第二章21話:喪憶 - Lost reverberation -


 ―――青い空が広く、ただ広く続く晴れ渡った日。

 そこはワルキア王都の東部、居住区画の最北端に広がる小さな街「リバーブ」だ。


 これは復讐に燃える青年、シュベアの脳裏に深く刻まれた思い出。

 これは10年前、彼がまだ10才の少年だった頃の記憶だ。


「父さん、母さん!早く早く!」


 一人の少年が、城下町から伸びるメインストリートの近くにある丘へと駆けてゆく。


「こら、待ちなさいシュベア」


「そんなに急がなくても騎士の人達は逃げないわよ、シュベア!」


 それを穏やかな笑顔を浮かべながら追うのは少年、シュベアの両親だ。

 二人は街唯一の雑貨屋を営んでいた。その夫婦仲の良さといえば、街一番のおしどり夫婦とまで呼ばれるほどのものである。


 雑貨屋という職業の性質状、仕入れの為に街から出掛けることが多く、シュベアはよく親戚の家に預けられることが多い少年時代だった。


 この日も、両親は入荷の為に街を出る日。

 だからその前に、シュベアと親子の触れあいがしたかったのだろう。父親の発案で出発までの僅かな間、街の近く、ワルキア王都北門へと続く街道へと、親子三人でのピクニックに赴いたのだ。


