第一章12話:災厄 - Disaster -
「…………来る」
フィアーは不意にそう呟き、王都の4つの門の一つ、東門の方角を見つめていた。
その様子を見て、周りの二人は怪訝な顔で、
「来るって、もう魔物は来てるんだよ、早く避難しなきゃ!」
「……そうだぞ坊主、流石にこの状況じゃあ、避難するしか」
エンジがそう言い終わるのを待たずに、フィアーは彼手製のマギアメイルに向かって走る。
とっさのことに、声をかけるのが遅れる。フィアーが走り出すのに数秒遅れて、エンジが叫んだ。
「おい坊主、何を!」
「―――これ、少し貸して貰えない?」
「「はぁ!?」」
二人の驚愕の声が重なる。この少年は一体何を言っているのかと。
その間にも操縦席から昇降用ケーブルが降りてきていて、それを掴むフィアーの姿があった。
「ちょっとフィアー!?それに乗るって、まさか戦いにいくつもりなの!?」
「ちょっと待て坊主!確かにお前さんならそれを動かせるかもしれんが、流石にぶっつけ本番で戦闘は無茶がすぎる!」
当然の声だ。フィアーの身を案じ、二人が叫ぶ。
しかしそんな二人の声を無視して、フィアーはマギアメイルの操縦席に乗り込んだ。
「おい坊主、話を聞け!」
エンジの大声も無視して、フィアーはマギアメイルの起動を始める。
「おじさんの作ったこれなら、多分太刀打ちできる」
「ワシの作ったマギアメイルの性能を買ってくれるのは、
エンジは諭すように言う。
話を聞く限りフィアーは先程の搭乗がマギアメイルに乗った初めての経験らしい。そんな子供が戦場にいったとて、役に立てるのかと。
しかし、そんなフィアーから帰って来た言葉は、エンジ達の予想を遥かに超えるものだった。
「―――多分、騎士団じゃ勝てないから」
◇◇◇
―――戦闘は激化の一途を辿っていた。
赤鳳騎士団が戦闘に参戦して数分、戦線は大きく前進した。
これも騎士同士の連携の賜物だ。味方を守りながら敵を討ち、一気呵成に戦線を押し上げる。そんな騎士団の戦闘スタイルの有効性がそこには如実に現れていた。
―――しかし、それから更に数分、状況は大きく変わった。
撤退していた魔物たちが、第一陣よりも更に大挙して襲い掛かってきたのだ。
しかもその種類、編成は大きく変わっていた。憲兵達をあれほどまでに苦戦させた飛行型の魔物は姿を消し、その代わりに大型、マギアメイルよりも巨大なタイプの魔物が多くなっていたのだ。
硬い装甲と鋭い爪を持つ多種多様な魔物に押され、戦線は再び壁の近くまで押し返されてしまっていた。
『こいつら……デカイのだけで何匹いやがんだ!?』
赤いラインの入った赤鳳騎士団の『
「S-3は一旦後退して!S-4、5は後退の援護を!」
大型の魔物を焼却術式を纏ったハルバードで屠りながら、エルザが叫ぶ。
その瞬間、大型の魔物がエルザの駆る『
「
< 焼却術式:照射 >
操縦席の画面にその表示が出た刹那、機体の掌から魔物に向けて、煌々と輝き燃え盛る焔が撃ち放たれる。
―――魔物の表皮は焼け爛れ、赤熱化し、溶け落ちる。
魔物は一瞬ビクン、と体を震わせると、爆散し、光の粒子となる。
そんな戦闘を片手間で行いながら、エルザは周辺を警戒する。
―――明らかに不自然だ。
巨大な魔物がこれほどまでに大量に確認されることなど、有史以来初めてではなかろうか。
普段であれば、あのような巨大な魔物が一体でも現れれば、今日のように全騎士団が集まり対策会議が行われる。
それがどうだ、今の状況は。
そんな弩級の魔物がまるで、ただの小型魔物の如く大挙して押し寄せている。
しかも、騎士団所属のマギアメイルの増援が現れた途端に、だ。
エルザの脳裏に、「もしかしたら」という考えが浮かぶ。
「こいつら……まさかマギアメイルに対抗するために面子替えを……!?」
魔物に知能があるなど、今まで聞いたことがない。故におよそ、信じられないことだが、今の状況を見ていると不思議とそんな気がしてたのだ。
様々な考察を行いながらも、魔物を一匹ずつ確実に処理していく。
大型の魔物の装甲は厄介ではあるが、焼却術式を用いれば内部からダメージを与えることができる。懐にさえ飛び込んでしまえば一方的に攻撃をすることが可能だ。
そして中型の魔物であれば大型のハルバードを振るう。魔力を載せた斬撃は、集った魔物を纏めて吹き飛ばす。
