第一章6話:家路 - The road home -
―――結局、騎士団詰所での取り調べは、2時間にも及んだ。
二人が詰所から開放された頃には、既に日は大分落ちていた。
空は茜色に染まり、辺りは既に暗くなってきている。
露店は徐々に店じまいを始め、それと入れ替わるように各地の酒場が戸を開ける。
昼間の賑わいとはまた違った活気が、そこにはあった。
「……はぁ、随分長引いたわね」
リアはため息をつく。
―――結局、フィアーの住民IDは問題なく発行される運びとなった。
当然リアの弟、フィアー・アーチェリーとしての名義である。
これによりフィアーは、王国の臣民としてそれ相応の権利を獲得することとなった。
また、リアの愛機『
跳躍術式用サブユニットが全損、胴体ユニットに損害と、満身創痍の状態のため、修理費用にはかなりの額が請求された。
当然費用はリア持ち、となるはずだったが、軍からの依頼中の事故ということで、それ相応の手当金が出ることになった。
当然、それを差し引いても修理額は残る。その分は自腹を切ることになるが、今ある貯蓄で賄える量だ。
だがあの積荷、コンテナに積み込んだ円柱の破片は、魔物に弾き飛ばされた際に紛失してしまっていたらしい。
発見された段階で、「デリバリーマン」は何も積んでいなかったというのだ。
―――残念だ。あれがあったならば、あるいは修理額など目ではない大金が手に入ったかもしれないのに。
そんな取らぬ狸の皮算用を思いながら、リアは肩を落とす。
そんな落ち込んだ様子を見て、フィアーが口を開く。
「ところで、今夜ってボクはどうしたらいいんだろう?」
「……当然、うちに泊まることにはなるんだろうけど……」
リアの家は広いが、一部屋しかない。
当然同じ部屋に住むことになる。いくら記憶喪失の少年とはいえ、異性と同じ屋根の下に住むというのは中々に勇気がいる。
しかして、どこかの宿屋に泊めようにも、『
「しょうがない、一旦うちに行こっか」
「―――分かったよ、お姉ちゃん」
―――ナチュラルにそんな呼び方をしてくるフィアーへの突っ込みは諦めた。
いや、むしろ姉弟としてのリアリティを出すにはこのくらいが丁度いいのかもしれないが。
そんなことを考えながら、二人は歩きだした。
―――リアの家への道すがら、様々な場所を通り過ぎる。
まず最初に通り過ぎたのは王都の商業区域だ。
主に食品、生活必需品を売る店などが立ち並ぶ。既に夕暮れで、どこも片付けを初めていた。
それにあわせて、道沿いの露店の一部も撤収作業を始める。
露店は解体、作業用マギアメイルによって片付けられ、次の日の朝まで倉庫にしまわれるらしい。
そうすると立ち並ぶ露店の奥にあった建物が看板を掲げ、居酒屋としての営業を開始し始める。
これが、ワルキア王都、商店街のいつもの光景であった。
そこを過ぎると今度は工業区域だ。
マギアメイルの様々な部品をつくる工場からガレージ、そして
―――
詠唱と魔方陣の敷設を事前に行い、術式の効能を圧縮することで、様々な特殊術式をユニットに授ける。
『
ユニットの製法は
その技術競争は激しく、工教会は常に新たな術式の使い方を日々模索し、他の工教会との差別化を図ろうと必死である。
それを眺めながら歩いていると、フィアーは路地にあった一つのガレージに目がいく。
―――そこでは一人の壮年男性が、赤と黒を基調とした制服を来た赤髪の少女と言い合いをしていた。
真紅の長い髪をポニーテールにしてまとめている。
よく見ると、少女の服装は色こそ違うものの、先ほどの騎士団の面々のものと非常に酷似していた。
青龍騎士団とは別の騎士団の者だろうか。フィアーはそんなことを考えながらつい、立ち聞きを続けた。
「だからァ!ワシが作った、この新型マギアメイルが天下をだなァ!」
壮年男性が唾を飛ばしながら怒鳴る。
「取れるわけ無いでしょーが!?そもそもこんなの、マギアメイルとすら呼べないわよ!」
「なんじゃとエルザァ!?こんの親不孝もん!親が作ったもんになんて言い草をォ!」
「機体に術式すら施してないマギアメイルなんてもうただの鎧よ!軍がんなもん使うわけないでしょ!」
そんな暴言の応酬が繰り返される。どうやら親子喧嘩らしい。
―――その二人の奥には、およそ人形を留めていない、重装甲のマギアメイルらしき兵器が膝立ちで格納されていた。
その外見を一言で表すなら鉄塊。様々な鉄板をただ貼り付けて積層させたような不格好な外装が目につく。
「……確かに、こいつはまだ
「うっさい!操縦術式を通してないんじゃ、まともに動かせるわけないじゃない!」
そんな様子をぼーっと見ていたフィアーはふと我に帰る。
そうだ、リアの家にいく途中だった。
前方を見ると、かなり離れた地点でリアが手を振りながら待っていた。
「フィアー?早く来なさーい!」
遠くでリアが呼ぶ。
そのメイルのことが気になりながら、フィアーはリアの元に走った。
◇◇◇
遥か高く、王城の頂上で水晶が断続的に輝く。
そこはワルキア王国にとって、信仰上もっとも重要な場所であった。
―――水晶が秘める神秘によって、世界に住む者は皆、魔を討ち滅ぼす力を得る。
ワルキア王国に伝わる伝承である。
他国からすれば、自身に備わってる力が他国の宝によるものだというのは当然信じられない眉唾話だろう。
しかしワルキアの国民たちは、皆この伝承を信じ、語り継いできた。
世界の全ての力が、自らの国によって維持されているなどという思想。
それはともすれば傲慢な考え方だ。
そしてその伝承によって、ワルキアの国民が他国民に比べ、自国への愛が深くなっていることも事実である。
その、巨大水晶の目の前に、一人の青年が立っていた。
ローブを被っており、その顔をうかがい知ることはできない。
その男の右手には、紫色に輝く宝石が付けられた指輪が付けられていた。
「―――この大きさ、
男はそう口にする。
その瞬間、水晶の間に通じる扉が開かれた。
「失礼します、どなたか―――」
入ってきたのは城のメイドだ。物音を聞き、誰かがいるのかと確認をしにきたのだろう。
「あれ?誰かの声が聞こえたのに……」
その瞬間、男の身体は光の粒子となって消滅していた。
そこにいた痕跡すら、一つも残さずに。
――――――王都のシンボル、大水晶に異変が生じたのは、その次の朝だった。
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