「うわぁ……」


 丘を上りきったところで、シュベアが眼下の道を見て感嘆の声を上げる。


 そこでは、騎士団のマギアメイルが隊列を組み、一斉に北門へと行軍を進めていた。


 見ると、丘や道の周りには他にも何人もの人々が行軍の観覧に訪れているようだ。


 その巨大な鉄鎧が、一糸乱れぬ美しい隊列にて歩みを進める様は、人々の羨望を集めるには十分すぎるものだった。


「マギアメイルって、あんなにおおきいんだ!」


 シュベアは始めて直に見るマギアメイルに興奮した様子だ。

 その様子を見て、父は息子の隣に立ち、肩に手をおく。


「あぁ、人の10倍以上の大きさなんだ」


「へー!」


 その嬉しそうな様子に気をよくしたのか、シュベアの父は咳払いをすると、マギアメイルに関する蘊蓄を並べ立て始める。


「それでなぁ、その最も凄い点が操縦術式と

 その動きを各部の可動部に伝達する自在可変術式記述でなぁ……」


「こらお父さん、趣味がでてるわよ」


 このまま放っておくと一日中喋り続けかねない、と母が父に釘を指す。


「いやでもなぁ……こう、マギアメイルの良さをだな……乗り心地とか……」


 この二人の掛け合いは、もはや家族の風物詩といっても過言ではないほどに馴染み深いものだ。


 そんな中、シュベアは父の言動にある引っ掛かりを覚えた。


「……お父さんって、大きなマギアメイルに乗ったことあるの?」


 シュベアは胸に浮かんだ疑問をそのまま言葉にする。

 マギアメイルの行軍の鑑賞に誘ってくれたのは父だったが、そこまで父がマギアメイルに詳しいとは知らなかった。


もしかしたら、乗ったこと、もしくは作ったことがあるのかも、とシュベアは思いついたのだ。


「ん?……いやぁ、ないない!ただの趣味さ!」


 だがそんな幼子の疑問は、父の否定によってすぐに払拭された。


 ただの趣味。ならば、自分と同じだ。

 漠然とした騎士への憧れ、それはこの国の人々が皆一様に持っているものだろう。


 ただ騎士のマギアメイルの一団が通過するというだけで、これほどの人々が沿道に集まるのがいい証拠だ。


「何言ってるのこの子ったら……お父さんはただの雑貨屋なんだから、小型ならいざ知らず、軍用の大きなマギアメイルになんて乗ったことあるわけないでしょ」


 それに続き母の言葉に、それもそうだ、とシュベアは納得する。


 小さな町の雑貨屋である父に、そのような経験があるわけがない。せいぜい使っているものといえば、小型の輸送用魔動車くらいなものだろう。


 小型のマギアメイルなら、あるいは仕入れの時に使ったことくらいはあるのかもしれないが、それだってシュベアは一度も見たことがないのだ。


「なーんだ、すごく詳しいから乗ったことあるのかと思った」


 そう言ってシュベアは改めて、道を行軍していくマギアメイルの列を見下ろす。


 槍を携え、歩みを進める巨大な鉄鎧。そしてそれを駆る、国を護る為に結集された精鋭たる騎士団。

 それは少年が憧れる存在として、十分にすぎる存在だった。


「でもすごいよ、マギアメイル!僕もいつか、騎士団に入ってみたい!」


 少年は胸に抱いた夢を強く宣言する。


「それで、マギアメイルに乗って皆を守るんだ!」


「……そうか」


 ―――その姿を両親が曖昧な表情で見つめていることに、シュベアは気づいていなかった。




 ◇◇◇




 その日の夕方、両親は予定通りに城下へと仕入れに出発した。

 彼らが街を開ける期間は一週間ほど。その間、シュベアは家の近くに住む父の友人の元で寝泊まりをしていた。


 町には同年代の少年少女は一人もおらず、子供はシュベアただ一人。その為両親がいない間は、近所の人々に遊んでもらい、彼の寝泊まりも両親の友人らが持ち回り制で担当していた。


「おじさん、遊びに行ってくるね!」


「おう、いってらっしゃいシュベア!あんま危ない遊びはするんじゃねえぞー!」


 町に唯一人の子供ということで、大人達も皆シュベアをよく可愛がってくれていた。

 シュベア自身も、町の人々が大好きだった。



 そうしてシュベアの両親の出立から8日経ったある日。

 小型の輸送用魔動車に乗って両親が帰って来た。その車の荷台には


「ただいま、シュベア」


 家の前に止まった車両から、父が降りてくる。

 その姿に出迎えの言葉を発しながら駆け寄ったとき、シュベアはあることに気付いた。


「おかえり!……え、女の子?」


 それは母が車から降りた瞬間だ。

 母の隣には、二人の少女の姿があった。

 一人は4、5歳ほどの少女、もう一人はそれよりも更に小さな女の子だ。

 似た髪色、似た顔立ちから、シュベアは彼女らが姉妹だと瞬時に看破した。


「あぁ、この娘達な……実は今日からしばらく、家で引き取ることになったんだ」


「へー……」


 始めての同年代の友人が出来るチャンスに、シュベアは意気揚々と少女達の前に向かう。


 その姿を見ると、姉妹の姉らしき方の少女が、礼儀正しくスカートの裾を掴みながら自己紹介をする。


「―――はじめまして、わたしは……」


「……リデア、リデアっていいます」


 少女はそういうと、深々とお辞儀をする。


 予想外に仰々しいその礼儀正しさに、思わずシュベアは狼狽えてしまう。


「そんな、おじぎなんていいから!よろしく、ぼくはシュベア!」


「そちらの小さな子はなんていうの?」


 そのシュベアの声に、妹らしき方の少女は姉の影に隠れてしまう。

 どうやら彼女はかなり人見知りな娘らしい。姉の背中からシュベアのことを見つめているようで、彼のことを少し警戒している様子が見てとれる。


「この子は……アミス」


 その様子を見かねて、姉、リデアが妹の名前を紹介する。


「リデアちゃんと、アミスちゃんね、よろしく!」


「シュベア、仲良くするんだぞ」


「うん!じゃあ二人とも、一緒にあそぼ!」


 そうして少年達は広大な草原へと歩いていく。

 

