私のマキナ
猿川西瓜
第1話 マキナ
私の――私だけのデウス・エクス・マキナ。私の見ている世界を導いてくれる。
一本だけの枯れ木。たくさんの朽ちたロープがぶら下がっている。
何の木だか、わからない。
マキナが言えばその名の木になる。
マキナはその木に何も名付けないからわからない。
陽が、私の肌を焼く。日焼けはしない。赤く腫れて、水膨れして、少し膿んで、また白く戻る。
私は、私を産んだ、庶民になった父母を憎んでいた。
私をこのような体に産んだことを恨んだし、庶民であることが解せなかった。
でも、今はマキナとともにいる。
私はマキナとつながったまま、二人で肩を並べて、枯れ木の根元に座っていた。
私達は千年程前に滅んだ王宮の庭の片隅にいて、上空には時折、大きな鳥の翼を持った生物が自由に舞っていた。王宮内の、蓮が群生する池では、永久機関のセキュリティロボが、ボトンボトンと不規則に音をたてて、未だ侵入者から王を守っている。浮き輪のような形をした苔だらけのセキュリティは、アメンボのように不規則に池を移動している。侵入者を認識したり攻撃する機能がまだ作動するのかどうかはわからない。おそらく、眼と武器にあたる部分は幾重にも水草と水苔に覆われ重く塞がれている。
私はマキナとどんな風につながっている? わからなかった。
ただ、マキナと夢を楽しんでいた。マキナと夢を見ているということは、きっと心がつながっているに違いなかった。
「いつもいつも、たいへんですね」
マキナは私の頭を撫でてくれた。
「たいへんなの。いつもいつも、私は忙しくて、することがたくさんあって、どうしようもないの。仕事。たいへんなの」
「でも、あなたは――をしなければならない。すべての――のために」
マキナはいつも同じことを言った。私はマキナがロボットであるのか、神様なのか、人間なのかわからない。ただ、マキナは、お風呂に入らなくても、何も食べなくてもよかった。
「――のために? じゃあ夢を見ようよ」
私は、私だけが満たされていればよかった。
誰にも迷惑をかけないし、そもそも「誰」がいない……。
私はマキナの髪を撫でた。陽に照らされて、暖かかった。手の甲が痛くなるけれども、マキナがますます綺麗になる夏の始まりの一番好きな季節に、どうして――のためにとか考えないといけないのか。それよりも、私はマキナとの「今」、この時間を大切に守り続けたい……。
マキナは聖母という言葉が陳腐に聞こえるほど、綺麗な存在だった。マキナの与えてくれる夢を、つながりの中で感じられたらいい。マキナと一緒に暮らすことの出来る最低限のお金さえあればいい。
こうやって二人でずっと座り続けて、老いて、腐り、溶けて、土に還りたい。
「休みはもう、終わりでしょうに」
マキナは立ち上がり、つながりを断った。私の頭の中に、ザーッと風が吹いた音がした。草を凪ぐような音もした。
私は、「もうちょっと、マキナとつながっていたい」と、肩を落とした。
マキナは「行ってらっしゃい」と微笑んだ。
「マキナ。帰ってきたら、すぐにつながろうね」
私はいつも言う。マキナはいつも頷く。
崩れた王宮の中に入って仕事着に着替えた。どれだけ蔦や埃で風化しても、大理石に刻まれた剣や弓によるへこみの痕は生々しかった。
王宮の門まで来ると、階段が下界へと続いている。いつもここでマキナに見送ってもらう。
「あら」
私が働きに行こうとする途中、マキナは空を指さした。
「ほら、今日もまた、飛んでますね……いつもより、多く飛んでいる……それに、近い」
マキナは彼らに手を振った。
「ダメ! ゴミ屑に挨拶しちゃ!!」
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