かくれんぼ

@sasaki

かくれんぼ

 ずっと、遠くで呼ばれている気がする。自分の事を呼んでいるのに、何で呼ばれているのか、何と呼ばれているのかが分からない。

 真っ暗いような、橙色に光っているような。ただ時間が過ぎていくのは分かるのに、どれだけ時間が経ったのかが分からない。目を閉じたまま自分が在るだけの状態を、僕は「夢」と呼ぶことにした。



「もういいかい」

 背後へ、生垣でぐるりとかこまれた公園の中へ問いかける。

 口を閉じて、息を止めて。少しのあいだ返事を待つけれど、なにも返ってこない。木の枝に立つ葉っぱのすきまを、こどもが踏み固めた細いけもの道を、風が走っていくのが聞こえる。

「もう、さがすよ?」

 目をふさいだ手のひらを、小指の方から開いていく。

 最初に見えたのは地面の黄土色。その手前にあるのが、乾いた砂で真っ白になった自分のくつ。顔をあげて、ささくれみたいに反発したがさがさの木の幹。緑の葉っぱ。

 後ろを向く。だれもいない。土、芝生、遊具。むきだしの土の色よりも、背をおなじようそろえた芝生の緑の方が多い。おなじ方向へ吹く風が雲のかたちを変えていって、緑色が、沈んだり光ったりをくり返している。

 汗をぬぐうと、砂がまざってざらざらとしていた。


「次郎くんみっけ」

「京ちゃんみっけ」

「一茶くんみっけ」

 すべり台の下、木の幹の裏側、ベンチの下。指を差して、見つけたをくり返す。

 公園の入り口。車止めの杭の上。

「カズにいちゃん、みぃつけた」

 杭に腰かけ手をふるカズ兄。これで全員、みつけた。



 夏だ。まっしろの太陽が射す光は、注射器よりも細い針でちくちくと肌を刺して痛い。生温かい空気は手でつかめそうなほど質量を感じるのに、Tシャツをなんどあおいでも、水の中を泳ぐみたいにぬるりともとの位置にもどってくる。

「くるひもくるひも、かくれんぼかくれんぼかくれんぼ! ばっかみたい!」

 煩わしそうに汗をぬぐうと、千砂ちゃんはアイスを片手に地団駄を踏む。手首を軸にアイスがゆれるたび、水滴が地面に水玉模様を描いた。糸を張ったようにふるえる、ぴりぴりとした高い声。カズ兄ちゃんはわざとらしく耳をふさいで見せる。

「千砂はもっと大人のあそびがしたいの! わかる? 千砂はもう、あんたたちみたいな子供じゃないんだから!」

 棒に残ったアイスを口で抜きとると、千砂ちゃんは順々にみんなを指差す。六番目にゴミ箱を指すと、棒に包装紙をむすんでなげた。

「じゃあ、千砂、おまえがなんかてーあんしろよ」

 しゃりしゃりと、アイスをかじりながら次郎くんが言うと、千砂ちゃんはそうじゃないとすねを蹴る。

「ばっか、ぼうりょくおんな! ゴリラやろう!」

「千砂ゴリラじゃないもん! 次郎がゴリラなんだから!」

 千砂ちゃんと次郎くんが顔をよせる横で、みんなが順番にゴミ箱へアイスの棒を投げ入れていく。最後にカズ兄がゴミを投げると、千砂ちゃん、次郎くんのあいだをぬって手をあげた。

