第二章25話:讐焉 - End of the avenge -




「―――その、呼び方……」


蛮騎士ヤークトナイト』の動きが、ゆっくりと止まる。

 向けていた爪を下へと下ろし、操縦席のハッチをゆっくりと開く。


 ―――何故、何故、何故。

 頭の中がグチャグチャになるような感覚に、シュベアは頭を抱える。


 あの呼び方を聴いて、連想したのは一人だけだ。自分をああ呼ぶ少女など、一人しかいない。

 そして彼女の容姿。当然10年前のあの頃とは大きく変わっているが、よくよく見てみれば少し面影があるように思える。

 何故気付かなかったのか。


 ―――きっと復讐心に呑まれて、相手を見ているようで見ていなかったのだろう、俺は。


 視野が狭まっていたからとはいえ、どうしてこんなことにすら気付かなったのか。


 シュベアが頭を抱えるその様子を見て、『騎士急造式メイクシフト』はゆっくりと近付きながら、操縦席を開けた。


「……はい」


 操縦席には銀髪の少年 、フィアーが座っており、傍らには涙を浮かべた少女が立っている。


 そこに立っていたのはテミス―――アルテミアだ。

 目に涙を浮かべながらも、真っ直ぐと対岸のシュベアを見つめる。


「私が、10年前にあなたの前で、アミスと名乗った少女です」


「―――ッ」


 シュベアの顔が、驚愕に染まる。

 改めて再認識させられた事実に、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうなほどに、打ちのめされる。