エルザの活躍は正に一騎当千だ。一の戦力で、数多の魔物を屠っていく。
だがしかし、そんなエルザの活躍とは裏腹に、味方の戦線はどんどん後退していく。
単騎で如何に活躍しようとも、隊員がいる以上、そちらに足並みを揃えて戦闘をしなければ連携は成り立たない。
青龍騎士団のマギアメイルも後退していく中、戦線で敵を殲滅し続けても孤立し、包囲されるだけだ。『
『隊長!蒼龍のマギアメイルがまた一騎やられたとの報告が……!』
急にそんな報告が入る。しかし即座に、別の隊員の怒号が走る。
『そんな報告、こっちには来てねぇぞ!』
『やられたのは白牙から来た増援機だって情報が……』
『正門のほうが劣勢らしいぞ、向こうから増援要請!』
『この状況で行けるわけねぇだろ!?』
そんな報告が飛び交う。
味方が墜とされた、他の門が劣勢、敵が王都に侵入した。
先程からそのような出所のわからない、味方の劣勢を伝える情報ばかりが錯綜している。
辺りはまさに魔物の濁流だ。その情報が真か偽か、確かめることすらままならない。
そんな状況の中、不確かな情報ばかりが飛び交い、味方の士気をいたずらに下げていた。
「このままじゃ……」
味方が損耗していくだけだ、そう言おうとした瞬間、
『隊長!助けてください!敵に囲まれて……』
突如、隊員から救助を求める通信が入った。
まずい。陣形を組んでいた他のマギアメイルが敵に分断され、一人の隊員が孤立してしまっている。
「……ッ!今助けに……!」
しかし、大型の魔物がここぞとばかりに集い、その行く手を阻む。
まるでその動きは、意図的にこちらを分断しようとしているようだ。ならばこの状況も、初めから奴ら魔物に仕組まれたものなのか、
「こいつら……!邪魔だァッ!」
炎を辺りに散らせながら、槍斧を振るい敵を押しのけようとする。
だが倒す度に新たな魔物が襲い来る。何体倒しても道は開けず、もはや味方の騎士がどういう状況にあるかも窺い知れない。
「早く助けに……ッ!」
『ッ……、隊長……俺一人では、打ち負け……!』
隊員の『
しかし、数の暴力には為す術もない。徐々に押され、片腕と槍が弾き飛ばされる。それでも尚戦おうと、腰に装備された直剣を左手に握り魔物に向ける。
『くそ……がァ!!!』
しかし、片腕のマギアメイルでは限界がある。数多襲い来る魔物たちに集られ、端から機体の四肢を食いちぎられる。
噛み砕かれた機体は、とうとう胴体が原型を留めるのみとなってしまった。
『あぁ……死にたく……』
「S-4!!!!」
そんなエルザの叫びも虚しく、部隊員、S-4の操縦席は噛み砕かれる。
そう思われた。
『―――すまない、遅くなった』
その瞬間、目の前に閃光が走る。
エルザはその閃光に視界を奪われ、一瞬だけ目を閉じる。
次に彼女が目を開いた時、あんなにも周りに蔓延っていた魔物たちは一様に紫の光に帰していた。
『えっ……あれ……俺、死んでない?』
胴体だけとなった『
なぜ自分は死んでいないのかと。
エルザが見つめるのは一点だ。
光の根源。先程、周りの魔物を一瞬にして殲滅した者。
―――青龍騎士団団長専用マギアメイル、『
「―――青龍騎士団団長、フェルミ・カリブルヌス。遅ればせながら、助勢に入らせて頂こう」
王都最強の騎士、フェルミ・カリブルヌスだ。
<事前詠唱全承認>
<本体防護術式展開>
そんな表示が操縦席に現れたと共に、機体の全身が光に包まれる。
絶対守護、絶対断絶の魔力の壁。それを展開したまま、フェルミは更に自身の魔力を機体に込める。
<加速術式多重展開>
その瞬間、『
赤鳳騎士団で一、二を争うほどの操縦技術を持つエルザでさえ、その残像と光の軌跡を追うので精一杯だ。
『ッ!健在なマギアメイルは、負傷した機体を連れて後退を!……助かりました、フェルミ団長』
エリザは目の前の状況に困惑しながらも命令を出し、そして助勢の感謝の意を伝える
「何、元はといえばこちらが増援を要請した身だ、むしろここまで劣勢に陥るまで助勢に来られなかったことを謝罪したい」
フェルミはそう、普段と全く変わらない物腰で応答する。
「なにぶん、他の門で手こずってしまってね、自分の騎士団が管轄するこのエリアに来るのが、ここまで遅れることは想定外だった」
他の門……?
