小話Ⅳ:優食 - Best of dinner -





 ―――「フリュムVSワルキア!食の祭典グルメバトルフェスティバル!」。その戦いは熾烈を極めていた。


 現状、もっとも客を引いているのは串揚げ屋だ。チーズとバジル、その相性のよさと絶妙な揚げ具合の衣が相まって、客の心をがっちりと掴むことに成功、一気に票を集めている。

 しかし肉巻きおにぎりの店も負けてはいない。その昔ながらのワルキア流の味付けがフリュムから来た人々にも好評を博し、これまた長蛇の列が出来上がっている。


 今年の料理は全体的にチーズやバジル、その他香辛料など、フリュムから伝わってきた物を使用した料理が多いようだ。フリュムの料理人と提携した店舗も数多い。

 特にチーズの反響はすさまじく、チーズの製造所をワルキアに作ろうという動きもでてくるほどの人気だ。


 そんな中、次にフィアーが来た店。そこに売っていたのは、


「よう、そこのカップルさん!うちのおむすび、食っていきなよ!」


「カップ……!!!?」


「いえ、姉弟です」


 赤面したまま停止してしまったリアを置いておいて、努めて平気な調子で返答する。

 それを見てリアはむすっとした表情で口を膨らませる。


 ―――今ほど感情が表にでなくてよかったと思ったことはない。


「なんだそうなのか、まぁ取り敢えず食っていきなよ」


 そういって差し出された物、それは。


「これは……肉巻き……!」


 またも、フィアーの脳内から未知なる食の知識が引き出される。


 焼いた肉でご飯を包み、醤油ベースの甘辛いタレを塗った一品だ。上には白ゴマが振りかけられている。


 確かオーブンで焼くのが一般的だったはずだが、それがないこの世界では燃焼術式によってジワジワと焼き上げる方式を取っているらしい。


「他所の店はどこもフリュムとの協力体制みてぇだが、うちはあえてワルキア料理一本でいかせてもらうってわけよ!」


 そんな店主の言葉を聞きながら一口食べる。


 ―――確かに美味い。特にこの胡麻がいい。甘辛いタレの味にメリハリを与え、更に香ばしさまでもをプラスしている。


 肉もかなり良い物を使っていると思われる。

 薄いながらもジューシーさは損なわれておらず、かといって脂身ばかりという訳ではない。

 赤身部分にもほどよく脂がさしており、柔らかい。


 そういえば結局、何の肉なのかも分からずにこの世界の肉料理を今まで食していたが、おそらく、これは豚に類するものなのであろう。モッツァレラチーズのような物もあったあたり、牛のような生物もフリュムには生息していると思われる。