「そんな、そんな……」


 ―――だが、もしアミスが彼女、皇女アルテミアなのだとすれば、あの日何故騎士達は街を襲ってきたのだ?己が主君にも等しい王族を、一体何故襲撃してきたのか。


 ―――いや、違う。今考えるべきはそのようなことではない。

 それよりも、考えるべき、悔やむべき重大なことがある。


 絶対にやってはいけないことをやろうとしてしまった。

 皆への誓いを破ってしまっていたのだ。


 それは―――


「俺は……アミスを、殺してしまうところだったのか……?」


 ―――護ると誓った筈の相手を、手にかけようとしていたということだ。



 ◇◇◇



「地下区画、制圧完了!」


「ヘパイストス」のブリッジに、管制官が発した言葉が響く。

 艦橋に写し出された映像には、縄で縛られ、魔力拘束具を再度嵌められたグリーズの傭兵たちと共に、健在な様子の砂賊達が映し出されている。



「はぁ……グレア達のお陰で、一先ずは一段落……」


 その様子に、ガルドスは胸を撫で下ろすような素振りをしかけた。

 だが、その視界の端に映った、不安げな表情を浮かべる少女の姿に、思わず口を抑える。


「フィアー、テミス……」


 それは、未だに判然としない友人達二人の現在を案じるリアの姿だ。


「……と言うにはまだ、早いか」


 閉鎖空間のせいか不安定となった魔力伝達の影響で、地下空洞からの通信は未だに受信されず、フィアー、そしてテミスの安否は地上では未だに判明していなかった。


「……」


 その様子を見てか、マキエルが明後日の方向を見上げながらその眉間に皺を寄せる。


 だが、その顔はリアに共感しているようなものではない。

 まるで、怒りに打ち震えているような、物事が思い通りにいかず、癇癪を起こしているかのような表情。


 その表情は彼と出会ってからのこの10年間、ガルドスが一度も見たことのないものだった。


「どうした、マキエル?」


 だが、ガルドスに声をかけられた瞬間に、その表情は唐突に普段通りの冷静な、理性的なものへと一瞬で移り変わる。


「―――いえ、なんでも。艦長、そろそろ例の地下空洞へと、増援を送るべきでは?」


 その様子を怪訝に思いながらも、マキエルの言葉にガルドスは思案する。


 彼の言うことはもっともだ。当面の懸案事項が解決した今、平行して発生している問題、皇女誘拐を解決すべく地下へと戦力を送る。


 それは悪い選択肢ではないだろう。


 だが―――


「……だが地下での戦闘で皆疲弊している、割ける戦力は―――」


『だったら、ここは俺の出番だろォ!』


 マキエルの言葉を突っぱねようとしたその時、マギアメイルの拡声器から発された声が辺りに響く。


「グレア!?」


 その声は、船の外へと今正に足を踏み出そうとしている『海賊ゼーロイバー』から発された、グレアのものだ。


「地下で戦ったばかりだろう、行けるのか?」


 グレアは傭兵達との戦闘の前線で暴れまわった直後の筈だ。

 当然魔力も消耗している。だというのに、マギアメイルに乗って大丈夫なのか、と誰もの頭に考えがよぎる。


『―――俺を誰だと思ってんだ、イケるに決まってんだろ?』


 だがその考えは、張本人のひどく能天気な声に一瞬で掻き消される。


 ―――そうだ、このバカはそういう奴だった。


『それに、頼もしい増援も呼んできたしな』


 そういうと、グレアは自身が出てきた格納庫のほうを、『海賊ゼーロイバー』のその指で指し示す。


「この状況で増援って、一体―――」


 格納庫から、一機のマギアメイルが姿を表す。


 そしてその姿、その機体に誰もが驚愕を隠すことができなかった。


「なっ!?」


 それも当然だ。誰もがその機体に見覚えがあった。

 紫紺の装甲色。そして緑に発光する四つ目。

 そして極めつけは、機体の背部に展開された鋭い穂先を持った巨大な尻尾。


『いやぁ、まさか私にお呼びがかかるなんて、思ってもみなかったわぁ?』


 ―――それはまぎれもなく、妖艶の女傭兵エメラダの駆るマギアメイル、『妖術女ウィッチクラフト』の姿であった。


「な、ななな……」


 ブリッジの誰もが、そのマギアメイルの姿を認めて言葉を失う。


「グレア!?お前なにをやっているんだ!さっきまで地下で暴れまわってた連中だぞ、それを、よりにもよってマギアメイルに乗せるなんて!?」


 『妖術女ウィッチクラフト』の背後、格納庫の中からそう叫ぶのはグレアの先輩傭兵、ジャイブだ。

 彼もグレアと同じく先ほどまで傭兵鎮圧戦に参加、無事負傷も一つなく帰還を果たしていた。

 だが彼の魔力の消耗は激しく、愛機である『悪党ローグ』の操縦術式を起動させることも困難を極めていた。


『いやぁでもこいつ戦闘、参加してなかったし!』


 そういうと、『海賊ゼーロイバー』は『妖術女ウィッチクラフト』に向けてサムズアップをする。

