皇国軍魔法士官学園法務部ーJUSTICE&GLORYー

@jordi14

第1話 序

「異議あり!」

 よく通る声が、法廷に響いた。

 自信と確信と、かすかに優越感。廣瀬文武大尉は、この案件の勝利の手応えを心地よく味わっていた。

「検察側は推論を述べています」

「認めます。質問を変えるように」

 廣瀬の指摘を受け、壮年の女性裁判長は三度、検察側の主張を挫いてしまった。すでにこちら側の主張へと、心情が傾いてきている証拠だ。

 指摘を受け、検察側は口頭する。

「では石田兵曹、院の研究所に立ち入ったことで、何か成果をあげることはできましたか?」

「……はい」

 被告の石田二等兵曹は、検察の顔色を窺うような怯えた声で返事した。その「いかにも頼りない」雰囲気に、廣瀬は呆れ笑いを浮かべてしまう。弁護人として被告席の隣りに座り、こんな挙動不審気味の兵曹を引っ張っていって最終的には勝たせないといけないのだ。その苦労を思うと、仕方がない。

「成果とは、例えばそれは、暴発事故で素早く救出活動をできたこととか?」

「…私がいたから、被害は少なくて済んだんです」

「と、いうことは」

 検察側に立っている嵯峨美津樹中尉が、左右に並んだ陪審員へアピールするように、優雅な身ごなしで振り返った。

「事故が無ければ、あなたが大学士官院生の学章をつけ、最高学府の校棟に無断で立ち入った重大な違反を正当化する理由は、他に何もないということですね?」

「……っ!!」

(チッ…)

 ゆったりとふんぞり返っていた廣瀬は、小さく舌打ちした。

 美人ではないが育ちの良さを感じさせる無垢な容貌に、真っ直ぐで意志の強い黒眉がキリリと締まる。嵯峨中尉の追及は、優しげな声音とは裏腹に、まったく容赦の無いものだった。

 今の石田兵曹の失態は、こちら側に傾いていた陪審員の心証をぐらぐらと揺り動かしてしまうのに十分な印象を、法廷内へ与えてしまった。

「兵曹、あなたは院生の身分をかたり、無断で軍の最高機密研究施設のある建物に侵入し、あまつさえその言い訳に、偶然起きた不幸な爆発事故を利用しているのですね!!」

「裁判長!議論を求めています!」

 思わず弁護人席から立ち上がり、廣瀬は声を荒らげた。右手をかざし、大袈裟に異議を訴える。

 と、嵯峨は裁判長の判断を待たず、

「撤回します。検察側の質問は以上です」

 クルッときびすを返し、さっさと検察席に戻ってしまった。

(このアマ…っ!)

 廣瀬の振り上げた掌が、所在なさげに宙で漂う。からかわれたような、滑稽な道化師にされたような気分だ。

 そんな突っ立ったままで苦虫を噛み潰している廣瀬の方をチラリと見ると、嵯峨は得意気な笑みを「ふふんっ♪」と送って寄越してきた。

 廣瀬と嵯峨は、同じ皇立魔法士官学園法務科に所属する、お互いに手の内を知り尽くした同窓生だ。むしろ、馴れた関係、といっていい。

 優秀な軍士官を育てるため中高大院の一貫教育を行うこの皇国唯一の軍事教練学園には、それだけに大勢の学生が集まっており、従って各学齢ごとに様々な問題が起こり得る。それらの問題を調停する法務科には、いつも何かしらの案件が持ち込まれるものだった。陸海空のそれぞれの法務科で数十人いる学生たちは、皆、担当する部署ごとに毎日忙しく走り回っていた。

 廣瀬と嵯峨で担当する事件だけでも、今学期に入って既に五件目だ。

 ふたりは大学の研究ゼミの中でも、最優秀の成績を記録している法務官だった。

「弁護側、何かありますか?」

 フェミニストの女性裁判長が、検察席を睨みつけたままの廣瀬に注意する。

(あぁ、そういやこの人の時は、勝率もいまいちだっけかな)

 廣瀬は思い出したように、手元のメモへチェックを入れた。

 裁判官もひとの子、判決に個人傾向がある。合う合わないもある。

(まぁそれでも、七分三分で勝っているはずだが)

