第24話 部活

 ゆかりちゃんは、迷うことなく校舎の中を突き進む。


 同じ新入生なのに、目的の場所に行きがてら、『ここが音楽室で反対側が視聴覚室、その上の階が放送室で――』と校内を案内してくれて、まるで自分の家のようにやたらと詳しい。この学校に中学校からの知り合いがいると言っていたので、もしかしたら個人的に何度か高校に訪れているのかもしれない。


「到着!!」


 ゆかりちゃんに連れてこられたのは、B棟4階の東側突き当たりの教室だった。


 教室のドアの上に張りつけられているプレートを見ると、『美術室』と書かれてあった。


「ゆかりちゃん、おすすめする部活ってもしかして美術部のこと?」


 僕が尋ねると、ゆかりちゃんは親指をビシッと立てて言った。


「大正解! わたし、中学の時も美術部だったのよ。その時、部活で一緒だった仲の良い先輩がこの学校に入学して、その先輩に誘われてこの学校を受験したってわけ」


 ゆかりちゃんは、ドアを軽く3回ノックしてから中に入った。僕も金魚のフンのように続いて中に入る。


「失礼しまーす!」


 ゆかりちゃんの元気の良い声が美術室に響いた。


 美術室は僕らの教室とほぼ同じ広さだった。1つしかない出入り口に入ると、ドアのすぐ右横に黒板が設置されている。黒板の前には、教壇と6人がゆったり使えそうな作業台のような机が、2台ずつ計8台が2列になって置かれていた。


 机の後方には広くスペースが取られていて、その広いスペースに真ん中に絵を立てかける三脚みたいな物(あとでイーゼルだと教えられた)がポツンと1つだけあった。


 イーゼルにはキャンバスが置かれていて、女子生徒がキャンバスの前に座り絵を書いていた。その横では眼鏡をかけた男子生徒が、女子生徒の絵を熱心に眺めている。


「千里先輩! 約束通りやってきました!」


 そう言って女子生徒に向かって駆け寄るゆかりちゃん。その姿がご主人様に向かって尻尾を振りながら走る子犬のようでなんか可笑しかった。ゆかりちゃんの頭のロウソクも、興奮して真っ黄色の炎を立ち上らせている。


「よくいらっしゃいましたね、ゆかりさん。待ってましたよ」


 絵を書いていた女子生徒が手を休め、ゆっくり立ち上がってゆかりちゃんを笑顔で迎えた。


「千里先輩、お久しぶりです。また一緒に部活ができるなんて本当に嬉しいです」


「わたしも嬉しいですよ。気の置けない仲間が増えたのですから。――それはそうと、ゆかりさん、そちらの方はどなたですか? よろしければ紹介していただけません?」


 ボケーッと2人のやり取りを眺めていた僕は、いきなり話しを向けられたのでちょっと焦ってしまった。焦ったというより、僕に向けられた女子生徒の笑顔にドキリとしてしまったと言ったほうがいいかもしれない。


 ゆかりちゃんも美少女だけど、この女子生徒も負けず劣らずの美少女だ。ゆかりちゃんが真夏に咲く向日葵だとしたら、彼女は王宮の庭園に咲く気品漂う薔薇のようだ。それも希少価値の高い青い薔薇だ。


 特に驚かされたのは、彼女の頭のロウソクの色だ。今まで何千人もロウソクを見てきたけど、1回しか見たことのない光り輝くロウソクを彼女が持っていることだ。――それもピカピカに磨かれた銀色のロウソク。


 このロウソクを初めて見たのが中1の時。同級生の佐々木のロウソクがピカピカに光っていた。その佐々木もサッカーで都内の強豪校へ推薦で入学したし、すでにプロサッカーのクラブチームからスカウトがやって来ているという話しだ。将来はプロのサッカー選手になることが確約されてるそうだ。


 才能が抜きん出てる人に見られるのがこの光り輝くロウソクの特徴みたいだけど、この女子生徒の輝き方は佐々木よりも数段上。見ているのが辛いくらい眩しい。


 僕が興味深げで女子生徒のロウソクを見続けていたら、


「嫌ねぇ、晶くんったら。千里先輩の顔を見てボーッとするなんて。――千里先輩、彼はわたしの幼馴染みで山崎晶くん。彼も美術部に入部します」


 と、ゆかりちゃんは勝手に僕を美術部員にしてしまった。


「嬉しいわ、男子の入部希望者は特に大歓迎ですよ。――わたしは、3年の朝霧千里といいます」


 そう言って、朝霧先輩は僕に手を差し出した。


 女性に握手を求められるなんて初めての経験だったので、細っそりした彼女の白い手を目の前にしてちょっとドギマギしたけど、女性を意識していると思われるのも恥ずかしかったので、僕はさりげなく朝霧先輩の手を取って握手を交わした。


「千里先輩はすごいんだよ! 小学生の時から絵画コンクールに何度も入賞して、海外でも最優秀賞を受賞してるんだから! ――今は、すでにプロの画家として個展まで出してるんだからね!」


 ゆかりちゃんが、えへん! と胸を張って自分のことのように自慢するものだから、それを見て朝霧先輩も苦笑するしかないようだ。


「へぇ、それは凄いな! でも朝霧先輩、ゆかりちゃん……いや青山さんが勝手に言ってるだけで、僕はまだ入部するとは……」


 『僕はまだ入部すると決めたわけではなくて、一応見学するだけです』と言おうと思ったら、突然、横合いから僕の手を掴まれた。


「君、入部希望者なんだって! ああ、男子が入部してくれるなんて、こんな嬉しいことはないよ! 今日は、なんて良い日なんだ! ――僕は、3年の大川陽平。一応、美術部の部長をやってます。本当なら朝霧さんが部長を務めるべきなんだけど、ほら、彼女はプロの画家だから雑務で作品制作に支障をきたすといけないので、代わりに僕が部長を代行しているというわけ。もう名ばかりの部長だから、うちの女子部員からの扱いが酷くて酷くて、部長という名のパシリとしか言い様がないよ。でも、君が入部してくれるなら、僕の負担もグーンと少なくなって助かるよ。ありがとう!」


 大川部長は、握った僕の手をブンブン振りながら歓迎してくれたけど、単に自分の代わりにパシリになる人物が欲しかったのかもしれない。


「あ…… は、はい。よろしくお願いします……」


 しかし、どんな理由にせよ歓迎してくれていることには違いなく、満面の笑みを持って喜ぶ部長に対して『入部しません』とハッキリ言う勇気は僕にはなかった。

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