 それに対して『妖術女ウィッチクラフト』は、手をひらひらとさせて挨拶を返しながら、「ヘパイストス」へと通信を繋ぐ。


『お肌の手入れで忙しくって、戦いに参加とかしてる場合じゃなかったのよねぇ』


「えぇ……」


 ―――その言葉に、誰もが呆然とする。

 他の仲間達が必死で戦いを繰り広げるなか、あの女は悠々自適と自身の美貌を守る為の戦いに身を投じていたというのか。


 誰もが呆れて何も言えない中、グレアが『海賊ゼーロイバー』の目線をフィアーが入っていった洞窟の入り口へと向ける。


『ともかく、俺ら二人でフィアー達のところに―――』


「―――いや、二人は「ヘパイストス」の近くに待機していてくれ」


 洞窟へと向かおうとしたグレアの声を遮り、ガルドスが命令を口にする。


 それは先程のマキエルからの進言とは相反するものだ。当然、彼からは疑問の声があがった。


「……艦長?何故です?」


 その声には、僅かに苛立ちのようなものが感じられる。

 何故自分の思い通りにならないのか。そんな意図が含まれているようにガルドスには思えた。

 そしてその振る舞いのすべてが、普段の彼らしくないもの。

 そんなマキエルの姿に、ガルドスはただただ違和感を覚えるばかりだ。


「……一つの事態は解決した。地下の件も、あのフィアーという少年が解決するだろう」


 だが、あくまでそのことを指摘せず、何故そんな指示を飛ばしたかをガルドスは告げる。


「昨日今日会った少年を信じろ、と!?どうしたのですか、アナタらしくもない!」


 その言葉に、マキエルはついに声を荒げる。

 髪を振り乱し、眼鏡がずれ落ちそうになりながら半狂乱となるその姿は、普段のマキエルからは一切想像のできないものだ。


「―――マキエル、一つ訂正するぞ」


 だがその様子に、ガルドスはあくまでも冷静に話を続ける。

 あえて、その行動の違和感を指摘せずに、自身が何故そのような判断をしたかを言葉にする。


「正確に言えば、少年を信頼してる、というのは半分だ。彼の力量はあの混戦の中での戦闘からある程度買ってはいるが、お前の言うとおり短い付き合いだ。そこまで信用しているわけじゃあない。もう半分は……」


 自身を睨み付けてきているマキエルを真っ向から見つめて、ガルドスは自身の考えをぶつける。


「―――例えどのような事態に直面していようと、依然、この不可思議な空間に閉じ込められているという状況がある以上、この「ヘパイストス」の守りを疎かにするわけにはいかない。それだけのことだ」


「―――ッ!」


 マキエルはそれを聞いた瞬間、一瞬鬼のような形相をした後に、ガクリと項垂れる。


「え……」


 他の面々がその異常な様子に声をかけようとした瞬間、マキエルは再びスッと、その顔を上げる。


「―――えぇ、確かに。艦長の仰る通りです」


 その表情は普段通りの冷静なマキエルのものだ。

 先程までの癇癪など無かったかのように、それまでと全く同じように眼鏡をかけ直す。


「では、キャプテンの仰る通りに防衛を。あぁ、あくまで緊急時のみの措置だ、その傭兵から眼を離すなよグレア。それから―――」


「マキエル?お前―――」


 まるで先刻のことなどなかったように、場を仕切り始めたマキエルのその言動に、ガルドスが強い違和感を覚えたその瞬間のことだ。


 大地が、大きく揺れた。


 魔力の消費を抑える為、浮上術式を切断していた砂航船「ヘパイストス」に、その揺れがダイレクトに響き始める。


「なんだ!?」


「―――巨大な動体反応検知!」


 管制官が、大声でその異常を知らせる。

 艦橋に写し出されたマップには、船のかなり近い地点に何か巨大なモノが出現したことを表すマーカーが記されている。


「まさか、魔物っ!?」


 その表示を見て、リアが声をあげる。

 最悪なタイミングだ。フィアーも、テミスの安否も不明なこの状態で魔物が現れるなんて。


「どこからだ!」


「これは……地下からです!」


 しかも現れたのが地下。それはつまり、フィアー達がいるであろう場所から現れたものであり―――


「フィアー、テミス……無事でいて……!」


 ―――フィアー達に危険が及んでいることが分かりつつも、二人を待つばかりの非力な少女には、ただその安否を気遣い、祈ることしかできなかった。



 ◇◇◇



「シュベアおに、……シュベアさん」


 項垂れるばかりのシュベアへと、テミスが声をかける。


「……」


 そして無言でシュベアが視線を自身に向けた瞬間、テミスは改めて深々と頭を下げる。

 その手は震え、顔は今にも泣き出しそうなものとなっている。


「あの惨事は私―――アルテミア・アルクス・ワルキリアとその姉、リディアナ・アルクス・ワルキリア。私たちワルキア王国の皇女姉妹を狙って引き起こされたものに相違ありません」


