第一章最終話
第一章14話:討龍 - Extermination -
―――王都から、一つの鉄塊が空へと飛び立っていった。
その様子をリアとエンジは、呆然とした表情で見つめていた。
「フィアー……どうして……」
自身の無力さを恨む。どうしてすぐに止められなかったのか。
後悔をしてもしきれない。もしこのことでフィアーが死んでしまうようなことがあれば、一体どうすればいいのか。
―――ようやく出来た、家族だったのに。
「……こうしちゃおれん、早くあの坊主に通信で……」
リアがそんな後悔に苛まれている中も、エンジは行動を始める。
自分で作った発明品を引っ張り出し、機体と通信をしようとする。
その瞬間。
―――壁の外から、黒いオーロラのような物が襲い来る。
それは瞬く間に壁を飲み込み、リアたちの元へと迫ってきていた。
「なに、あれ!?」
驚くのと同時に、リア達はオーロラに呑まれる。
数秒ほどだろうか。意識が飛んだ。
目覚めた瞬間、リアとエンジもまた避難所の人々と同じように、ひどい体調不良に襲われる。
その症状に、リアは覚えがあった。なぜならそれは、つい昨日彼女が襲われた症状とひどく酷似していたからだ。
「気持ち悪い……これ、魔力切れと同じ……ッ!」
手から魔力を生じさせようとしても、一切反応がない。
リアがそう呟く中、エンジはふらつきながらも再び発明品に手を伸ばす。
「おじさん……、多分今は通信術式は……」
「分かっとる、さっきから町中のマギアメイルも動いとらんからな」
そう言いながらも自身の発明品を起動させた。
「だが、ワシの発明品は別じゃ、なにせこいつらは、」
その瞬間、発明品から、フィアーの声が聞こえた。
「―――魔力が無くても動く、機械じゃからな!」
◇◇◇
『あの機体は……』
突如現れた異形のマギアメイルに、流石のフェルミも目を奪われていた。
その機体は王都の壁を飛び越すと、「
それは黒い鎧―――多種多様な装甲片をつなぎ合わせたような左右対称の装甲をもつ機体だ。
体格は、スマートであることが一般的な通常のマギアメイルとは大きくかけ離れた厳ついフォルムをしている。胴体部からは背中に背負ったユニットに向けて配管上の物が伸びており、
背中に背負ったユニット。そこからは絶えなく駆動音と煙が漏れ出しており、内部に複雑な機構が存在することが見て取れる。
「やっぱり、こういうヤツが出てきたか」
黒いマギアメイルの操縦席で、そう呟いたのはフィアーだ。
慣れた手つきで操縦桿を握り、この世界のマギアメイルではほとんど使われない、搭乗無適性者向けの操縦システムを手動で操作する。
< 敵性動体:照準固定 >
カメラアイを魔物に固定し、自身は機体の制御と操作に集中する。
『おい坊主!乗っちまったもんは仕方がないから、通信でサポートさせてもらうぞ!』
『フィアー、大丈夫!?怪我とかしてない!?』
機体のディスプレイから、急に声がする。
どうやらなんらかの手段で、この機体に王都から声を届けているらしい。
「リア、まだ戦いは始まってないよ。……魔物は目の前にいるけど」
そういってフィアーは眼前の龍を見つめる。
龍は突如現れた新手のマギアメイルを警戒し、こちらの出方を伺っているらしい。そんな知能があるとは、やはり伝説上の生き物の姿は伊達ではないのだろう。
―――はて、龍が伝説の生き物であることなど、どこで知ったのだったか。この世界では普遍的な生き物であるかもしれないのに。
そんな事を思いながらも、操縦桿からは決して手を離さない。
もし龍がおかしな行動を取れば、即座に戦闘行動に移る準備を整えている。
『やぁ、謎のマギアメイルくん』
そういって砂漠でフィアー達を助けたマギアメイル、「
『君が何者かは分からないが、王都から出てきたということは味方と考えていいかな?』
その言葉に答えるため、機体の首を縦に振る。
それを見た「
『―――来るぞ、共に龍退治といこう』
その瞬間、龍の身体の眼から再び魔力の光線が発される。
二機は左右に分かれて回避し、次々と迫りくる光線をくぐり抜けて龍の近くへと迫ろうとする。
『坊主!その機体は速度こそ出るが、如何せん小回りが効かない、注意しろ!』
エンジの言うとおり、機体はすぐに方向転換をすることが出来ない。これは操縦術式による自動慣性制御が存在しないことと、背部の大型ブースターによって、ほとんどの推進力が賄われているためだ。
もし完全に止まりでもしたら、次に再び最高速度を出すまで非常に多くの時間がかかってしまう。それを防ぐ為にも回避には左右の緊急用ブースターを使い常に絶え間なく動き続け、迅速に敵に接近して短時間で決着を付けねば。
無銘のマギアメイルは光線を紙一重で躱しながら龍へと近付く。
それに合わせ、「
「武装は……これか」
フィアーは回避をしながら、操縦桿の発射スイッチを押す。
その瞬間、胸部の装甲に仕込まれていた銃口から、槍状の形状を持った実体弾が発射される。
その弾は煙を上げながら龍の首元に命中し、着弾した瞬間に爆発を発生させる。
『ほう、実体弾か、面白いね』
そういいながら「
