第二章23話:崩街 - Destruction -

 あれから、どれほどの時間が経ったのだろう。


 外から響く戦闘の音は随分前からほとんど聞こえなくなり、シュベアたちが隠れている地下空間はただただ静寂に包まれている。


「そろそろ、出て大丈夫かな……」


 無音の静寂に包まれた室内で、シュベアが徐に呟く。


 正直、彼の精神は限界に達しようとしていた。

 ただ鳴り響き続ける戦闘音。そしてその最中で、自らの友人や家族が戦乱の真っ只中に居るという事実。


 ―――今、この瞬間に、両親の命が散っているかもしれないという、恐怖。


「……分かりません。ただこの静寂が、戦闘の終了を意味するのは間違いないでしょう」


「でも、もしかしたら……」


 それに対し、リデアは残酷な言葉を口にしかけて、慌てて口をつぐむ。


 ―――もしかしたら、敗れたのは街の人々のほうかもしれない、と。


「―――ッ」


 当然、その言葉の意味するところはシュベアにもすぐに分かった。


「……ごめんなさい、例えでもこのようなこと、言うべきではなかった」


「いや……、いいんだ」


 リデアの謝罪を、シュベアはすぐに受け入れた。

 ―――リデアの言うとおりだ。あの状況下、あの大量のマギアメイルに、たった数機のマギアメイルだけでは叶うはずがない。


 ましてや、搭乗しているのはただの一般人だ。例えどれほどの性能をもつマギアメイルに乗ったとしても、たかが知れている。


 分かってる、分かっているのだ。

 だが、それでも。父達が襲撃者を討ち払い、平和な暮らしが再び戻ってくるという、淡い希望を捨てることがシュベアにはできなかった。


「……おにいちゃん、だいじょうぶ?」


 アミスが、心配して手を握ってくる。


 ―――あぁ、なんと情けないことか。自分より何歳も年下の少女にすら心配をかけてしまっている。

 一番泣き出したいのは、彼女らだろうに。


「うん……大丈夫だよ、アミス」


 シュベアはアミスの頭を撫でる。


 ―――そうだ、このままただ悲嘆と恐怖に暮れている場合ではない。なんとしても、二人を安全な場所へと連れていかねば。


「……どちらが勝ったのかは分からないけど……このままここにいても何も進展しない」


 そう言い、シュベアは立ち上がり、埃を払う。


「外に、出よう」



 ◇◇◇




 鉄製の扉が、ゆっくりと開く。


 上に載せられていたはずの木箱は辺りに木片と散らばっている。

 倉庫、であったはずの空間は、屋根と壁が崩れ落ち、辺りには炎が燃える音のみが響いている。

 そこには、人や、動く鉄鎧の気配など微塵も感じさせないほどの不気味な静寂が存在していた。


「―――本当に、戦闘は終わったみたいだね」


「足音も聞こえないし、人の気配も……」


 そう言い辺りを見渡すシュベアの瞳に、あるものが映る。


 ―――それは、四肢が欠損したマギアメイルだ。

 その機体の腕や脚の接合部は、まるで引きちぎられたかのようにひしゃげている。


 操縦席のあるはずの胸部には、一本の槍が深く突き刺されており、その光景は中の操縦者が死んでいるであろうことを如実に物語っていた。


「……」


 父の乗ろうとしていた機体では、ない。


 だがきっと、あれに搭乗していたのは自分の知人に違いない。ここから避難していた人々だ、恐らくは隣家の……


「……とにかく、ここを離れよう。リデア、どこか逃げる当てはある?」


 そんな考えを、今は振り切る。

 感傷に浸っている場合ではない。今はいち早く身の安全を確保し、二人をどこか落ち着ける場所へと導かなければ。


「そうですね……ここからであれば、黒武騎士団の詰所が一番安全かと」


 リデアはそういうと、街の外、王都の第三城壁、その最北端を指差す。

 国を護ることを任ぜられた、誇り高き4つの騎士団。それぞれが東西南北の門の死守を任ぜられた国防の要たる精鋭達。


 その一つ、北門を司る黒武騎士団こくむきしだんの詰所が、この最北端の町より少し歩いた場所に存在していた。


「北壁までか……結構距離あるけど、文句はいってられないな」


 距離にして数km。しかし、この燃え盛る町にいつまでもとどまっている訳にはいかないだろう。


 そう思い、シュベアは決意する。


「行こう!」



 ◇◇◇



 どれだけ歩いただろう。

 衝撃的な光景ばかりが通り過ぎる町並みを見ているうちに、三人の体感する時間は無限にも感じられるほどに長くなる。


 延々と過ぎ去る地獄。

 辺りには瓦礫が散らばり、道端には人々が倒れ付している。


 ―――恐らくは、死んでいるのだろう。

 仮に生きていたとしても、助かるかどうか。


「……」


 シュベアは、余計なことを考えないように思考をシャットアウトする。


 今はただ、二人を守ることに集中しなければ。

 それこそが、父らや街の人々の望みに相違ないのだ。


