第32話

 慣れない和式の厠を出るとオトムシメはもういなかった。一人で戻れということか。

 しまった。上の空で歩いていたせいで帰り道がわからない。どっちから来たんだろう。おれはとりあえずそのまま廊下を戻ったが、苔むした一抱えもある岩がゴロゴロと無造作に転がっている中庭に突き当たったところで左右に分かれている。おれはどうやら完全に迷子になったようだ。神様の国に来た上、広い館で迷子。これ以上訳の分からない状況があるだろうか。おれは早いとこ神様を見つけて部屋に戻してもらおうと思いとりあえず左に曲がることにした。

 中庭を囲む廊下は開放的で日差しは心地よかった。心なしか太陽の光を清らかに感じる。おれはしばらく中庭沿いに廊下を進んだが、どの部屋も板戸で閉じられており、神様の姿は見えない。得体の知れない不安がおれの心臓をわしづかみにする。

 そのうちに別棟と思しき建物に向かって廊下は伸びていた。するとそちらの建物からかすかに声が聞こえてきた。

 神様!文字通り神様に巡り会える!

 おれは足早にそちらへ向かった。ところが、次第にはっきりと聞こえてきた声は、むしろうめき声に近いようだった。おれは驚いて歩みをゆるめた。声は建物の最初の部屋から聞こえてくるようだ。引き戸がほんの少し開いている。おれはそうっと隙間に近づき、耳をそばだてた。

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