―――それからの時間は、シュベアにとってとても充実したものだった。


 姉妹が来てからというもの、両親は王都へと出掛けることをやめ、常に町にいるようになった。

 父曰く「しばらく行かなくても良いように一気に仕入れた」とのことだったが、今となってはその真相は闇の中だ。


 数週間の交流の中で、シュベアと姉妹は徐々に仲良くなり、「友人」ではなく「家族」となっていく。


 ―――だが、その幸せと平穏は、長く続きはしなかった。




 ◇◇◇



「あぁ、そうだ……幸せな、幸せな日々だったんだ」


 幸せな思い出を噛み締めるように、シュベアが声を絞り出す。


「……やっぱり」


 ―――その話の内容と様子に、テミスはあることに気づいていた。

 やはり、彼は―――


「あの町では誰もが幸福に、平穏に暮らしていたんだ……」


 そんなテミスの様子に気付くこともなく、シュベアは話を続ける。


「なのに……!」


「―――「騎士」が、襲撃してきたのですね」


 テミスの言葉に、シュベアが目を見開く。

 拳を今にも血が出んとばかりに固く握り締め、大声で怒鳴る。


「―――あぁ、そうだ!お前らワルキアの立派な騎士様とやらが、土足で俺たちの街を……!」


 ―――テミスは一瞬、その怒りに燃える瞳のなかに、一滴の涙を見た




 ◇◇◇



『……やっぱり、この砂漠の西方にはマギアメイルの反応はない、か』


 その頃、地上ではシュベア達を捜索すべく、フィアーが駆る急造品のマギアメイル、『騎士急造式メイクシフト』が砂漠を疾走っていた。


「ですが、例のマギアメイルは確かに西方に……」


 シュベアの逃げていったはずの方向である西方へと全てのセンサーを集中させながら、「ヘパイストス」の管制官がぼやく。


 その言葉に、フィアーは唐突になにかを思い出した。


「―――あ」


「確か、この空間の砂漠の端と端って今は繋がってるんじゃ……」


「……あ!」


 誰もが、その言葉にはっとする。そうだ、自身らは謎の異空間に閉じ込められていたのだ。

 そしてその切り取られた砂漠の端を突き抜けようとすると、正反対の端から現れる。


 そんな世界の不可思議な仕様を、誰もが完全に忘れていた。


「……そうだった!この空間の異常さを完全に失念してた……!」


 そういうとガルドスは頭を抑える。

 突如自分たちの船の中にワルキアの姫君が居ることが判明したり、船内から敵のマギアメイルが逃げ出したり、それに便乗した傭兵達が一斉に武装蜂起したり、と想定外の月ごとが続き、大前提の状況をすっかり忘れていた。


「ということは……船の東側に、シュベアさん達は抜けていった?」


「オレとしたことが……」


 フィアーの言葉が追い討ちとなったかのように、ガルドスは項垂れた。

 この自身の失念で、どれほどの時間が無為に消費されたものか、と彼の胸に自責の念が募る。


「仕方ないですよ団長、こうも立て続けに異常事態が続いては……」


「そうっすよ団長、気にすることないっすよ」


 団員達の励ましに、深いため息を着きながらもガルドスは顔を上げ、意識を切り替えるよう顔をはたいた。


「……ええいそうだ、今は落ち込んでいる場合じゃなかったな、地下区画の戦況は!」


「現在優勢!武器を使っているこちらよりも、素手で魔力を行使しているグリーズ側の方が消耗が早く、こちら側が押し返しているようです!」


その言葉と共に艦橋のディスプレイに地下区画の映像が術式によって映し出される。


見ると砂賊陣営が大分前線を押し返したようで、グリーズの傭兵達は入っていた独房、その真ん前までに後退を余儀なくされていた。


「ようし、しばらくは現状を維持、魔力の消費は極力避けて戦えと伝えろ!」


「合点です団長!」


 そうして体制の建て直しを図ろうとしたその時、フィアーのマギアメイルから通信が入る。


『シュベアさん達が逃げていった方向、その反対側に大穴を見つけたよ』


『今から突入する』


「分かった、中に何があるか分からない、慎重に追跡を行ってくれ!」


『……ただ、この穴……』


一瞬、フィアーの声色に不穏な響きが乗せられる。

なにかを見つけ、それに怪訝さを感じたような声だ。


「?、どうした」


『自然に出来たものではなさそう』


その言葉と共に、フィアーの機体から画像が送られてくる。

それはフィアーが見つけた謎の洞窟のものだ。


「自然のものじゃない地下の空洞?それって……」


その外壁部にはなにか、溶かされたかのような痕が存在している。

もしくは、液状の物が冷やし固められたかのような、そんな印象を覚える洞窟だ。


―――その様子に、皆が同じ感想、同じ考えに至る。

そしてその誰もが思い付いた物を最初に言葉としたのは、フィアーだった。


『―――魔物モンスターの、巣?』


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