小話Ⅲ:食祭 - B-grade gourmet -
リアに腕を引かれ、フィアーがやってきたのは王都の大通りだ。そこにはいつものように店が立ち並んでいる……と、思いきや、
「あれ、なんか前と違う?」
どうやら店の位置が違う。以前フィアーが来た際には道の端に立ち並んでいた露店たちは、道の中程の場所に配置されている。
そこには老若男女、大勢の人々が集まっており、その服装からワルキアの人間ではないであろう人々までもが集まっていた。
その立ち並ぶ店の中央には大きな台のような物が配置されている。
それはさながらステージだ。壁には大きな看板が掲げられており、そこには「フリュムVSワルキア!食の祭典グルメバトルフェスティバル!」という文字が刻まれている。
「……お祭り?」
「そう、お祭りよ!朝新聞で見てさ、是非連れてきたいなって思ってたの!」
そう二人が話していると、ステージの上に一人の男性が躍り出る。
手にはマイクのような物―――あれも魔道具だろう。それが握られており、大きな声で話し出した。
「皆様本日はお忙しい中よくぞ集まってくださいました!ワルキア商店会主催、毎年恒例グルメフェスティバル!」
グルメ、フェスティバル。
その言葉に、フィアーの脳細胞がフル回転を始める。
「王都内の店舗が腕によりをかけた新作料理!それを味わい、競い、その年のチャンピオンを決める、正に食の闘技場!」
「……しかし!今回は例年のそれとは趣旨がことなります!何故なら、今のワルキアにはフリュムからやってきた料理人たちが大勢いるのです!ワルキアの中だけで一位を決めても彼らは納得をしないでしょう!」
「そこで今年はフリュムとワルキア、その双方の店舗が参戦!中にはフリュムの料理人とワルキアの料理人がタッグを組んだ店舗も!!!!!!!今やァ!!!!食の戦争はァ!!!!!!!群雄割拠!!!!!!!!!」
なるほど、とフィアーは手を打つ。
恐らくこれは、新しく入ってきたフリュムの人々が少しでも早く街に溶け込めるように、有志によって企画されたイベントなのだろう。
しかし、食の祭典とは。
自分は記憶喪失ではあるが、こと料理の味に関しては一家言ある。
作り方などからっきし覚えてはいないが、舌の肥えに関しては他の追随を許さない自信がある。
問題はそれが表情として外にアウトプットすることができないこと。しかしあの揚げ物―――串揚げと言ったか。あれを売り出していた屋台の主は、自分の表に出したくても出せない衝動を汲み取ってくれた。
ならばこそ、此度も。
「なお、審査員は皆さん町民の方々です!持ち点は各々3点ずつ!お好きな店舗に一票ずつ、点を入れることができます!」
なるほど、全員に3点分の投票権があるのか。
―――なればこそ、手元にあるこの3つの切り札を 効果的に切らなければ。
「どうフィアー、面白そうでしょ?」
「うん、とっても」
―――やはり、表に出そうとしても内なる衝動、感情が表に沸き上がらない。
こんな素晴らしいイベントに連れてきてくれたリアに、この喜びと感謝を伝えてあげたい。
なぜこうも感情を表に出せないのだろうか。マギアメイルに乗ったあの時、あの一瞬だけは、あんなにも胸の奥の底から衝動に突き動かされたというのに。
「各々の店舗、料理の準備は万全のようです!」
その声に辺りを見渡すと、先ほどからせっせと料理を作り続けていた店の店長たちは一斉に腕を組み、客の来店を待ち構えていた。
「では!!!!!