「カズ兄ちゃんはお子様なので、次のラウンドもかくれんぼを提案しまーす」

わきへ追いやられた二人がカズ兄のすねを蹴る。

「カズにいちゃんは一番にいちゃんなんやし、もうちょっと大人になってや」

「カズ兄ちゃんは、かくれんぼ、だーいすきの子供ですから」

 京ちゃんがため息をついてみせると、カズ兄はこどもみたく口をとがらせてみせる。もう一度すねを蹴ろうとする千砂ちゃんの足を止めると、かわりに人さし指を立てた。

「じゃあ、一位になったやつの言うことをみんなで聞く。負けたやつ全員でな。これでどうだ? 張り合いが出てきただろ?」

 カズ兄ちゃんは順々に五つ、「1」の形にした指で顔を指差す。それを見た京ちゃんは、カズ兄ちゃんの指をつかむと目を輝かせた。

「なんでもっ! カズ兄ちゃん、うち、かおりだまほしい! ビンに入ったオレンジいろのやつ!」

「ぼくはみかんー」

 カズ兄ちゃんの腕を引っ張った京ちゃんに続いて、一茶くんがみかんを掲げる。

「あんたみかんもってるじゃん」

「そうじゃないの」

 みかんに手を伸ばした千砂ちゃんをかわすと、一茶くんはポケットにみかんをしまう。手ぶらになった手のひらを見せると、ない、ない、と横に手を振ってみせる。京ちゃんは一茶くんの前にしゃがむと、首をかしげて問いかけた。

「そのみかん、どしたのイサくん」

「おちてた」

「おちてた? みかんが?」

 どこにと千砂ちゃんが聞くと、一茶くんは公園の外を指差す。

「うちしっとるよ。みかんはふゆになるん。こたつでたべるもん」

「いま、なつじゃん。それに千砂、このへんでみかんのきなんて、みたことない」

 京ちゃんの言葉に千砂ちゃんが声を重ねる。

「それたべちゃダメだかんね一茶。一位になってカズ兄にあたらしいのかってもらうの」

カズ兄に、という言葉に合わせてみんながカズ兄ちゃんを見ると、カズ兄ちゃんは腕を交差させてバツ印を作る。

「物は禁止―。他のことにしろ。他のことに。あと、カズ兄ちゃんお金なんて持ってませんから。たかろうとしても無駄ですからー」

 ひらひらと手をふってみせるカズ兄ちゃん。京ちゃんは頬をふくらますと、カズ兄ちゃんの指を引っぱって関節を反らせようとする。カズ兄が腕をふり払って逃げ出すと、みんなもそれに続いた。

「今度もイチが鬼な」

公園の入り口、杭の前でカズ兄がふり返る。立ち止まるカズ兄ちゃんの横を、みんなが走り抜けた。

 後ろを向き、木に腕をつけ、また数を数える。真っ暗の中、地面をくつが蹴る音を追いかける。ざりざりと石がこすれる音がばらばらに広がっていくと、どの音がどこへいったのかわからなくなった。


「もういいかい」

 背後へ、公園の中へ問いかける。

 口を閉じて、息を止めて、少しのあいだ返事を待つけれど、なにも返ってこない。

「もうさがすよ?」

 目をふさいだ手のひらを、小指の方から開いていく。

 後ろを向く。だれもいない。土、芝生、遊具。

 すべり台の下、木の幹の裏側、ベンチの下。

 公園の入り口。車止めの杭の上。だれもいない。



「カズにいちゃん。千砂ちゃん、次郎くん、京ちゃん、一茶くん。

 どこにいるの?」

 だれもみつからない公園に呼びかける。自販機の裏、生垣の陰、木の根元、ジャングルジムの中。どこにもいない。

 おなじ場所をいったりきたり。耳をすましても風の音が聞こえるだけ。息をすっても、その後には何も続かない。ほかの、だれの音も聞こえない。

 公園の端から端まで。なんども往復する。さっきまでと同じ景色がある、ただそれだけ。心臓の音が骨をつたって、頭の奥でとくんとくんとひびいていた。

「もうギブアップ。ぼくのまけだから、みんなでてきてよ」

 立ち止まって息をのんでも、返事がない。二、三歩、あるいて止まる。あっちはさっき見た。こっちもさっき見た。さがしてない場所なんてないはずなのに、誰の影もみつからない。どこをさがしたらいいのかもわからない。

 もしかして、目を閉じた瞬間に、みんないなくなってしまったのだろうか。公園の中のどこをさがしたって、だれもいないのかもしれない。

 公園の入り口。車止めの杭の上。なんど見てもだれもいない。でも。公園の外になら、だれかいるかもしれない。まっすぐ芝生をぬけ、杭の上に立つ。前かがみになって外を見る。見える範囲にはだれもいない。

