第40話 夏休み中の部活

 僕らは、朝の9時に美術室に集合することにした。大川部長の受けている夏期講習が午前10時から始まるので、それに合わせての集合時間だ。


 夏休みだと、つい惰眠を貪る生活に慣れ親しんでしまって、遊び以外で早起きするのがメチャ辛かった。


「晶くん、おっそーい!」


 20分も遅刻してゆかりちゃんに怒られた。すでに大川部長もいた。


「おはようございます、大川部長。遅れてすみません……」


「おはよう、山崎くん。気にしなくていいよ。取り決められた部活の時間じゃないんだから。――それにしても、なんか2人とも真っ黒に日焼けして、一緒に遊びに行ったのかな? その日焼け具合からすると、1回だけってことじゃないみたいだね? おふたりさん、こんがり焼けた肌のようになかなかお熱いようで――」


 僕らの日焼けを見て、大川部長がからかってきた。


「そ、そ、そんなことより、受験勉強のほうは大丈夫なんですか? 大学の他に部長が受けるデザイン学校は、普通の美術大学並に難しいっていう話しじゃないですか!」


 動揺を隠しきれずに日焼けした顔をさらに真っ赤にしたゆかりちゃんが、大川部長の話しを遮るようにして質問した。


「こればっかりは、なんともねぇ…… 勉強自体はがんばってるけど、実技試験もあるからねぇ。だから勉強の合間に絵を描くのも、僕にとっては受験勉強の一環かもしれないね」


 のんびりした話し方のせいか、大川部長からは受験生が持つプレッシャーはまったく感じられなかった。ある意味、部長は大物なのかもしれない。


「実際、どんな実技試験があるんですか?」


 僕はデザイン学校の存在は知っているけど、専門学校はお金を払えばみんな入れると思っていたので、美大並の難しい試験があるとは思ってもみなかった。


「静物のデッサンに、色彩構成かな。基本的なものだから、個人的にはそう難しくはないと思うけどね」


「へぇ、そうなんですか……」


 僕は美術のことはサッパリだったし、部長自身から受験する緊迫感が伝わってこないのでどのくらいのレベルの学校なのかは全然わからなかった。言うほど大したことないのかなぁって思っていると、


「何言ってるんですか! デザイン学校のホームページを見たら、科によっては試験倍率4.7倍もあるんですよ! 部長みたいにのほほーんとしてたら、絶対に落ちますよ!」


 さすがに美術経験者のゆかりちゃんだけはわかっているらしく、実技試験の傾向と対策についてあれこれと部長に意見していた。


 夏期講習の開始時間になって大川部長は教室に戻り、僕らは9月に行われる体育祭のポスターを部長から頼まれて描くことになった。テーマをもらって描くほうが僕としてはあれこれ悩まなくていいけど、僕みたいな下手っぴが学校行事のポスターを描いてもいいのかとちょっと不安になった。


 それでも描き始めると集中しだして、あっという間に時間が過ぎていった。気づいた時にはもうお昼の時間になっていて、大川部長が午前の講習を終えて戻ってきた。


 お昼は、いつもの近所のパン屋にお惣菜パンを一緒に買いに行って美術室で食べた。


「さすがに中学から美術部っていうだけあった、青山さんは上手だねぇ。それに描くのも速い」


 午前中に描いた体育祭のポスター2枚を見ながら、大川部長が感心していた。


 去年の体育祭の写真を参考にして描いたポスターだけど、ゆかりちゃんは、詰め襟を着た応援団が応援している姿と、リレーで競り合って最後のゴールテープを切る選手のアップの姿を水彩画で描いていた。


「キッチリと描いてないところが、逆に躍動感が出ていていいねぇ。これなら、今月中までに頼まれていたポスターはすぐに描き終えそうだ。助かったよ、僕は描くのが遅いから夏休み中に終わるか心配だったんだ。最初から青山さんたちに頼めばよかったよ」


「そうだったんですか。お役に立ててよかったです。これくらいのことでしたら、どんどんわたしたちに押し付けちゃってください。先輩は受験生で忙しい身なんですから」


 胸を張って言うゆかりちゃんだけど、僕はまだ1枚も描けてない。というか、今日で描き終わるんだろうかと心配してしまう。


 結局、午後の講習が終わって大川部長が戻ってくるまでに、ゆかりちゃんはさらに3枚ポスターを描いて、僕は去年の体育祭の全体写真を見ながらなんとか1枚仕上げた。


「じゃ、これを乾かしてから仕上げようか」


 ポスターをしっかりとドライヤーで乾燥させてから、大川部長が手慣れた様子でスキャナーを使って絵のデータをパソコンに取り込んでいく。


 データの取り込みが終わると、大川部長は、パソコン上で絵に合わせたフォントを使って体育祭の文字と日時を次々と加えていった。


「よし、完了。―ちょっと試しに一枚ずつ印刷してみようか」


 そう言って、大川部長がプリンターに学校で使う机ほどもあるA1の印画紙をセットしていると、


 ガチャッ!


 と、いきなり美術室の重い鉄の扉が開き、一人の女子生徒が入ってきた。

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