第一章10話:防戦 - defensive Battle -
―――突如として黒く濁った水晶に、人々は誰もが目を奪われていた。
王都、ワルキアの民にとって信仰の対象とされてきた御神体とも言うべき水晶。そこに異変があったというのだから無理もない。
言葉もなく水晶を見つめ続けていた人々が、次第に事の重大さを飲み込み、ざわつき始める。
―――その瞬間、王都全域にけたたましく警報が鳴り響いた。
「おいおい……これって……!?」
それは魔獣の出現を報せる鐘の音だ。それも市民の避難を要する警戒レベル高の物。
「魔物が来たんだ……」
「王都の近くに魔物が出るなんて聞いたことないぞ!?」
市民達は慌てふためき、あたりは混乱の様相を呈していた。
人を押しのけてでも逃げようとする者まで居た。ただうずくまり、震えている者も居る。
「―――皆さん落ち着いて!慌てずに、避難所への避難をお願いします!」
そんな市民達の声を大きく遮ったのはエンジの娘、エルザだった。
鐘の音を聞いた瞬間、彼女はとっさに市民達の前に躍り出て、避難誘導を始めた。
その姿は先程まで父と喧嘩をしていた娘とは違う、国と市民を守る、騎士としての顔だ。
毅然とした態度で人々をまとめ、列になって避難をさせる。
しばらくすると、彼女の部下らしき騎士たちが数人現れ、避難誘導を引き継ぐ。そして少女は、走って外壁のほうへと向かっていった。
「……流石に、この状況でコイツを使えるなんて思うほど、ワシも耄碌しちゃいないか」
エンジは自身の造った無銘のマギアメイルを見つめながら、そうこぼす。
その表情はいつもの彼とは違う、神妙なものだ。自身が作った物がいざ使い物になるかどうか。そんなことは、製作者の彼が一番解っていた。
魔力も使えない、操縦方式も特殊で騎士にだって扱えるか怪しいこの鎧に、誰が命を預けられるものか。
―――いつの間にか、あたりは城壁近くからの大量の避難民でいっぱいになっていた。
空に一瞬、大きな鳥が見えた気がする。その鳥は壁から放たれた光に貫かれると、その身体を紫の粒子に帰す。
―――鳥型の、魔物だ。
「どうなってるのよこれ……フィアー、とにかく避難しましょ!」
リアはそう言いながら、フィアーの手を引き、避難しようとする。
しかしフィアーは一点の方向を見つめたままで、その場を微動だにしようとしなかった。
「フィアー?早く!」
そう繰り返すリアの言葉を無視しながら、フィアーはふと呟く。
「……来る」
◇◇◇
―――その頃ワルキア王都南部、王都正門では、地獄のような光景が広がっていた。
塞がれた城壁に向かって、おびただしい量の魔物が群がり、今にも壁を破壊せんと攻撃を加え続けている。
その魔物の群れに向かい、下級兵士達は恐れながらも魔銃で迎撃していた。壁の側面から放たれた魔力弾は、直線を描くように宙を飛び魔物の胴を貫通する。
効いていない訳ではない。それどころか、当たれば魔物はひとたまりもなく絶命するか、退却を始めるほどの充分過ぎるほどの威力を持っているのだ。
―――しかしあまりにも数が多すぎる。退却しようとする魔物も、また他の魔物の群れに押し出され、再び城壁へと向かってくる。
そんな負の連鎖が延々と繰り返される。当然一向に魔物の勢いは止まらず、兵士たちの士気は下がるばかりだ。
そして稀に飛来する鳥形の
「クソ、烏野郎がぁ!」
―――飛来する魔物に兵士の一人が弾丸を発射する。
しかし恐怖で及び腰になり、まともに標準すら定まらない銃撃を、魔物は余裕とばかりにかわす。
そして、一口。嘴が開き、中の牙が怪しく煌めいた。
「あ……ァ!?」
―――兵士の腕が、喰われた。
しかし即座に近くにいた兵士が銃撃をし、魔物は消滅する。
魔物に噛み千切られていた腕は、魔物の消滅と共に壁の下、魔物が犇めく先へと落下していく。
「ァ……!お、れの……俺の腕、が」
その本来の持ち主、兵士の肩口の断面からは大量の血が溢れ出し、地面を濡らす。
そしてその匂いを嗅ぎつけた鳥型魔物たちは、格好の餌とばかりに隻腕の兵士へと襲いかかろうとする。
「救護班!早く止血をッ!」
そう言いながら兵士たちは射撃を続けている。
次々と兵士が倒れ、人員が削られていく。
それに対して、都市への侵攻こそ防いではいるが魔物の数は増えるばかり。
もはや兵士達の士気はドン底だ。
「おい、騎士は!
この箇所の指揮官である兵士長が、ヒステリックに叫ぶ。
「―――本部より通信術受信!赤鳳騎士団第一陣、出撃しますッ!」
耳あてをした兵士、通信術士が伝達する。
「ようやくか!」
その瞬間、城壁の表面に亀裂が走る。
魔物の攻撃による物ではない。その亀裂は規則的に広がり、その大きさを広げていく。
全体に線が入ったように魔力が広がった瞬間、壁の表面が亀裂にそって開き始める。
―――その中に並ぶのは、無数のマギアメイルだ。
分厚い壁の内部は空洞のようになっており、そこが格納庫の役割を果たしているのだ。
『赤鳳騎士団、全騎出撃!』
壁の内部から、数十騎の防衛用
肩には紅いライン―――赤鳳騎士団所属の所属の証が塗られ、その手には四門の砲門がついた、巨大な槍が握られている。
「格納城壁」と呼ばれたその格納庫から出撃した『
「騎士団の
壁の上で、兵士長が騎士団への不満を吠えていた。その足はひどく震えており、自分の力で逃げることもできないらしい。
―――そんな文句を知ってか知らずか、中隊規模の魔動鎧は粛々と魔物たちを殲滅していく。
その殲滅速度はおよそ兵士のそれとは比べ物にならない。槍を一凪ぎしただけで、小型の魔物達は跡形もなく消し飛ばされる。
空から襲い来る魔物も、その槍から撃ち出される魔弾の前になすすべもなく撃ち落とされていた。
大型の魔物が一騎の「ナイト」に迫る。しかし「ナイト」は圧縮した魔力を背部から緊急放出、その攻撃をなんなく避け、魔物の股下をくぐり抜け離脱。周囲に指示を伝える。
『全騎、包囲陣形ッ!』
すると周りの『
ひとしきり魔物達が固まったところで、隊長機から指示が発される。
『全力槍射、始めッ!』
その号令と共に、無数の大型魔力弾が一斉に魔物の群れに向けて発される。
魔力を超圧縮した高威力の魔弾だ。それが数十騎のマギアメイルから魔物に向けて一斉に放たれる。
その一つ一つが、魔物の表皮に大穴を空けていく。あんなにも大量にいた魔物の群れは、一様に灰塵に帰していった。
残るのは消え去った魔物の残滓、紫の光だけだ。
残存する魔物たちも態勢を立て直すためか、徐々に後退していく。壁の周りに残る魔物はあと僅かだ。まるで殿のように、他の魔物の後退を支えていた。
―――魔物風情に、そんな頭脳があるのか?
そんなことを考えながらも、第一陣の指揮官が再び指示を飛ばす。
『全騎、防衛を継続!第二陣が来るまで持ちこたえるぞッ!』
―――こうして、ワルキア王都南部、正門での戦闘は、赤鳳騎士団のマギアメイルの活躍により、一時の落ち着きを見せることとなった。
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