―――その声と共に、「フリュムVSワルキア!食の祭典グルメバトルフェスティバル!」は開幕した。
◇◇◇
祭りの開催直後、フィアーがリアの手を急に掴んだ。
「きゃっ……ちょっと、フィアー!?」
「あそこだ……!」
手を掴んだまま、ひとつの店へと誰よりも早く向かう。
そこにあったのは串揚げの屋台だ。以前フィアーが食べに来た店であり、この王都に来て一番の反応を引き出した店でもある。
「ん、おう少年!数週間ぶりだなぁ!」
「フィアー、知り合いの方なの?」
「うん、前にね。
祭典、参加してたんですね」
そういうと店長は腰に手をあて豪快に笑う。
「あったりまえだ!!!うちはグルメフェスティバルの上位常連だからなぁ!」
―――それも当然だろう、とファアーは微笑む。
あれほどの腕前と味だ。自分以外からも評価されていないはずがない。
「それにな、今回はフリュムから来た新顔の料理人もいる、例年じゃあ半ば内輪ノリの向きも強かったイベントだが今回は違う」
「このイベントがきっかけで、新しく来た人らも馴染んでくれたら嬉しいこったよ」
そう言いながら優しげに微笑む店長は、一回り大きく見えた。
料理の腕に大きな器、正に優勝を掴むに相応しい器といえる。
「おっと、そろそろ並び始めちまう、さぁ、うちの新作を味わっていってくれ!」
そういって出されて来たのは揚げ串だ。一見、その見た目は以前食べた肉の串揚げと大差ないように思われる。
―――だが、この店長がそんな直球で来るわけがない。何か、仕掛けがあるに違いない。
「おっと、食べる前にこいつをかけてくんな」
そういって店長が差し出したのは鮮やかな緑色のソースだ。
「緑のソース……?」
リアが怪訝そうな顔でそれを見つめている。
そうして差し出された物から薫り立つ、その―――
「この香りは……ッ!」
――――――その瞬間、フィアーの脳裏にひとつの言葉が浮かんだ。
「これ……バジル……!?」
自分が言ったのか、一瞬分からなかった。
「少年、フリュムバジルのことを知ってるのか!?」
店長が驚いたような顔で叫んだ。
「この俺ですら、最近きたフリュムの商人に教えてもらって初めて知ったっつうのに……やはり、お前さんはすげぇ食通だな……!」
自分の中から、出所の分からない知識が沸き上がってくる。そのことに混乱しながらも糸を手繰るようにそれを紡ぎ、答えを導き出す。
そう、これはバジルだ。
王を意味する言葉、バジレウスが語源とされる香草。その用途は幅広く、生食用としても広く用いられるものだ。
そしてこれは恐らくそれを使ったソース、バジルソースだ。
となれば、この揚げられたものは。
「―――頂きます」
皆まで言わず。ただ、その揚げ物を口へと運ぶ。
カリッという、絶妙な衣の食感。そして、その中には。
「――――――」
「フィアー!?」
――――――そこには、満面の笑みで天を仰ぐフィアーの姿があった。その顔には普段の無表情さは一切感じられない。ただただ、食への感謝を天に叫んでいる。そんな顔だ。
「わ、私もいただきます!」
そのフィアーの様子に驚きながらも、リアも一口、揚げ物を食べる。
「――――――!!!!?」
―――その口の中を広がるのはクリーミーな味わいだ。
濃厚な風味を持った、トロトロのソースのようなもの。
さっと揚げられ、程よくとろけたそれは熱すぎず、口の火傷を気にせずに食べ続けることができる。
「―――これは……チーズッ!」
恐らくはモッツァレラチーズ、もしくはそれに近しいものだろう。
他のチーズとはまた違ったさっぱりとした風味が特徴的で、その原材料は水牛のミルクだ。味や香りに癖が少ない為、様々な料理に使われる。
これは恐らく、それに衣を付けて揚げたものだ。
バジルソースの風味と相まって、その味のクオリティーは最高潮。
食感も外側のサクサク、中のトロトロとバラエティーに富んでおり、いくら食べても飽きが来ない。
まさに優勝をもぎ取るに足る器の逸品といえる。
「お前すごいな!?これもフリュムから流れてきた食材だぞ!?」
店長は目を丸くしてフィアーを見ている。
だが、フィアーはその揚げ物を食べることに夢中だ。
「このチーズっていうの、すっごく美味しい!」
リアもそれを気に入ったようで、満面の笑みでそれを食べている。
気がつけば、夢中で1セット分のものを平らげ、満足感に満ちあふれているアーチェリー姉弟の姿がそこにはあった。
その様子を見て、気になった客たちが屋台に並び始める。その行列はいつの間にか、列の整理が必要なレベルの長蛇の列と化していた。
忙しそうな店長に聞こえるように、
「―――ごちそうさまでした、最高でした」
フィアーは、最大限の言葉を尽くし、店を去る。
―――無言で、一票分の紙をその場において。
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