第二章24話:残響 - loss Person -



 ―――シュベアの過去を聞いたテミスは、何も口にはしなかった。

 話を聞きながら、ただ無言で頷くばかり。


「―――さぁ、昔語りも終わりだ」


 シュベアは手にした銃を、テミスへと向ける。


 恐らくは、機体の中に隠していたのだろう。

 そうでなければ、銃などの危険物は捕まった時に没収されているはずだ。


「どうせ、「自分のせいじゃない」だの、「知らなかった」、だのと言うつもりだろうが、一応聞くぞ」


 そう言い、シュベアはテミスを睨み付ける。


 彼からすれば、王族であるテミス―――アルテミアは自分が憎むワルキア騎士団、その首魁にも等しい存在だ。


 そんな人物が「自分には関係ない」などと宣った日には、シュベアは自分を保てないだろう。

 激昂のあまり、問答無用で発砲してしまうかもしれない。


 ―――だがそれでは、あの下劣な騎士達と全く変わらないではないか。


 自分は違う。

 相手の話を聞き、相手をよく理解した上で復讐を遂げたい。

 そして願わくば、あの日の真実を、何故あの街が焼かれなければならなかったのかを、聞きたい。


「リバーブで暮らしていた人々に、心から懺悔するつもりはあるか?」


 それは、シュベアにとっての最後通告だ。


 ここの返答如何で、この少女の命運は定まる。この場で即座に死すか、それとも。



 そしてその言葉への返答が、テミスから発される。


「―――ごめんなさい」


 ―――その謝罪は、シュベアにとって少し意外なものだった。




 ◇◇◇




「なんだ、この洞窟……」


 テミスとシュベアが対話を繰り広げているその同刻、洞窟に侵入したフィアーは、左右非対称のマギアメイル『騎士急造式メイクシフト』を駈り進行を進めていた。


 その最中、フィアーが抱いた疑問。

 それは、洞窟の外郭の至るところに刻まれている切断痕だ。


「……まるで、巨大な剣か何かで切り開いたみたいだ」


 もしくは、巨大な爪かなにか―――


 そう、フィアーが思考しながら洞窟を進んでいくと、どうやら遠くの突き当たりに灯りが見える。


「あそこか……!」


 それを見ると同時に、フィアーは機体の動力炉の出力を上げ、推進力を強める。


 一刻も早く、テミスの元へと向かわなければ。

 その一心で、フィアーは歪な形の洞窟をひたすらと進んでいったのだった。




 ◇◇◇




「ごめん、だと?」


 シュベアの頭が、リアの言葉を理解するのには一定の時間を要した。


 なんなのだ、この女は。

 確かに謝罪して欲しいという気持ちは強くあった。罪無きリバーブの民、そして短い間ではあったが、家族同然に過ごした年端もいかない姉妹。


 誰かの勝手な都合で、無惨に、軽率に命を奪われた数多の人々へと侘びて欲しい気持ちは、確かにあった。


「……そんな、口だけの謝罪……ッ!」


 だが、その謝罪はあまりにも無責任ではないのか。

 自分が関わったわけでもない、赤の他人が起こした争い。その愚かな行為を「ごめんなさい」などという言葉でまやかしてしまうのは、あまりにも傲慢ではないか。


「なにが「ごめんなさい」、だ………」


 ―――自分でも、滅茶苦茶なことを言っている自覚はある。



 謝れ、と口にしたのに、いざ謝られたら激昂する。

 なんたる理不尽なことだろう。

 このような身勝手な言い分を言われても、相手からしたらどうしようもないことだろう。


「当事者でも、ないくせに……!」


 そう怒りを口にしながらも、頭の中は一週周り冷静となっている。


 あぁ、そうか。


 ―――きっと自分は、復讐の踏ん切りをつけてほしかったのだ。


 彼女に憎まれ役となって欲しかった。

 復讐の為に、年端もいかぬ少女を手にかけることへの、免罪符が欲しかったのだ。


「―――わたしは」


 テミスが言葉を口にしたその瞬間。


 洞窟の外へと続く道より、轟音が響く。


 ―――それは、マギアメイルの疾走する音だ。


 その音の勢いは刻々と増し、その機体が最大出力にてこちらへと向かっていることを、如実に物語っていた。


「……ちぃっ、もうきたか」


 そういい、シュベアの『蛮騎士ヤークトナイト』がテミスを再びその手の内へと納めようとした瞬間。


 鋭い弾丸が、『蛮騎士ヤークトナイト』の肩口へと着弾する。

 修理中でさしたる強度も保有していない機体の装甲は、たった数発の実弾によって少しずつ、その形を歪める。


「きゃあ!?」


『クソッ……!』


 攻撃を受けた『蛮騎士ヤークトナイト』は、仕方ないと言わんばかりにテミスから手を離し、回避行動へと移行する。


 隻腕の劣悪な機体バランスを魔力放出で強引に補正し、テミスから離れた場所へと後退する。


 だがその最中も、実弾による牽制射撃が前方より放射され続けていた。


