第二章20話:恩讐 - Grievance revenge -
―――何人もの砂賊達が集まり、常に計器に目を光らせる広い部屋。
砂賊船「ヘパイストス」の艦橋。そこではガルドスが腕を組み、険しい表情で現在の状況の把握に努めていた。
事態は急を極めている。
拐われた姫君。そしてその実行犯である逃げ出した傭兵。
その足取りを掴むため、そして船内で起きたもうひとつの一大事の鎮圧のため、全ての船員が総動員で事に当たっていた。
「団長、遅くなりました!」
そこにやってきたのはマキエルとリアだ。
二人共、走って艦橋へと向かってきたようで息を切らせている。
「来たか!状況は……」
そう言いかけたガルドスが気付く。
そう、二人だけなのだ。
「……あの白髪の坊主はどうした?」
フィアーが居ないことに気付いたガルドスが、その所在を尋ねる。
その質問に、二人は答えづらそうな表情をしながらゆっくりと口を開いた。
「それが……」
◇◇◇
その頃「ヘパイストス」の格納庫では機体、そして船自体の修理作業が続けられていた。
壁には大穴が開き、その周りには壁材の欠片が散らばっている。
破壊された扉の穴の大きさ、そして格納庫という場所の特性から、内側からマギアメイルの攻撃によって破壊された穴であることは見た人全てが分かることだろう。
そんな風通しのよい格納庫で、整備班長であるバンカーは黙々と、マギアメイルの修理作業を続けていた。
「おじさん、今使えるマギアメイルはある?」
そんなバンカーに不意に声をかけたのはフィアーだ。
彼はガルドスからの招集を無視し、「ヘパイストス」の艦橋ではなく、格納庫へと真っ直ぐ来ていた。
テミスが攫われた今、ゆっくり作戦会議などしている場合ではない。
考える頭のない自分なら尚更だ。それならば今すぐにでも助けに向かうほうがよっぽど建設的だ。
「坊主、艦橋に呼ばれたんじゃ……まぁいいか、昨日修理してたお前さんの機体、使えるぞ」
バンカーはそう言い、昨日『
フィアーがその指が指し示す先を見るとそこには、『
別機体の様々なパーツを応急措置とばかりに取り付けたその見た目は非対称。
その外観は、王都での魔龍騒動の際にフィアーが乗った機体、エンジ・ヴォルフガングが開発し、『無銘』のままに壊れ果てたあのマギアメイルを彷彿とさせる。
「ありがとう、乗らせてもらう」
そう言うと、フィアーはその新たな機体の操縦席へと急ぎ飛び乗る。
操縦席の内装は一切変わっていないらしく、前回までと同じ感覚で操縦することができそうだということは感覚で分かった。
「操縦術式、展開」
そのフィアーの声に呼応し、機体背部のマギアエンジンが起動、機体の全身へと魔力の供給を始める。
画面の表示枠には次々と機体のセッティングを始める文言が表示され、逐一現在の起動状況を報せる。
〈 搭乗者:一名確認 〉
〈魔力供給:不能〉
〈無適正者用操縦術式:起動〉
〈臨時名称『騎士急造式』:拘束解除〉
その文言が表示されたと共に、機体を固定していた整備用コンテナのロックが次々と解放されていく。
「―――動け、ボクのマギアメイル」
そうして機体が足を前に踏み出すと共に、機体に通信が入る。
見るとそれは「ヘパイストス」の艦橋からのようで、「受信」のボタンを押下するとガルドス、そしてその後ろから覗くリアの顔が表示枠に写し出された。
『坊主!お前ブリッジに来いと言ったのに勝手に……』
「ごめん、でも今ボクに出来ることはこれだけだから」
フィアーがそう無表情で口にすると、ガルドスはこれ以上言っても無駄、と言わんばかりにため息をつき頭を掻く。
『……まぁいい、とにかく状況を説明する!』
ガルドスがそういうと、いくつかのポップアップがモニタ上に展開、そこには監視カメラの映像と思わしきものが表示されていた。
『現在、マギアメイルの脱走騒ぎに乗じて地下に閉じ込めていたグリーズの連中が一斉蜂起、船内では戦闘が起きている!』
確かに昨日歩いた地下への道で、銃撃戦が起きている。
