化粧して!

紀之介

却下。

「じゃあ…次に合う時に、化粧して来て!」


 横に座っている浩介君の顔を、薫さんが まじまじと見ます。


「誕生日の希望を、聞いたんだけど?」


「化粧した、薫の顔が見たい!!」


 薫さんは、ベンチから離れた場所で灯る、公園の街灯に視線を移しました。


「却下。」


「…何で?」


 ジト目の浩介君を見ない様にしながら、薫さんは、意識的に明るい声をだします。


「その日1日、浩介のお気にの場所を巡るって言うのは…どう?」


 問い掛けに、何も返事は返されません。


 暫くの沈黙の後、薫さんが口を開きました。


「次のデートに…八雲博物館に 一緒に行ってくれるなら、考えても良いけど…」


 行き先に、浩介君が躊躇する場所を提案してみます。


「─ それでも良い?」


 浩介君が諦めるのを確信する薫さん


 しかし、予想は裏切られます。


「良いよ!」


「…え?」


「だから…化粧、して来てね!」


 断わるすべを失った薫さんは、渋々同意しました。


「…りょ、了解」


----------


 当日。


 遠隔地の八雲博物館に行く2人は、早朝の駅のロビー待ち合わせました。


 約束の時間より30分早く来た薫さん。


 辺りを見回して、まだ浩介君がいない事を確認します。


(化粧して人前に出るのって…久しぶりかも)


 隅のベンチに腰を降ろして、バックから、化粧ポーチを取り出しました。


(うまく、出来てる?)


 辺りに人影がない事を素早く確認した薫さんは、鏡を覗き込みます。


(…口紅、変?)


 ポーチから急いでリップブラシを取り出す薫さん。


 なれない手つきで、コワゴワ唇をなぞります。。。


----------


「…今日は、早いんだねぇ」


 浩介君は、約束の時間の3分前に、駅のロビーに現れました。


「いつも遅刻してないし…3回に1回は私の方が早く来てると思うけど。」


 自分の顔を凝視する浩介君に、薫さんが尋ねます。


「何?」


「えーと、化粧…」


「不本意だけど…約束だからね」


「やっぱり、してるんだよねぇ…」


「…は?」


 声を荒げる薫さん。


 浩介君は目を逸しました。


「えーとね…」


「…」


「薫の顔が…いつもと同じだなーと、思って」


「─ 唇の色だって、顔の色だって、いつもと違うでしょ?」


「それは、そうなんだけど…」


 薫さんの見幕に、浩介君の声が小さくなります。


「もっと変わるものかと…思ってたんだ。。。」


「…もしかして、アニメなんかの『化粧で いきなり美人が誕生!』みたいなのを、期待していた、とか?」


 頷く浩介君に、薫さんは脱力しました。


 探る視線で、浩介君が尋ねます。


「怒ってる?」


「…呆れてる。」


 目を閉じて、ベンチの背に体を預けた薫さん。


 突然立ち上がって、オロオロしている浩介君と目を合わせます。


「化粧…落として来ても、良いよね?」


 視線を逸らせない浩介君は、何度も頭を前後に振って見せました。


 笑っていない笑顔で、薫さんが迫ります。


「─ 今後、私に化粧してって言うの 厳禁だからね? 僕ちゃん。」

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