 少しだけ外へでてみようか。そう思い、公園をふりかえる。人影をさがすと、うしろで車の音が聞こえた気がして、杭からとびおりた。

「こうえんのそとは、〝ズル〟だし」

 一歩、一歩、足を引きずって後退する。ふり返ってもういちど公園の中を見る。さっきとおんなじ、なにもいない。

 どこをさがしていいのかわからなくても、どこへいったらいいのかわからないから、公園の中へもどる。

 太陽が射す光は、ちくちくと肌を刺して痛い。

さっきとおんなじ。真上にうかぶ太陽は、まっしろだった。



「なにしてるの、イチ。こっち。こっちだって!」

 ふと、どこかで声がして、顔をあげる。前を見ても、後ろを見てもだれもいない。だけど声だけは聞こえていて、こっち、こっちと呼びかけている。

 どこから呼んでいるんだろう。なんどもなんども呼んでいるのに、姿が見えず、手が届かない。

「イチ」

目を閉じて、声の方角をさがす。まぶたの中へ入り込むと、ふらふらと世界がゆれて、まっすぐ歩けない。それでも頭の中が声でいっぱいになって、ふわふわした感覚に、なんだかほっとする。

草のこすれる音が砂をする音に変わって、砂をする音がタイルをたたく音に変わって。もう少しで届きそう。そう思って声に手を伸ばしたら、鼻先を車の音が通りすぎていった。アスファルトをタイヤがこする音が近づいて、そしてはなれていく。

足の先には車止めの杭。ここから先は公園の外。この先へ、出ていってはいけない。それなのに、声は杭のむこうから聞えていた。

「どうしたのイチ。なんでそんなところにいるの」

 声が問いかける。だって、この先へ行ってはダメって言われたんだ。こっちに来てはダメって言われたんだ。かくれんぼは、公園の中でしないといけないものなんだ。約束をやぶったらおこられてしまう。

「はやく。こっちにきてよ、イチ」

 名前を呼んでいる。杭の外に声がいる。かくれんぼ、はやくみんなをさがさないと。こっちに来てはダメと言われたのに。

「誰がそんなこと言ったの」

 だって、ダメって言ったのは。



「ほらイチ。こっちだって」

 ふいに腕を引っぱられて、その方向へ足を出す。傾いた体を支えた足は杭のむこう側へ出ていて、腕をふり払おうとしたけど、はなれた腕をもう一度つかまれた。

「みんな、まってるって。はやくさがそう」

腕をつかんだのは次郎くんだった。次郎くんが走りだすと、引っぱられて一歩、二歩と公園からはなれていく。

次郎くんの息が駆けるのを聞きながら、くり返し足を出す。止まろうと思っているのに、次郎くんの力のほうが強くて、前のめりになるだけで、一歩、また一歩と足を出してしまう。

 つかまれた腕は引っぱられて痛いような、服がこすれてくすぐったいような。肌のふれる場所だけ熱を閉じ込めたみたいにあったかくで、どうにもならない感覚がもどかしい。

 何度か角を曲がったら、次郎くんが足を止めた。腕をつかんだままふり返って、目線を合わせる。

「かくれんぼはもうあきたし、つぎはもっとちがうあそびをしよう。そのほうがずっとたのしいし」

 そのためにはみんなを見つけないと。どこへ行ってしまったんだろう。あんなに公園の中をさがしたのに、だれもみつからなかった。

次郎くんが小指を出してきたのでそれに合わせて小指を出すと、新しい約束をする。小指と腕をはなすと、次郎くんは気合をいれるみたいに、腕まくりした。

「イチ、おれはこっちをさがすから、イチはむこうな」

 そう言いながら、次郎くんはみぎとひだりを指差す。指の先には道路が続いている。手を振ると、次郎くんはまっすぐひだりがわへ駆けていく。

どんどんと離れていく次郎くん。だけどそれを追いかけることはせず、深呼吸をして、その場で足踏みする。約束をやぶってしまった。公園を出てはいけなかったのに、外へ出てきてしまった。ダメって言われたのに、怒られてしまう。

