真一君のバレンタイン

紀之介

くれるよね?

「ホワイトデー、何か欲しいものある?」


 いつもの喫茶店の いつもの席。


 テーブルの向こうから、真一君は身を乗り出しました。


 その勢いに押された葉月さんが、背中を 椅子の背に張り付けます。


「ま、まだ…バレンタインまで 2週間以上ありますよ?」


「…当然、くれるよね?」


 上目遣いの真一君から、葉月さんは目を逸らしました。


「チョコなら…シンちゃんにあげるつもりは、ありません」


「え?」


「─ 去年あげた時『甘い物は好きじゃない』とか、言われましたし。」


「は、葉月ねーちゃん!」


 真一君が、テーブルに手を突いて立ち上がります。


 その姿を見て、葉月さんはニンマリしました。


「今 編んでるマフラーなら、シンちゃんに あげますけどね♡」


 脱力して、椅子に崩れ落ちる真一君。


 ニコニコしている葉月さんに、恨めしそうな視線を送ります。


「ねーちゃんの、意地悪。」


「すっかり…シンちゃんに感化されちゃいました♪」


----------


「…もう、機嫌 直して下さいよ」


 宥める葉月さんに、真一君は仏頂面を向けました。


「バレンタインに、お揃いのマフラーをしてくれたら 許す。」


「え?」


 軽く狼狽えた葉月さんに、真一君が畳み掛けます。


「お揃いのものって憧れなんだよね~ 何故か葉月ねーちゃん、嫌がるけど。」


「ふ、2人でお揃いのものなら、もう持ってるじゃ ないですか!」


「…は?」


「私が、シンちゃんママから預かってる、家の鍵です!!」


 呆れた顔をする真一君に、葉月さんは必死で言い募りました。


「2人で、同じもの持ってますよね!?」


「そりゃ…同じじゃない 合鍵なんて、意味がないからねぇ…」


「同じものなら、お揃いです!」


「合鍵を…お揃いとは、表現しないと思うけど。」


 視線を逸らす葉月さんに、真一君が顔を近づけます。


「何でお揃いが、嫌なの?」


「…今回に限っては、主に 時間的な制約です」


「?」


「シンちゃんの分でぎりぎりなのに…バレンタインまでに、もう1本なんて、私には編めません…」


 沈黙する葉月さん。


 暫く視線を天井に向けていた真一君が、口を開きます。


「─ じゃあ、教えてくれる? 編み方。」


「へ?」


「葉月ねーちゃんの分は、僕が編むよ! ホワイトデーの前渡しって事で!!」


「そ、それは…却下です!」


否定され、真一君は表情を歪めました。


「何で?」


「わ、私のより…シンちゃんの編んだマフラーの方が出来が良かったら、困ります…」


「大丈夫! そういう事なら…葉月ねーちゃんの出来に 合わせるし。」


「…」


「あくまでも お揃いのマフラーするのが目的だから、品質なんかには 拘ら…」


 真一君の言葉は、葉月さんに遮られます。


「…シンちゃん?」


「?」


「何で…私の編んだのより、自分のマフラーの出来が良い事 前提なんですか?」


「え? だ、だって…さ、さっき……じ、自分で………」


 大きく頬を膨らませた葉月さんを見て、真一君は たじろぎました。


「残念ですが、真一さん」


「は…い」


「もう、今年のバレンタイン、あなたに何も差し上げられるものは 何も御座いません!」


 葉月さんがすっかり拗ねてしまったのを見て、真一君は途方に暮れます。。。


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「…葉月ねーちゃん」


 暫く様子を見ていた真一君は、恐る恐る探りを入れました。


「ね、ねーちゃんって呼ぶの…止めてくださいって、何度も言ってますよね? 」


「そろそろ…落ち着いた?」


 頷く葉月さん。


 安堵した真一君の前で、突然立ち上がります。


「それじゃあ…早速行きましょうか。」


「…え?」


「私の家にですよ!」


「え…は、葉月ねーちゃんの家に? 何で??」


「シンちゃんは…バレンタインに、私とお揃いのマフラー したいんですよね?」


「そ、そうだけど…」


「私1人でバレンタインまで確実に編めるのは、シンちゃんにあげるマフラーだけです。」


「…」


「14日までに、もう1本マフラーが必要なら、シンちゃんにも編み方を覚えてもらって、ある程度は手伝ってもらわないとですから!」


----------


─ バレンタインから1週間後。


真一君と葉月さんは、なんとか念願の<お揃いマフラー>で、デートする事が出来たのでした。。。

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