第4話 ほっとけない
凛がバイトを始めて1週間くらい経ったとある土曜日、NASKで皿洗いをしていると、客席の方から男の人の怒鳴り声が聞こえて来た。すると、バイトの先輩が呟いた。
「またか。」
「またかってよくあるんですか?」
「ああ、川瀬さんは初めて聞くよね。ほら、あそこのサングラスにマスクのお客さん2人いるでしょ。よく来るんだけど、いつも男の人が怒鳴ってるの。」
「カップルですかね?」
「どうなんだろね。あの格好結構目立つからねー。僕が初めて見たのは6ヶ月前だったかな。最初の頃はすごく仲よさそうだったんだよ。でも、ここ2ヶ月位はずっとあんな感じ。店の雰囲気悪くなるからやめてほしいんだけどね。」
確かに2人ともあの格好は目立つ。変装はもっと上手にしないと。思わず探偵の娘が出て来る凛。
今日の凛のバイトは午前で終わったので、最寄駅まで買い物に出かけた。お店が集合する所へ行く途中、路上ライブをやっていた。凛は少し聴いていくことにした。そこで、凛の位置から少し前に、NASKで見た怪しい格好の女の人がいた。男の人はいないようだ。そして、路上の歌手がバラードを歌い始めると、急にその場から立ち去ろうとした。だが、急に移動したものだから、自転車とぶつかってしまい、彼女は転倒した。自転車の人は彼女に怒鳴って去っていった。凛は彼女の元へと向かった。
「大丈夫ですか?」
凛がそうたずねると、彼女は転倒した状態で顔だけ凛の方へ向けた。
「大丈夫です。」
だが、彼女の頰を涙がつたっている。それを見た凛は、彼女に聞こうとする。
「でも、「大丈夫ですから。」」
彼女は凛の声に被せてそう言った。もう凛は何も言わなかった。‘彼女が二回も大丈夫と言っているんだ。だから私の知ったことじゃない。’そう心に言い聞かせて。そしてそのまま買い物へ向かおうとした凛の後ろで、苦しそうな声が聞こえた。凛の足が止まる。さっきの女性が立とうとしているのだが、足を捻ってしまい立てない。凛はまた進みだすが、立ち止まり、そして彼女の元へ戻った。
「あなたは大丈夫でも、私が大丈夫じゃないです。こんな状態の人を放っていったらずっと気になってしまうので。他の事に集中できなくなります。歩けないんですよね?だったらせめて座れるところまで移動するのは手伝わせてください。」
「でも、「遠慮とかしないでくださいね。私の自己満足のためにするんですから。」」
今度は凛が彼女の言葉に被せた。そして、彼女が先に折れた。
「じゃあ、お言葉に甘えて。お願いします。」
「じゃあ、はい。乗ってください。」
「え?」
「え、じゃないですよ。歩けないんだったらおんぶした方がはやいです。」
「でも私重いですし。」
「いいから、はやく。ずっと道の上で座ってるんですか?」
「ありがとうございます。」
こうして凛は彼女をおんぶして駅の座れるところまで移動した。
「ありがとうございました。」
「いえ。知り合いに連絡して迎に来てもらっては?」
「そうします。」
そう言って彼女はスマホを取り出したが、少し考えて、鞄に戻した。
「もう少しここにいます。」
「そうですか。では、私はこれで。」
「あ、あの。連絡先を教えて下さい。お礼がしたいのですが。」
「結構です。私がやりたくてやった事ですから。」
「でも。」
「本当に大丈夫です。」
「そうですか。本当にありがとうございました。」
「では。」
凛は数歩歩いて立ち止まり、振り返った。
「あのー。変装するならもっと自然にした方がいいですよ。余計目立ってます。彼氏さんもですけど。」
それだけ言って凛は買い物に戻った。
一方サングラスの女性は1人でつぶやいていた。
「なんで敦のことを?私の正体バレてたのかな。」
10分後、彼女は電話をかけた。
『もしもし。迎えに来て。場所はー』
暫くして黒いバンが来た。中から綺麗な女性が出て来た。
「由希子どうしたの?なんでこんなところに?敦くんは?」
「色々あって。足、捻っちゃった。」
「病院に行きましょう。明後日の収録大丈夫そう?」
「うん。」
彼女は笑顔で答えた。
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