魔力に耐性のある龍であったが、光線の発射中にはその効果は発揮されないらしい。魔力弾が着弾した瞬間に瞳は閉じ、龍が苦しそうなうめき声を上げる。
―――これでは埒が明かないと思ったのか、龍は全身からの光線を停止、代わりに自身の口に全ての魔力を供給し始めた。
全身の瞳が閉じ、代わりに龍本来の頭部の瞳が怪しく輝く。
『また何かしてくる、注意するんだ!』
フェルミはそう叫んだ瞬間、龍の口からは霧状の光が漏れ出す。
先程の光線ではこのような現象は見られなかった。それはつまり、先程とは比べ物にならない量の魔力が、龍の口の中で圧縮されていることを意味する。そんなものが解き放たれれば、自分たちどころか、王都すらも跡形もなく消えてしまうほどの威力であってもおかしくはない。
もしかしたらあの龍は、王都ごと自分たちを消そうとしているのかもしれない。
フィアーは直感的にそう察知した。
「……これは、避けられないな」
諦めの言葉が頭に浮かぶ。勢いで街を飛び出して結果がこれとは。自身の無力さに腹が立つ。
あの良くしてくれた店の店主や、自身の発明品のことを語っていたエンジや、その娘。
そして自分を家族として迎え入れてくれたリア。
「……ごめん、リア」
そんな皆が、助けられないかもしれない。
―――そんな諦めが頭の中にある自分自身に、最も腹が立つ。
「―――諦めないで、フィアー!」
全てを諦めてしまいそうになったその時、リアの声が頭に響く。
『……大丈夫、フィアー!あなたなら出来るから!』
リアの心配が、応援が。
「だって、あんたは」
頭に、心に響き渡る。
「―――私の、弟なんだから!」
「…………ッ!」
龍の口から細い光が発される。おそらくこの後にくる本命の照準用の初期照射だろう。
避けてはいけない。このままでは、王都ごと自分もやられてしまう。それはダメだ、それはボクが、俺が、望んでいる未来ではない。
「うおおぉぉッ!!!!!」
何か防ぐ術を、そう考えた瞬間、「ドラグーン」が前方に躍り出る。
『あの光、一度でも止められれば君はあの龍を仕留められるかい?』
当然だ。いや、出来なくともやらなければならない。
そんな意思をこめ、機体のカメラアイを発光させる。
『了解した。―――君に、私と王都の民全ての命を託す』
―――その瞬間、龍の口から全ての魔力が解放される。
凄まじい太さの光線が二機のマギアメイル、そして王都へと発される。
その前に、白き騎士が立ちはだかり、そして叫んだ。
『我が名、フェルミ・カリブルヌスの名の下に!―――民を守護するッ!』
< 防護障壁:最大展開 >
< 反射術式起動 >
その声と共に、機体を包んでいた障壁は前方へと展開され、その大きさを一気に広げていく。
その大きさたるや、王都の壁を軽々と超え、雲にまで届くほどだ。
その絶対守護の盾が、おびただしい量の魔力を一手に受け止め、龍へと跳ね返す。
―――光の障壁に、ヒビが入る。
しかしそれでもなお、障壁は光線を通すことはない。やがて魔力が無くなったのか、龍から発された光線は徐々にその勢いを無くし、消滅する。
『今だッ!!!!』
「はぁああああッ!!!!」
フェルミの声と共に、フィアーのマギアメイルが障壁を内側から抜け、龍の前に飛び出る。
龍は驚いたような様子で、再びあの暗色のオーロラを展開した。恐らくは魔力を再充填するつもりだろう。
空間に霧散した先ほどの光線の魔力も回収できるとすれば、事実上、無限に先程の光線を発射することも可能かもしれない。
オーロラに包まれ、「ドラグーン」が膝をつく。本体の結界を失ったフェルミは、ついにその魔力を消耗しきり、項垂れる。
―――しかし、フィアーは止まらない。
この身に魔力は存在しない。例えあの不可思議なオーラに当てられようとも、効果はほとんどない。
そう信じて正解だった。
「……坊主、三番、三番の武器を使え!腕を向けるんじゃ!!!!」
苦しげなエンジの声と共に全速力で龍の眼前にまで踏み込み、光線を再充填しようとしている龍の口に向け、機体の右腕を向ける。
「喰らえッ!!!!!!」
刹那、機体の右腕が、炎を噴き上げ龍に向け発射される。その内部には数多の火薬が詰められており、着弾した瞬間爆発する仕掛けだ。
名付けて「
エンジが独学で作り上げた決戦兵装だ。それが龍の口に当たり、その拳が龍の喉に抉りこまれる。
―――龍の頭部が、爆散する。それと共に行き場を失った魔力が魔力爆発を引き起こし、龍の身体の至る所から鮮やかな炎と魔力が放出される。
その勢いでマギアメイルは吹き飛ばされ、かなり離れた地点へと不時着をした。
全身から溢れ出す炎は龍の身体を焼き、そして内部までも焼き尽くす。
体内の宝石にまでその破壊力は波及し、砕ける。
やがてその龍の身体は端から光となり、風に吹かれて消滅していった。
残ったのは辺り一面に散らばるマギアメイルと、戦闘によって地形に残された爪痕だけだ。
―――こうして、ワルキア王国始まって以来の災厄、後に「魔龍戦役」と呼ばれる戦闘は、一人の騎士と、一人の異邦人の手によって決着した。
「水晶界のマギアメイル」
第一章
「水晶の王都」
完
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