エルザは一瞬疑問に思い、そしてすぐに理解する。
『まさか……!?』
「あぁ、東門以外の門に関しては、既に防衛が完了している。観測士からも敵の増援はないとのお墨付きさ」
まさか、全ての門に増援として向い、敵を殲滅しながらこちらに来たというのか。
あまりの規格外さに流石のエルザも困惑を隠せない。
「ただ、東門に関してはどうも靄がかかったように予測がつかないらしくてね、こうして全速力で来たわけなんだけど……それにしても遅すぎたな」
そう話しながらも、『
エルザが辺りを見渡すと、隊員たちの『
一騎は胴体だけの状態で抱えられ、仲間と共に後退していく。
『私も加勢致します!』
そう言うと、『
そして籠手を前に突き出し、
「
炎を発しながら魔物の腹に拳を抉りこむ。内部に拳が届いた瞬間、爆炎が放出され魔物の身体を内部から焼き払う。
『ほう、赤鳳にはとても良い騎士がいるようだ』
魔物をなぎ倒しながら、フェルミが口にする。
そうして二騎のマギアメイルが辺りを制圧し始めた、その瞬間。
―――それは突然に現れた。
先程まで晴れ渡っていた空が突如、暗雲に包まれる。
それは魔物の吐く瘴気にもよく似た物だ。しかしその量、濃度は、魔物のそれを遥かに凌駕していた。
『なにっ!?』
『これは……』
魔物が消滅する時に発される光、それが空間のある一点に集中していく。その光は徐々に姿を形作り、やがてそれは顕現した。
それは巨大な龍、のような姿をしていた。しかしその身体の至るところには目のような部位があり、本能的に恐怖を覚えるような気味の悪い姿だ。
身体の至るところにある目とは別に、身体の各部には巨大な宝石のような物が埋まっており、それが数秒ごとに怪しげな光を放っていた。
そしてなにより驚くべきはその大きさだ。壁を有に超えるほどの超弩級のサイズ。
およそ百メートルほどといったところか。それは正に動く城塞を思わせる怪物だった。
『なによ、これ……』
『―――気をつけて、エルザ隊長。なにかを仕掛けてくるぞ』
その瞬間、超弩級の龍の身体の各部に埋め込まれた宝玉状の物体から、光が発される。
否、それはただの光ではない。それは結界の如く、ドーム状の巨大なオーラだ。
黒とも紫とも取れない不穏な色を称えた光のドーム。
それは王都を数秒で覆い尽くし、辺りは昼間とは思えないほどに薄暗くなっていた。
「何、今の……」
「ッ!?」
エルザは真っ先に異変に気付いた。
―――『
何故動かないのかと、操縦桿に魔力を込めるよう意識をする。
しかし、機体が動かないどころか、自分の掌から魔力というものを一切感じることができなくなってしまっていた。
周りを見ると、他のマギアメイルも全機が機能を停止していることが伺える。
「なん……で……ッ!?」
唐突に頭痛と倦怠感が襲ってくる。それはまるで、魔力切れによく似た症状だ。
「まさか……アイツが……!?」
―――そして異形の龍は、地べたに這いずる騎士を眼下に据えながら、あざ笑うように咆哮を戦場に響かせた。
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