これからどうしよう。胸に手をあてると、息がまだ駆けていた。後ろを向いて公園の方角をさがすと、次郎くんがふりかえり声を上げた。

「イチ、みんなみつけるまでもどっちゃだめだからな」

どこから来たのかもわからない。みんなをさがさないといけないし、さがしても、さがさなくても約束もやぶってしまう。

引っぱられた腕がじんじん痛い。つっぱった皮膚が向かってる先がどこだったのか。わからないまま、腕をなでた。



次郎くんはみぎにいけと言った。立ち止ったまま背中をさがす。前にも後ろにもだれもいない。どうしようと迷っていると、風上からみかんの匂いがした。

ふと、一茶くんがみかんがほしいと言っていたのを思い出して、匂いの方角へ足を向ける。この匂いを追いかければ、一茶くんもみつかるかもしれない。

目を閉じると、みかんのすっぱい匂いが頬をなでて、くすぐったい。大きく息を吸うと鼻がつん、として、くしゃみが出た。

ぺたぺたと足を動かしていると、いつの間にか風が止んで、みかんの香りが周りを包んでいる。匂いをかき分けると、そこにみかん畑があった。

道にそってぐるりとまわる。一度目の角を曲がったとき、木の陰でかさりと音が鳴った。

「あーあ、みつかっちゃった」

 幹の後ろで、つぶやく声。畑に入ってくぐって幹をまわると、そこにいたのは京ちゃんだった。京ちゃんはみかんの生った枝をゆらして、匂いをかぐ。

「みかん、なっとるね」

 一茶くんがみかんをひろったと言ったのは、ここだったのかもしれない。それならここはまだ、公園の近くだ。あと二人。一茶くんとカズ兄を見つけて早く公園に戻ろう。

「うち、いい匂いするやろ。ずっとここにいたんよ」

 木陰に座り、体を伸ばす京ちゃん。京ちゃんに近づくと、柑橘っぽい、鼻がくすぐったい匂いと、しめっぽい、土の匂いがした。

「これ、一個ぐらいもっててもいいかな」

 地面に落ちていた青い実を京ちゃんが拾う。手のひらで転がる小さなみかんをさわってみると、固くて、皮もむけそうにない。

「イチはみかん、すき?」

 目を閉じると、やっぱりみかんの匂いがした。



 京ちゃんに手をふると、みかん畑の中を進む。

 枝をかき分けるかさりという音と、こすれた葉っぱが発する青くさい匂い。木になった青いみかんはとてもおいしそうとは思えないのに、感覚が混ざり合った先にあるのはたしかにみかんで、口の中に唾液をつくる。

「イチ、みかん食べる?」

 差し出された手にあったのは、熟れたみかん。首を横にふると、一茶くんはその場に座りみかんの皮をむく。

厚い皮に爪を立てると果汁がふき出し、鼻の奥にすっと空気が抜けていった。果肉の袋についた細かいすじまでとっていくと、一茶くんはもう一度みかんを差し出す。

「あげる」

 首を振る。

 一茶くんはむいたみかんと木になったみかんを交互にみていたけど、つばを飲み込むと口の中へ放り込む。

 おいしい? と聞いてみたけど、一茶くんは、わかんないと答えた。



 葉っぱのトンネルをくぐってみかん畑を抜けると、住宅街に出た。三階建のアパート。木造のたばこ屋さん。見たことのあるような、ないような。道路の白い線を伝って、歩いていく。

角を曲がって駄菓子屋さん。そうだ、ここでいつもアイスを買っていた。ショーケースのガラスをさわるとぴりりと冷たい。じんじんと痛む指先にひりひりとしたソーダ味を思い出して、つばを飲みこむ。