 今にもこぼれそうな瞳の涙とは裏腹に、その声は力強いものだ。

 そこから、彼女の謝罪が本当に心からのものであることは、シュベアには痛い程に伝わっていた。


「改めて、申し訳ございませんでした。……謝って、許されることではないことは分かっています。でも……」


 でも、と言葉を繋ぐ。

 自分達のせいで、数多の人々が犠牲になった。そのことは決して許されることではない、と。

 そう続けようとするが、言葉が発せない。


 その瞳から、一滴の涙がこぼれる。


「……ひとつ、聞かせてくれ」


 不意に、シュベアが口を開く。

 一つだけ、知りたい真実がある。そんな意思を含ませながら発した言葉に、テミスは了承の返事をした。


「―――はい」


「町の人達は……皆その事を知っていたのか?」


 それは、テミスの告白を聞いていて、一番に気になったことだ。

 あの日確かに、奇襲されたにも関わらず町の大人達の行動は迅速だった。しかも、町の倉庫に人型のマギアメイルを秘匿しているほどの準備のよさ。思えば違和感を覚えるような事項は数多い。


 その行動の速さと準備の周到さも、事前に襲撃を予期していたというのならば納得がいってしまう。


「……はい、その筈です。……元々リバーブは、王家直属の秘匿騎士団の隠れ蓑として誕生した街でしたから」


 その言葉に、シュベアが胸に抱いていた疑惑のほとんどが氷解する。

 何故父が、マギアメイルの操縦技能を隠していたのか。そして何故両親が、ワルキアの姫君などという大物を匿うこととなったのか。


 ―――嗚呼、皮肉なものだ。

 あれほど憎みに憎んでいたワルキア王国と騎士。だが自身が敬愛していたリバーブの人々、そのほとんどがそのワルキア王国秘蔵の、王家に忠を誓う騎士そのものであったとは。


「なら、街を襲った騎士団は?何故その騎士団の隠れ里を、同じ騎士団が襲撃した?」


 真実は分かった。だが、そこに新たな疑問が浮かんだ。

 何故、騎士団同士による争いが発生したのか。なぜ騎士が、姫君であるアミス達を拐いにきたのか。


「「黒蛇騎士団」、のことですね。彼らは10年前王家への打倒と反逆、国家の乗っ取りを目論見、私たちを誘拐し交渉材料とすべく、王都襲撃作戦を計画していたのです」


「黒蛇騎士団」。

 その名前は、脳裏に焼き付いている。

 あの日、あの残虐非道な騎士たちが口にしていた名前。

 当然、それを覚えていたシュベアはそのことについて一度調べようとしたことがあった。

 だが、その騎士団の存在はあの崩街事件を最後に、公的記録の一切から隠滅、消去され、その足取りは一切掴むことができなくなっていたのだ。


 そのことが、シュベアのワルキア王国への不信感を倍増させる結果になってしまったことは言うまでもない。


 だが、なるほど。反乱した騎士団の履歴の一切を消去した、ということならば幾ばくかの納得がいく。

 騎士団が反乱した、という汚名を無理やり消そうとする、ワルキア王国の体質の姑息さに嫌悪感を抱かないこともないが、それはそれだ。


「そこで、追っ手の魔の手から逃れるために王都から姿を消し、貴方のご両親に匿ってもらっていたのですが……、それもどこからか露見してしまい―――」


「あの日の惨劇が、起きた……!」


 それを聞き届けると、シュベアは立ち上がり、


「―――それだけ聞ければ、充分だ」


 そういい、操縦席に戻る。

蛮騎士ヤークトナイト』は最早、『騎士急造式メイクシフト』へとその腕を向けることはせず、ゆっくりとした足取りで洞窟の出口へと向かおうとした。


 ―――だが、その瞬間だった。


「!……なんだ、この揺れ?」


 歪な洞窟が、大きく揺れる。

 その揺れと、洞窟で感じた違和感から、何かが地中を掘削して自分達のいる場所へと向かってきていることにフィアーは気付いた。


「この洞窟の、主?」