 そうして歩いているうち、街の凱旋門が見えてくる。

 小さな町にしては立派なその門は、ちょっとした観光名所として王都では有名だったものだ。


 ―――だが、その立派さも今は見る影もない。

 側面には弾痕が無数に刻まれ、柱は一本崩れている。


 辺りには巨大な瓦礫がいくつも転がっており、その先の様子を伺い知ることはできない。


 だが、それを惜しんでいる場合ではない。

 今は一刻も早く、この街を離れなければ―――


「よし、あそこの門を抜ければ、町を出られる……!」


「はい!」


「あとは、壁まで―――」



 三人が、門を抜ける。



 ―――そこに映った光景に、三人は、心臓を掴まれたかのような衝撃を受ける。



「え……?」


 門のすぐ裏に、無数のマギアメイルが鎮座している。

 そしてその足元には、黒と紫をメインとした色調の制服を着た、数十人の大人達が駐屯していた。


『おぉ?こんなとこにいたのかァ、「お嬢様方」?』


 一機のマギアメイルから、声が響く。


「―――!」


『随分探したのに、見つからなくってもう、諦めかけていたところだったんだが……まさか、こんな待ち伏せにまんまとかかるとはねェ』


 その声は、品性を感じない下劣な物だ。

 その者が持つ残虐性、嗜虐心。そのすべてが、その下衆な声に現れていた。


『散々ぱら町人風情に抵抗された憂さも、これでチャラってなもんだなァ』


「―――あのマギアメイル、まさか」


 シュベアは気付く。


 先程街で見かけた時には、煙に隠れ仔細な姿が見て取れなかったが為に気付かなかった真実。

 ―――彼らの乗っているマギアメイルが、騎士団で広く使用されている主力マギアメイル、『兵士ポーン』であることに。


『俺ら「玄蛇騎士団げんだきしだん」の頑張りも、無駄じゃなかたわけだ!いやァ素晴らしい!』


「「騎士団」って……ワルキアの……?」


 信じられない、とばかりにシュベアが呆然とする。


 もはや、何が何やら分からなかった。

 自身が憧れていた、将来の目標とすらしていた騎士。

 誇り高く思慮深い、この国を護る精鋭たる騎士が、自分達が平和に暮らしていた街を焼いたという事実。


『お、坊主、騎士団に憧れてる口かァ?なら、そこの二人のオンナノコをこっちに渡してくれたら、俺らの仲間に入れてやるぜェ?』


 そんなシュベアの衝撃を受けたような顔を見て、操縦士は尚も下劣な声を響かせる。


 リデアとアミス、その二人を引き渡せば、騎士団に入れてやる、と。


「そんなこと、するわけないだろ……!」


 逆上した声で、シュベアは叫ぶ。

 そんな提案、受けるはずがない。例え騎士団であろうと、そのような取引を持ちかけてくるような組織に、入ろうなどと思うものか。


『アハハハヒャ!まァそりゃあ、いくら餓鬼でもこんなのには引っ掛からねェか!』


『―――仮にそいつらを渡したとしても、そのあと始末するだけだしな』


 そういうと、マギアメイルは手にした巨大な曲刀をシュベアに向ける。


 一人の子供相手に、巨大な鎧にて威圧をするその様子に、シュベアは激昂した。


「……なんで、なんでワルキアの騎士がこんなこと!」


「国を護るのが騎士の役割じゃないのかよ!?」


 そう、叫ぶ。


 騎士の在り方とは、このようなものなのか、と。


『―――国ィ?』


『あぁ、国ね、国!護るよ、うん。護る!』


 シュベアの叫びに、意気揚々と操縦士は返事をする。

 その声色は、あからさまに人を小馬鹿にしたものだ。


『―――でもなァ、それは俺らが作り替える、俺らにとって住みやすい国の話だ。お前らみてェな古くさい連中の住むカビの生えた国じゃあねェんだよ』


 一刀両断。


 シュベアの言葉は、息をするように斬って捨てられる。


「……ッ!」


 自分達が必要とするもの以外は不要だと、そう言ったのだ。この騎士は。


『くだらねェ憧れと一緒に死んでくれ』


 そんな言葉を発しながら、『兵士』は駆動を始める。


『……だがまぁ、このままマギアメイルで潰すってのも味気ねェな……』


 剣を振りかぶるような動作を見せた『兵士』だったが、その言葉と共に剣を納める。


『やれ』


 その命令に、周りに立っていた騎士の一人が魔銃を手に前へと出る。


「はっ!」


 まずい、とシュベアはリデア達を連れて逃げようとした。


 だが、しかし。


「ぐっ……ぁ……!」


 一般の兵士に比べ、卓越した技量を持つ騎士による精密な銃撃。

 それをなんの訓練も受けていない、10才の少年に避けられるはずもなく。


 ―――怪しく紫に輝く光弾は、高速でシュベアの腕の関節を、ピンポイントで捉えた。


「ぁ……ッ!い……あァ……!」


 ―――痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!?