「ごちそうさまです」


 フィアーはまた、無言で一票を置いた。

 この郷愁すら感じる素朴な味わい、これこそ絶品と呼ぶに相応しい。


 チーズフライのバジルソースかけと、肉巻きおにぎり。その二つは相反した味だが、その双方が独自のよさを持っていた。

 ―――これは、甲乙つけがたい。



 手元に残った一票の紙をポケットにしまい告げる。


「あれ、もう一票は?」


「―――フリュムvsワルキアの料理対決は、きっと引き分けだ」






 ◇◇◇






 それからフィアー達が食べたものは、数知れない。

 粉もの、麺類、お菓子、焼き肉、煮物、かき氷。


 リアは途中から満腹により観戦者と化したが、フィアーは全ての店舗を制覇することを目標に食べ続けた。


 どの店舗の料理も味、特色共に申し分なく、どれもが優勝を狙えるほどのクオリティーを持っている。


 ―――しかし、その最後の店に至るまで、フィアーが懐の一票を持ち出すことはなかった。


 その様子をリアは不思議そうに見つめる。

 ―――確かに美味しそうに食べていた。新しい店舗で新しいものを食べるたびに、いつも無表情なフィアーが満面の笑みで料理を味わっていた。

 すぐにでもその一票をどこかの店にいれるのではと、そう思っていたのだが。


 そしてフィアーが最後の店の拉麺を食べ終わると共に、中央のステージから鐘の音が鳴り響く。

 採点時間終了の合図だ。





「ではッ!開票のお時間ですッ!」




 そういうと各店舗、投票箱をステージに持ち寄る。

 フリュムと提携した店、もしくはフリュムから来た店はフリュム側の開票場へ。

 ワルキアのみの店はワルキア側の開票場へと箱を置きに来る。


 そうして全ての店舗の箱が集まったところで、有志の人々が開票作業を始める。

 各店の従業員は、その様子を固唾を飲んで見つめていた。


「ではッ!開票結果発表のお時間ですッ!!!!」


「例年では各店舗の個人間で票数を競いましたが、今回はフリュムvsワルキアバージョン!陣営ごとの対抗戦の勝敗を決した後、個人成績を発表致しますッ!!!!!」


「まずはァ!!!どちらの国の食が今年一年の覇権を得るのか、それが決まるゥ、対抗戦の結果発表だァ!!!!!!!」



「では発表しましょう……!!!!ワルキアの票数は……ッ」



「3910票ッ!!!!!」


 その声と共に、双方の陣営からどよめきと歓声が同時に上がる。


 そう、今日の参加者は2667人、つまり票数は8001票なのだ。運営側が決着の付くよう、あえて奇数にして設定した票数だ。


「おいおい、俺らワルキアが負けちまうのかよ……」


「主催側の陣営が負けるってのもかっこつかねぇなぁ」


 そんな声がにわかにあがる。


「……ではッ!フリュム陣営の票数発表ですッ……!!!!」


「フリュムの票数は…………ッ!!!!」



「…………!?3910票、3910票だァ!!!!!!!!!!!!」


「なんと引き分けェ!!!!!これは決着を付けるにはまだ早いという、神からの啓示なのかァ!!!!!!!?」


 両陣営に衝撃が走る。まさか引き分けとは。しかもたった一票がために。



 両陣営の料理人たちが動揺を隠せない中、客の一人から拍手があがる。




「そらぁ引き分けだよなぁ、両方とも滅茶苦茶美味かったぜ!」


 その声に続くように、他の観客たちも拍手をし、口々に言う。


「確かにどっちも美味かったなぁ、あのフリュムのチーズっていうの?俺あれめっちゃ好きだわ」


「私、あのバジルソースっていうのすごい気に入ったんだけれども、私たちでも買えるようになるのかしら?」


「初めてワルキアの料理を食べたが、こんなにも美味いとはなぁ……」


「あの肉巻きおにぎりってやつ、帰りにまた買って帰るか!」


「あの終極コキュートス・カタストロフってのも美味かったわ、名前ワケわかんないけど」


 そんな声が次々と沸き上がる。


 それを見た料理人は引き分けの理由を理解し、ワルキア陣営の代表とフリュム陣営の代表は固い握手を交わした。


「三票目を投じることができなかった人々、その票を来年勝ち取るのは、俺たちだ!!!!」


 ―――かくして、「フリュムVSワルキア!食の祭典グルメバトルフェスティバル!」は、大盛況のうちにその決着をみた。




 ◇◇◇




 その後の顛末はこうだ。


 優勝はチーズのフライ、準優勝は肉巻きおにぎりと、フィアーが食べた二店の2TOPだった。

 しかも、その二店もほぼ同票で、わずか一票差でチーズのフライが優勝をもぎ取るという奇跡がおこった。


 二店の店長もまた、熱い握手を交わし、翌年の決戦に向けて精進を続けていくことを誓い、その様子をフィアーは満足そうに見つめていた。


 あれから数時間、日はすっかりと落ち、あたりはもう夜となっていた。

 帰宅した二人の家で夕食を作りながら、リアがふと聞いた。


「フィアー、結局さっきの一票って、引き分けにするためにいれなかったの?」


「……ううん、純粋に、あの二品に並ぶ料理が決められなかっただけだよ」


 おそらく、同じようにして決められなかった人が数十人居たのだろう、とフィアーは語る。


「そか…………ねぇ、楽しかった?」


「うん、とっても」


 話しながらリアは手料理をテーブルに並べる。

 ―――フィアーはいつもと同じような無表情だが、なんとなく分かる。きっと、心の底から楽しんでくれたのだ。

 これで、嫌なことなど頭から吹き飛んでくれているといいのだが。


 並べた料理はパンとスープ、そして肉のソテーとワルキアで採れた野菜のサラダだ。

 それは素朴で一般的な、ワルキアのディナーと言える。

 そしてそのテーブルの中心部には、「おにぎり」。

 この世界に米があることを知ったフィアーが、唯一自分からオーダーした料理。


「昼のお店の料理には負けるかもだけど、どうぞ召し上がれ!」

「いただきます」



 それらを、口にして。



「うん、やっぱり……」


「?」



「―――うん、リアの料理が、一番美味しいや」


 ―――そう言ってフィアーは、今日一番の笑顔を浮かべた。













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