「まさか、魔物が!?」


 テミスがそう口にした瞬間、洞窟の広場、その中央付近の岩が突如として粉々に吹き飛ばされる。

 そこからは大きな煙と砂埃が吹き荒れ、二機のマギアメイルのその視界を大きく妨害した。


「だが、何故このタイミングで……この二日間、魔物を関知したなんて情報は一度も……」


 テミスの言葉を聞きながら、フィアーは土煙の向こうへと眼をこらす。


 そこに映し出されたシルエットは、まさしく巨大な魔物のものだ。


 何本も見える脚。巨大な手、もしくは鋏のような双腕。怪しく輝く紫色の瞳。


 そして本体から天に向けて伸ばされる、長く鋭利な尻尾。


 そしてぬらりとした質感の、青みがかった黒い甲殻が特徴的な巨大な魔物だった。


「巨大な、蠍……?」


 正しく、そう形容するのが最適と思えるほどにフィアーの知っている蠍に酷似した姿。

 この世界に蠍という生き物がいるのかどうかは分からないが、それに近しい生態を持つには違いはなかった。


 ―――そうフィアーが思案した瞬間、不意に風を切るような音がする。


『……ッ!』


 機体内にアラートが響く。

 それは急速で接近する飛翔体を関知した際のものだ。


 しかし、射撃などをされた訳では決してない。


 飛翔体、銃弾と相違ない速度で、あの魔物は尻尾を伸縮、こちらを串刺しにしようと仕掛けてきたのだ。

 その攻撃を、二機は紙一重で回避する。あと一瞬でも回避行動が遅れていれば、機体は無惨にも洞窟の壁にて磔刑の憂き目にあっていただろう。


『尾に気を付けろ!少しでも足を止めたら、串刺しにされるぞ!』


 シュベアが声をあげる。

 槍が如きその攻撃、一撃でも喰らってしまえば一瞬でお陀仏だ。


『分かった』


騎士急造式メイクシフト』の炉の出力を調整しながら、フィアーは同乗者を気にかける。


「……テミスさん、少しつらいかもしれないけど、我慢しててね」


「はい!」


 その声と共に、フィアーの『騎士急造式メイクシフト』は魔物との距離を詰めつつ牽制射撃を行う。

 蠍めいた魔物の脚部、主にその関節へと火力を集中させる。


 だが、その攻撃を物ともしないかのように、蠍は平然とその身体の向きを変え、洞窟の開けた空洞内にて跳躍、『蛮騎士ヤークトナイト』へと飛びかかろうとする。


『危ねぇ、なァ!』


 その攻撃を間一髪にて急速回避した『蛮騎士ヤークトナイト』は、避け様に右手の仮設腕部にて爪による斬撃を試みる。


 蠍の体表に、にわかに傷がつく。

 だがそれは致命傷には程遠く、魔物は何事もなかったかのように再度振り替える。


『宝玉は腹の下だ!アレさえ砕けばッ!』


 シュベアがそう叫んだのとほぼ同時に、大蠍がその双腕を『蛮騎士ヤークトナイト』へと差し向ける。

 刹那、魔力による輝き、と思わしき光が腕から発される。


 その光は瞬く間に焔へと変換、鋏の中で生成された炎弾は、『蛮騎士ヤークトナイト』を狙い撃つかのように照射される。


 シュベアはそれを回避しようとする、が。

 脚部の動作が、鈍い。


『……!』


 そのことに即座に気付いたシュベアは方針を変更、避けるのではなく、その爪によって炎弾を反らし、両断しようと試みた。


 放射された二発の炎弾、その一発目が『蛮騎士ヤークトナイト』へと迫る。

 それに対しシュベアは絶妙にタイミングを合わせ、爪の強化術式を展開、一刀両断する。


 真っ二つに分割された炎弾は、『蛮騎士ヤークトナイト』の左右を通過。洞窟の壁へと激突する。


 そして二発目、それをも切断しようとした瞬間に『蛮騎士ヤークトナイト』の出力が急激に低下する。

 シュベアはそのことを悟り、機体の身をよじる。それが功を奏し、炎弾は機体の装甲の縁を紅く溶かしながらも通り過ぎ、再び壁へとぶつかる。