 シュベアの脳裏を、ただ二文字の単語だけがループする。

 流れ出す血液の量に比例して、痛みは刻々と増し、弾が貫通した痕には焼けるような感触だけがただリフレインしていく。


『おいおい!よりにもよって腕だけ撃つとか、残酷なことするなァお前!』


「いや、その方があの子も堪えるかなぁ、と!」


 嘲笑うような声で、銃を手にした騎士が笑顔で語る。

 その姿に、騎士の誇り等というものは微塵も感じられない。


「いッ………あァァ……ッ!」


 苦しむシュベアの姿に、操縦士の気分は益々高揚していく。

 もがき、苦しむ弱者の叫びほど胸のすくものはないと言わんばかりに。


『それじゃァ、次は足を……』


 歪んだ笑顔で、そう操縦士が意気揚々と指示しようとした瞬間。


「隊長、近くに動体反応が……!」


『あァ?なんだまだ生き残りの町人が……』


 ―――凱旋門近くの瓦礫が、大きく崩れる。

 辺りには煙が吹きすさび、轟音が鳴り響いた。


「いえ、これは……」


 その煙の中で、大きながゆっくりと動き始める。


『なッ!?』


 それに対し、臨戦態勢を取ろうとする操縦士だったが。


「―――マギアメイルです!」


 だが、間に合わない。

 部下の報告が聞こえたと同時に、とてつもない衝撃が操縦士を襲う。


 ―――それは、マギアメイルの拳だ。

 今にも壊れそうな、残骸にも等しい姿の鉄鎧の腕が、騎士のマギアメイルに叩き込まれる。


『ガァ!?』


 突如として撃ち込まれた拳に、『兵士ポーン』は対応することすら出来ずに弾き飛ばされた。


『クソ、そこない風情が、不意討ち程度で、調子に……』


 そう言いながら、体勢を立て直そうとする『兵士』だったが、それも敵わない。


『うおわァ!?』


 起き上がろうとした寸前、壊れかけのマギアメイルが飛び掛かり、その機体を抑え込む。


 動きを封じられた『兵士ポーン』は、まるで赤子のように四肢をジタバタと動かすばかりで、まるで抵抗が出来ないまでに拘束される。


 シュベアがその光景に呆然としていると、マギアメイルから声が響いた。


『―――逃げろ、シュベア……ッ!』


 その声は、シュベアにとって非常に親しみ深いものだった。

 よく聞いた声。つい最近まで自分の側に在った声。


「―――父さん……!」


 生きていてくれた。


 その事実に、シュベアの瞳から一筋の涙が流れる。


 そんな感動の再開を他所に、『兵士ポーン』は反撃をしようと、残骸のマギアメイルの腕を無粋に掴んだ。


『こんな奴にィ、やられてたま―――』


 そのまま振り払おうとした、その瞬間。


『あ―――?』


兵士ポーン』の操縦席に、マギアメイルの手刀が深く突き刺さる。

 先程殴られた場所の装甲に空いた僅かな穴、そこに差し込まれた手刀は、鋭く穴を切り広げ、中へと至る。


 そして、当然中に居る操縦士にも。


「―――隊長がやられたぞ、早く後退を!」


「マギアメイル隊は早くその死に損ないを潰せェ!」


「父さ……ッ!」


 ―――数体のマギアメイルが、動きのとれない残骸へと群がる。

 手にした槍を幾度も、幾度もその残骸へと突き立て、突き刺し、抉ってゆく。