この閉鎖空間の影響で魔力が上手く扱えない為か魔力弾の威力は減衰しているようだが、何人もの傭兵と砂賊が既に血を流して倒れている様子が確認できる。
苦しんでいることが見て取れるため生きてはいるのだろうが、応急措置が必要なレベルな怪我であること間違いないだろう。
『逃げ出したのは言うまでもなくシュベアだ、奴は姫を連れて、マギアメイルで隔壁をぶち壊して脱出した』
次に表示されたのは船の壁を破壊し、船から見て西方へと逃げ去る『蛮騎士』の映像だ。
砂嵐がひどく機体の様子は判然としないが、どうやら修理途中なようで、隻腕であることがすぐにわかった。
「わかった、アルテミアはボクが助けにいくから、他の皆は船内をなんとかしておいて貰えると助かる」
『あぁ、申し訳ないが頼む!……気を付けろよ。この閉鎖空間でどうやったか分からねぇが、現在索敵術式に奴の機体の反応がない。もしくはどこか……』
そのガルドスの話を遮るように、リアが前へと躍り出てくる。
『フィアー!』
その表情は心配そのものだ。
またも無茶をしようとする弟を心配する姉の顔。義姉弟である二人だが、そこには確かに家族の絆が生まれていた。
「リア、ごめん。テミスさんのこと、絶対に助けてくるから」
『止めても聞かないのは分かってる。でも……無茶しないでね?』
リアの優しさを、心に強く感じる。
その言葉は、絶対にテミスと共に帰ってくるというフィアーの決意を、より強いものにした。
「うん、分かってる」
『お願い、テミスを助けてあげて!』
「―――絶対助ける。行ってくるよ、お姉ちゃん」
その通信を最後にブリッジとの通信が切れる。
機体の眼下ではバンカーが、こちらに向けてなにかを叫んでいた。
「おーい!その機体、『
「了解」
返事と共に、操縦竿を強く握りしめる。
瞬間、マギアエンジンにて生成された推進力が機体の背部から放出。
それに伴い機体が徐々に加速していき、船から展開された発進用滑走路から射出される。
「―――『
―――赤甲の船より、非対の鉄鎧を纏った騎士が空を駈ける。
◇◇◇
―――そこは暗澹とした洞窟らしき地下空間の中。その最深部にて、一人の少女の声が響く。
「ここは……」
長い揺れの中を高速で運ばれ、意識を失っていたテミスは、機体の手のひらから降ろされた衝撃で目を覚ました。
辺りは一面砂岩に覆われており、真っ暗なその空間は入ってきたはずの道すらも判然としない。
『地下空洞さ、砂漠の地下のな』
その瞬間、暗闇の中に唐突に閃光が走る。
見ると、『蛮騎士』の胸部に取り付けられた光源が、辺りを明るく照らし初めていた。
『ここの深部ならそう簡単に見つかりはしないだろう、あんたを懺悔させ、そして仇討ちをするには充分な時間が稼げる』
「……」
その言葉に、テミスはただただ無言でシュベアを見つめる。
その視線から、シュベアは不意に目をそらした。
『……ただお前を消すのは簡単だ。でも、それだけじゃ俺の気が収まらねぇ』
『何も知らないお姫様を潰しただけじゃあ、俺の復讐は終わらねぇんだ』
暗い洞窟の天井を仰ぎながら、シュベアはそう口にする。
それは宣誓、というよりも、自分自身に言い聞かせるような口ぶりだ。
「……では、どうすると?」
テミスはあえて毅然とした態度を崩さずに、シュベアへと問いを投げる。
『……なぁに、まだ時間に余裕もある』
「10年前の、昔話でもしてやろうじゃないか。そっちも、どうせ謝るなら事の仔細を知っておきたいだろ?自分達の国の醜い所業を」
そう言うとシュベアは機体から出て、テミスの前へと降り立つ。
そこでテミスは初めて気付く。
その顔つきは、復讐に燃えるような憤怒、もしくは愉悦に満ちたものではないと。
「―――だから始めよう、人々の平和な暮らしの、終わりの話を」
―――その顔はまるで、今にも泣き出しそうな、
悲壮感に染まった物だった。
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