 ―――平常時の、万全の状態のマギアメイルであれば、この程度の実弾兵器では傷ひとつつくことはない。

 だが、今の『蛮騎士ヤークトナイト』は満身創痍の状態に、辛うじて応急措置を行っただけの状態だ。


 なおかつ今、この砂漠の一区画では魔力の伝達を行いづらいというハンデがある。

 装甲への強化術式の伝達も万全とは言い難く、徐々にその本体へとダメージが蓄積していく。


 そうして一頻りの射撃が終わったその時、洞窟最深部の広間に一機のマギアメイルが現れる。


『―――よかった、無事だったか、テミスさん』


 その言葉と共に、フィアーのマギアメイル『騎士急造式メイクシフト』はテミスの元へと降り立つ。


 そして片手で『蛮騎士ヤークトナイト』への牽制攻撃を行いながら、もう片方の手でテミスへと手を伸ばす。


「乗って」


 その声にテミスは掌の上へと乗る。

 それと同時に、手は『騎士急造式メイクシフト』の操縦席付近へと運ばれる。

 操縦席への扉が開くと、そこには操縦棹を握ったフィアーの姿があった。


「フィアーさん、ありがとうございます……」


 その言葉とは裏腹に、助けられたテミスの顔は浮かないものだ。


 その姿から、テミスが何か自責の念に苛まれているかのように、フィアーには見受けられた。

 そして状況的にそれは、あの傭兵、シュベアに関係していることであろうことも。


 恐らくは自分が助けに来るまでの間に、二人の間で何か問答があったのだろう。


 騎士にあれほどの恨みを持つシュベアのことだ、テミスの心にも大きく堪えたに違いない。


「……なんとなく察した、テミスさん」


「へ……?」


「―――ボクが時間を稼ぐから、その間にテミスさんは、シュベアさんに言いたいことを全部言ってあげて」


「そのまま何も言わないままだったら、きっと後悔する」


「―――ッ」


 その言葉にテミスは一瞬驚いたような顔をしたが、その表情を決意の伴った物へと変える。

 フィアーはそう言うと、手にした回転式魔弾銃リボルバーへと弾丸を装填した。

 装填したのは実弾が3つに、魔力を付与された弾丸が3種類1発ずつ。


「ありがとう……私、あの人に言うべき事を全て伝えてみせます!」


 テミスの強い言葉を聞き届けると共に、『騎士急造式メイクシフト』は魔動機関の出力を上昇、その背中から炎を噴き出して『蛮騎士ヤークトナイト』へと前進する。


『バカが、同じ満身創痍なら……』


蛮騎士ヤークトナイト』は、右部に取り付けられた仮設碗部の爪部を回転させながら『騎士急造式メイクシフト』に向ける。

 その回転速度は凄まじいものだ。高速回転する鋭利な爪は、まるで掘削機のごとき破壊力を産み出す。


 螺旋状の衝撃波を伴うその腕を構え、シュベアは叫ぶ。


『経験値が違う、こっちが有利なんだよォ!』


 刹那、『蛮騎士ヤークトナイト』が最大出力でもって『騎士急造式』への距離を瞬間的に詰める。


 至近距離へと踏み込んだ双方の機体、その双碗が今、邂逅する。


 『蛮騎士』は右手のドリルと化した爪を、高速で振りかぶった。


 だが、『騎士急造式メイクシフト』は間一髪のところでその攻撃を避け、そのまま『蛮騎士ヤークトナイト』のその巨駆を押さえ込もうとする、が。


「甘いッ!」


 『蛮騎士ヤークトナイト』より、前方へと魔力を伴った衝撃波が放射される。

 突如、前方へと発された魔力による推進力により『蛮騎士ヤークトナイト』は後退、『騎士急造式メイクシフト』は吹き飛ばされそうになる。


「―――話を聴いていただきたいのです!」


 飛び退く『騎士急造式メイクシフト』から、テミスの声が響く。


「……ッ!」


「私は、私は貴方に、そしてリバーブに住んでいた全ての人達に謝らなければならない……!」


「だから……ッ!」


 その声に、振り払うような動作をしてから、『蛮騎士ヤークトナイト』はその腕、爪を再びフィアー達へと刺し向ける。


「だから、部外者が―――」


「いいえ、私は償わなければならないのです!部外者としてではない、他でもない当事者として……!」


 遮ったテミスの声は、わずかに震えていた。

 何かに怯えるようなものではない。それはさながら、罪を告白する被告人のように。


「なにを……」


 テミスの瞳から、涙がこぼれる。


「全部、私のせいだから……ごめんなさい。ごめんなさい―――」


 それは、フィアーにとって初めて見る、テミスの弱さだった。


 どのような場にあっても、毅然とした態度を崩すことをしなかった彼女が今、嗚咽を押し殺しながらも涙を流し、謝罪を繰り返している。


「―――ごめんなさい、シュベア、おにいちゃん……」




 ―――その言葉を聞いた瞬間、シュベアがどのような表情をしたか。




 それは、誰にも分からない。

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