 炎弾の着弾跡は壁が溶岩の如く溶解。その熱量が尋常なものではなく、着弾したりした日にはとんでもない破壊力を発揮することをありありと示していた。


『くっ、修理中にしたって、動きが悪すぎる……!』


 背後にて発揮された魔物の攻撃能力の高さを見ながら、シュベアは自身に着いてこれない機体を詰る。


『シュベアさんの機体、あいつが炎弾を放った瞬間に動きが悪くなったよね』


 その様子に、フィアーがひとつの推論を口にする。


『もしかしたらワルキアに現れた魔龍と同じで、この空間の魔力を少しずつ吸ってるのかも』


『そんな、滅茶苦茶な……!』


『だが、そういうことなら……』


 判明した事実を受けて、フィアーは好都合、とばかりに口角をにわかに上げる。


「フィアー、さん?なにか、手があるのですか?」


 テミスの声に強く頷いたフィアーは、『騎士急造式メイクシフト』の銃へとひとつの弾丸を装填する。


「エンジさん……貰った手製弾、使わせてもらいます」


 その弾丸は、他の通常弾とは少しデザインの違うものだ。

 ガラスのような素材で中身が見える部位があり、その中には紫色に発光するなんらかの物質が充填されている。


『シュベアさん、一瞬でもいいから、あいつの腹を狙うチャンスを作って欲しい』


 フィアーがそう言うと、『蛮騎士ヤークトナイト』は蠍の元へと向かっていく。


『簡単に、言うがなぁ!』


 そんな愚痴を言いながらも、『蛮騎士ヤークトナイト』は蠍の脚部に取りつき、余っている全魔力を背中より放出する。


 最初は意に介さず、といった蠍も、徐々に自身が置かれている状況に気付いたようでにわかに抵抗を始める。


 だが、遅い。


 既に蠍のその半身は持ち上がり、彼の生命線である胴体部の宝石が『騎士急造式』の銃口の射線上へと露呈する。


 だが、まだ射撃はしない。

 そして完全にその蠍の身体が持ち上がった、その時。

 腹部の宝石が、黒紫色の怪しげな光を発する。


『―――そこだッ!』


 その瞬間、『騎士急造式メイクシフト』の回転式魔弾銃から、紫色の弾丸が発射される。


 その弾丸は身動きの取れない蠍のその宝石付近に着弾する。その瞬間。


 着弾地点から、紫色の霧のような物が辺りへと広がった。


『シュベアさん、下がって!』


『毒霧かッ!?』


 シュベアは蠍を持ち上げる為に放出していた魔力を機体前方より放射、後方へと大きく後退した。


 その瞬間、紫色の霧が急激な勢いで消滅を始めた。


『―――さぁ吸え、化け物!』


 魔蠍が、突如として苦しみ始める。


「効いてる!」


 そう、これこそがフィアーの狙いだ。

 先程放った弾丸は、魔龍戦役での龍の「魔力を吸収する」、という特性に対抗するべく、エンジ・ヴォルフガングの手によって開発された手製の弾丸だ。


 着弾と同時に猛毒術式によって凝縮された汚染魔力が、辺りへと蔓延する仕掛けだ。


 そして魔力を吸収した魔蠍は、身体のその器官へと高濃度の毒素を取り込んでしまったことになる。

 それが蠍へと効果があるかは正直賭けだったが。


 悶え苦しむ蠍は、堪らないとばかりに辺りに炎弾を狙いもつけずに飛ばしまくる。


『なっ……』


 その炎弾が天井へと着弾したその時、洞窟内が大きな揺れに見舞われる。

 天井からは砂が降り注ぎ、少しずつ洞窟に光が射し始めた。そして巨大な蠍は天井に開いた穴、そこから外へと飛び退いていってしまった。


『不味い、あいつ地上に出るぞッ!』


『追撃する!』


騎士急造式メイクシフト』は『蛮騎士ヤークトナイト』の肩を担ぎ、最大出力で空へと飛翔する。


『奴の開けた穴から行けば……!』




 ―――こうしてこの閉鎖された砂漠での、最後の瞬間が刻一刻と近付いていた。





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