センチ・リズム

玖柳龍華

No.01

その広告を見たのは、動画サイトにて有名配信者の動画を見ようとしたときだ。いつも通り動画再生前に挟まれた広告を飛ばそうと、5秒待機していた。

その5秒で、俺は興味を持ち、1分近くあったその広告を気づけば最後まで見ていた。


その後始まった動画を流しながら、俺は別のブラウザを開き、さっき見た広告を調べていた。複数ヒットした中で公式サイトを見つけたので、俺はそこを開いた。


まだ試作品の段階のものをフリーソフトとして配布するらしい。

フリーということは無料ということのはず。

まだろくすっぽ使いこなせていないPCなので、容量の方もなんら問題ない。


俺は配信日をそっと近くにおいていた紙切れに書いた。


音声合成。

デスクトップミュージック。

ボーカル音源。


それらは前々からあったものだし、俺もずっと興味を持っていた。

ただ値も張るし、PC知識もろくすっぽなく、機械音痴で、更に言えば趣味の一環でしかないということで距離を置いていた。音楽の勉強をしたわけでもないので、専門用語を言われても分らない。

けれど、ずっと気にはしていた。


だから、配信日当日。

俺はそのソフトをダウンロードした。


フリーということで値段は気にする必要は無い。

『初心者にも分りやすい』というのはどこにでもある売り言葉だけど、それに欺されてみることにした。フリーだったからというのも簡易に欺された理由の一つだと思う。嘘だとしても、フリーだからと思えば損ではない。


【ダウンロードを開始します】


PCにそのメッセージが表示され、パーセンテージと残り時間が変動していく。

少しずつ増えていくパーセント。

それに応じて減っていく残量時間。


見ていたって速くなるはずがないのに、俺はずっと動く数字を見ていた。


78%ダウンロード済み。


残り5分。


83%ダウンロード済み。


残り4分。


87%ダウンロード済み。


残り3分。


92%ダウンロード済み。


残り2分。


98%ダウンロード済み。


残り1分。


99%ダウンロード済み。


残り0分。


【ダウンロードが完了しました】


【開く】というコマンドが出たけど、俺はそれを押さずにその小さなウインドを閉じた。

デスクトップを見ると、そこにはさっきまでなかったアイコンが確かにある。その下には確かに俺がダウンロードしたソフト名が表示されている。


PCが生まれ変わった気さえした。


そのアイコンをクリックすれば、新しいセカイが始まる。

アイコンにカーソルをのせて、人差し指に力を入れようとした――瞬間。


ドアをノックされた。

ドアの向こうから「お昼出来たわよ、食べましょ」という母の声。

俺は「すぐ行く」と答えて、椅子から立ち上がった。


昼を食べた後、絶対に開ける。

俺はカーソルをアイコンに重ねたまま部屋を出た。

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