「や、やめ……」


 頭部を抉る。

 操縦席を抉る。


 生きている可能性、その全てを抉り、貫き、砕く。




『シュベア……生き………』




 手、足、そして胴。


 ありとあらゆる箇所へと、無数の槍が突き立てられる。


 そこに残されたのは、もはやマギアメイルでも、残骸でもない。

 ただの、串刺された骸だ。


「―――あぁ…………」


 シュベアは、もはや何も口にできない。

 あれほど続いていた腕の痛みすら、もはや感じない。


 最早なにも、感情が沸き上がらない。それほどまでに、この短時間で彼の精神は疲弊していた。


「クソッ、さっさと女共を連れて撤退を……」


 その瞬間、騎士の腕に捕まれていたリデアが、不意に騎士の腕に強く噛み付く。


「いってェ、こいつ噛みやがった!」


 リデアの機転を効かせた反撃により、姉妹は一瞬拘束を逃れる。


 リデアはアミスを背にし、騎士たちへと向き直って叫ぶ。


「―――逃げて、アミスッ!」


 その声に、一瞬躊躇するような動きを見せたアミスだったが、リデアの必死の表情に意を決し、騎士達のいない瓦礫の小さな隙間を縫ってその場を離脱していく。


「おい、一人逃げたぞ!」


 それを追いかけようと騎士達が駆け出すが、幼子一人が入れるか入れないかという小さな隙間に騎士達が入れるわけもなく、巨大な瓦礫の前で立ち往生する。


「くそ、この餓鬼ィ!」


「家柄だけが取り柄のお人形が、調子に乗りやがってェ!」


 人質に逃げられたことに逆上した騎士が、リデアに殴りかかった。

 その拳が少女の頬に、鋭く打ち付けられる。


「―――ッ!」


 殴り飛ばされたリデアは、声にならない悲鳴をあげながら地に付した。

 その口元からは血が数滴吐き出される。


 ―――その光景に、感情を喪いかけていたシュベアの目に、再び怒りが灯る。


「やめ、ろぉ……ッ!」


 その光景を見ながら、シュベアは消え入りそうな声で必死に叫ぶ。


 ―――だが、無力なその声は誰にも届かない。


 騎士達はひとしきりリデアをいたぶると、思い出したかのように撤退の準備を始める。


「クソ、さっさと後退するぞ!」


「一人いりゃ、都との交渉材料としちゃ充分だ!」


「待―――ッ!」


 シュベアの必死の叫びも虚しく、騎士達はリデアを乱暴に抱き上げ、町から後退を始める。

 マギアメイルもそれに続くように、ゆっくりと後退していく。


 その場に残されたのは、手負いのマギアメイルにコックピットを貫かれた『兵士ポーン』と、

 数多の槍を突き刺され、野晒しのまま剣山と化した一機のマギアメイル。


 ―――そしてただただ無力な、一人の少年だけだった。



「待てよ……待ってくれ……」



 少年の声は、無惨に瓦礫の山へと木霊する。


 もはや、その言葉を聞くものは辺りには一人もいない。

 ただそこには、数多の亡骸が横たわるのみ。





「―――俺の家族を、街を……返してくれ……ッ!」


 ―――それが、少年シュベアの瞳に、歪に燃え盛る復讐の焔が纏わりついた瞬間だった。







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