 駄菓子屋さんのとなり。コンクリートのブロック塀のむこう。見なれた景色に足を速める。白線から足を外すとそこに、公園があった。

「カズにいちゃん、みぃーつけた」

 指を差し、みつけたと声を出す。入り口の杭に、腰かけるカズ兄。こちらに気がつくと手をふる。これで全員、みつけた。


「カズにぃ、どこ行ってたの」

 目を閉じたあいだに、どっか行ってしまわないよう、腕をつかんで問いかける。

「どこにも行ってないって。お前の方こそどこ行ってたんだ」

 それは嘘だと首をふる。あんなに公園をさがしたのに、誰もいなかったんだ。みんなだって公園の外にかくれてた。カズ兄だってそうに違いない。

「他のやつらはどこだ。まだ見つかってないのか」

「みつけたよ。だけどみんな、どっかいっちゃった」

 公園の外を見る。きっとみんな、かくれんぼを続けてるに違いない。

「じゃあもう一回、だな。イチ、またお前が鬼だ」

 走り出しそうなカズ兄の腕を引き止める。ぎゅっと指に力を入れたけど、カズ兄の足は、案外簡単に止まった。



 ずっと、遠くで呼ばれている気がする。誰かが僕を呼んでいる。

 真っ暗な中、時間が過ぎていくのは分かるのに、その人はいつも僕を呼んでいる。

 握る手が暖かいのに、何も出来ないからくすぐったい。僕がこれが好きだった、なんて言われても、なぜ好きだったのかも覚えてないのに。

 だから僕は、この状態を夢と呼んだんだ。



「僕、もうかくれんぼはもう飽きたよ」

 いつだってかくれんぼ。いつだって僕が鬼。かくれんぼだけじゃない、もっと別のことがしたい。同じことを繰り返したって何も変わらない。そんなの意味がないじゃないか。

「仕方ないだろ。目を閉じたままじゃ、かくれんぼぐらいしか出来ないし」

「そんなことない。目ならちゃんと開いてる」

「それならお前には何が見えている」

「なんでもだよ。ここにあるものすべてが見えてる」

 カズ兄が何が言いたいのかが分からない。カズ兄の問いはふわふわと手で掴めなくて、雲みたいに指の間をすり抜けていってしまう。

「お前は頭で見ているだけだ。目なんか開いちゃいない」

「同じことだよ。体を動かさなければ、見分けなんかつきやしない」

「見分けがつかないなら、なぜお前は言い切れるんだ」

「だって僕は、夢を知ってるもの」

 目を閉じて見る夢は、いつも橙色の夕方だ。風も吹かず、季節も分からず、ずっと同じ時間で停滞している。光っているのに暗いような、日の沈まない夕暮れが、ちかちかと不安定に揺れている。何度名前を呼ばれても、どこから呼ばれているのかが分からない。何度手を伸ばしたって、何も掴めやしないんだ。

「かくれんぼを終わらせたいなら、ちゃんとみんな見つけることだ。隠れたままじゃ、可哀想だろ」

「みつけたよ。だけどみんな、どっかいっちゃったんだ」

「ちゃんと数は数えたのか」

 カズ兄の前で指を折り、数を数えて見せる。

「いーち、にーい、さーん、し」

四つ指を折って手を止める。

「イチ。こっち、こっちだって!」

 ふと、どこかで声がして、顔をあげる。誰かが僕を呼んでいる。声の方角を見て、足を止める。車止めの杭。公園の外から声がする。

「どこにいるの」

 姿の見えない、声に尋ねる。手を伸ばしても、声は問いには答えず、こっちこっちと呼んでいる。

 足踏み。もう少しで届きそうなのに、手が届かない。重力が何倍にもなったみたいに重くて、腕がだるい。目を閉じると、声が近づいたきがした。

これで手が届く。そう思って声に手を伸ばしたら、鼻先を車の音が通りすぎていった。アスファルトをタイヤがこする音が近づいて、そしてはなれていく。

 目の前にあるのは車止めの杭。ここから先は公園の外。後ろを向いても誰もいない。

息を飲み込み。目を開くと、公園の外へ足を出す。手を伸ばすと、何かに触れた気がした。


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