 しかし相手が嵯峨中尉ならば、少しは気合いを入れて取り組む必要があった。

 フーッと一息つき、キャップにペンを突き刺す。廣瀬はなるべく落ち着いてる風を演技して、石田兵曹に用意していた質問を訊ね始めた。

 ――そもそもが、この案件は被告側に不利なのだ。

 ここは魔法士官学園といえど、在校生の総てが上級士官、高級士官に採用されるわけではない。

 それも当然で、能力の足りない士官が軍の中枢を担うようになるのは、どう考えても望ましくないからだ。

 そのため大多数の者は、中等部高等部を卒業すると、曹長や軍曹といった小部隊の指揮官候補として各地に任官していく。

 一方で、成績優秀者は上の大学校へ進むことができ、尉官以上の上級士官の道が開かれる。例えば廣瀬や嵯峨のように、だ。

 更に大学院にまで入った者は、将官候補のエリート士官として、作戦参謀等の特殊技能を身につけていく。

 それだけに、身分の区別はハッキリと分けられているのだ。

 その最大の判断基準は、人格、指揮力、身体能力の他に、個人が備え持った魔法能力の成績だった。

 石田兵曹は、その魔法力が“極めて”劣等だった。

「兵曹、あなたは自分が、院生になるにふさわしい、と思っていましたか?」

 文節で区切るように、ハッキリゆっくりと質問する。

 依頼人を落ち着かせるためと、陪審員にアピールするためだ。

「その資格は、あると思いました。確かに私たち半島人は、魔法力で劣ってるかもしれませんが、知識は努力で身に付けれます」

「魔法触媒が、臨界で爆発を引き起こしたのを、的確に収束させる技術、とか?」

「そうです。…だから例え魔法が使え無くても、私は軍の役に立てると思いました」

 用意していただけに、小心な石田兵曹でもスラスラと明晰に応えてくれる。

「院に進めば、更に知識を得、活躍できると?」

「はい」

「ありがとう。弁護側は以上です」

 一礼した廣瀬と入れ替わりに、再び嵯峨が席を立ちあがった。絶妙な呼吸でしなやかに身を翻す様に、観覧している陪審員たちから感嘆のため息が洩れる。しなやかなその姿は、洗練された舞の如く映っただろう。

 それは、嵯峨中尉の自然な武器だった。

「裁判長、検察側から再度質問を」

「どうぞ」

「兵曹、弁護側の主張からすると、あなたは高い理解力を備えた人物のようですね」

 肩までの髪をサラリとかきあげ、嵯峨は気弱な石田兵曹の目をジッと見つめた。

「では、身分詐称は犯罪行為だったとの認識は、ありましたか?」

「……はい、確かにわたしは、いけないことをしました。でもそれは…」

 やっと絞り出した声をみなまで言わせず、嵯峨は言葉を繋いだ。

「ありがとう。では、燃え上がる向学心ゆえに、最先端の研究に触れるために、規則を破った。爆発事故が起きたとき、理解力のあるあなたは、何故、嘘がバレてしまいかねない『人前に出る』という行為を選んだのですか?」

「それは……」

 言葉に詰まる。

「本当は勉学のためなどではなく、単なる自己満足、自己顕示欲を満たすためだけに、院生の身分をかたっていたのではないですか?

 だから事故のとき、満たされない向学心のためにあえて身を隠すのではなく、偽りの制服に身を包んだまま、進んで喝采を浴びる行動に出れたのでは?」

「裁判長!」

「却下よ」

 むしろ嵯峨が、廣瀬の抗議をピシャリと跳ねつけた。

「自分の姿を見せつけて、ヒーローになってちやほやされたかった。違いますか?」

「わたしは…」石田兵曹は、俯き気味になって震えていた。

「学問研究なら、皇国民にも負けないと、思って…」

「自分は優秀であるべきだ、という願望を、ただ単に満たしたかっただけなのではありませんか?」

「……」

「検察側は以上です」

 もう一度、廣瀬が手を挙げて質問に立つ。

「兵曹、あなたは虚飾のために、院生になりすましたのですか?」

「いいえ、そんなことは…」

 泣きそうになっている。つくづく情けない。

「では、自分は、士官に相応しい能力があると?」

「はい」

「ありがとう。以上です」

 裁判長の叩く木槌が鳴り、法廷内が姿勢を糺した。

「では最終弁論を。検察側」

 頷いて陪審員の前に進み出る嵯峨中尉。

「石田兵曹は、確かに爆発事故で負傷者の救出活動に参加し、勲章物の働きをしました。しかしそれは結果論であって、身分詐称したことを正当化するものではありません」

 その堂々たる演説に、廣瀬も感服してしまう。

「彼が士官大学に進学を認められなかったのは、明確な成績の判断からです。それを無視して、勝手な判断で資格の無い場所に侵入するのは、許されることではありません。これは軍事査問会議で裁かれるべき、重大な犯罪であると考えます」

 まったくもって正論だ、と感心してられるだけなら、楽なのだが。

 嵯峨につづいて最終弁論に立った廣瀬も、渾身の演技力で訴えかける。裁判の勝敗は、ここにかかっているのだ。

「自分に置き換えてみてください」

 心から同情する正義漢のように、眉間に深くシワを刻みつけ、廣瀬は陪審員に向けて沈鬱な哀しみをたっぷりと表現する。

「子供のころ、あまり恵まれてるとはいえない環境で育った。夢を見ることすら、笑われてしまう地域です。そこから抜け出すため、努力して軍学校に入学した。ようやく掴んだ立ち直るきっかけ。ここから着実にステップアップしよう、自分のような、教育を受けれなかった地域の子供たちでも、頑張れば成功できるということを証明するんだ、と誓う。

 ━━しかし、生まれつき魔法力が無いという人種的民族的な特徴で、それ以上の向上の道を閉ざされてしまった。

 ある日、院で学ぶ士官たちを見かけて、あなたはこう思う。『自分はまだ、理解されていないだけだ。魔法力が乏しくとも、優秀な軍人にはなれる。自分もあそこで学ぶことができれば、きっと』

 そういう衝動に駆られ、院生の学章を胸に飾り、鏡を見る。これこそが、自分の目指す道だと。そう思うと自信がわいてきた」

 真剣な目で、廣瀬は陪審員の心情を揺り動かす。魔法力の影響を遮断されている法廷内で、最後にものをいうのは剥き出しのままの魂ひとつだ。

「事故がおこり、重傷を負った生徒たちがいる。思わず現場に駆け寄り、自分の目標とする士官らしい行動をとった。状況を判断し、行動をおこし、的確な処置をほどこす。身分がバレる恐れなど、考える余地なんて無かった。

 ……そんな自分を、どう思いますか?犯罪者でしょうか?それとも、自らの信念を行動に移す、賞賛すべき若者でしょ‐うか?」

 時計は、昼の12時をまわっていた。


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