少しでもあの魔物の足を止められれば、マギアメイルが攻撃を行う隙を作ることができる。
なにより、このまま何もせずにみすみす、大切な家族達の住まうこの船を失うわけにはいけない。
そのことを誰よりも強く理解していた彼に、目前に災厄を恐れている余裕はなかった。
「お前達家族は絶対に死なせない!皆で生き残る為に、あの蠍を撃ち落とすぞッ!」
その言葉は、ガルドスの心の底からの叫びだ。
全員で生きて帰る。この船に共に住まう、家族達全員で。
そのガルドスの心意気と意図は船員達に伝わったようで、逃げ出そうとしていた船員も元の座席へと戻り、銃座につく。
「……ッ!」
だが一人、そんな「ヘパイストス」の面々から離れ、一人で駆け出した者がいた。
―――誰もが、それをリアだと思った。
無理もないだろう。彼女は身内ではない一人の少女だ、団長の言葉も胸には響くまい。
このような緊急時に逃げ出すことを、誰が責められようか。
「……?」
だが違う。
皆が見ても、リアはその場に留まっており、ただフィアー達のいる方角も見つめながらその無事を祈っている。
その姿に、その場から逃げ出そうなどという意思は微塵も感じられない。
では逃げたのは―――
誰もが疑問を抱いたその瞬間、ガルドスが声をあげる。
「―――おい、マキエル!どこにいく!?」
逃げ出した一人。
それは、ガルドスの右腕としてこの10年間片時も離れずにその傍らにて支え続けた青年、マキエルだった。
その頭脳、そして度胸は誰もが認めるものであった。だからこそ、彼は副長として皆に頼られるまでの手腕を、今の今までこの船で遺憾なく発揮していたのだ。
―――そんな彼が、この状況下で突如逃げ出した。
誰もがその様子に、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべる。
しかも突如逃げ出した彼を追いかけようにも、その場にいた砂賊たちにはそれぞれ、艦橋でしなければならない役目があった。
「わ、私追いかけてきます!」
「おいお嬢ちゃん!」
ガルドスが制止する間もなく、リアはそれを追いかけて駆け出す。
そう、今の状況下で手が空いているのはリアだけなのだ。
こうして砂漠の大混戦の中もう一悶着、ある出来事が起きようとしていたのだった。
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