僕はそれから毎日のように、真白の元へ通った。

 真白は本当にずっと家に居る時間が長いようで、あまり世間で流行っているようなことはほとんど知らなかった。


 僕は真白にいろんな話をした。テレビやドラマ、アニメの話。自分が好きな美容関係の話に、幼馴染の悟の話。食パンの魅力。

 真白はどんな話にもとても興味を持って食い付くように話を聞いてくれた。それは僕にとって、とても有意義な時間だった。

 いつまでもいつまでも、この楽しくて素敵な時間が続いてほしいと願っていた。



 真白と出会って、三ヶ月程が経過した。


「私、優斗くんに髪触られんの好き」


 この日も僕は真白の元を訪れ、ふわふわのさわり心地のよい髪を編み込みしてお団子にしてあげていた。


「私、もうすぐ誕生日なんよ」

「そうやと? いつけ?」

七夕たなばた。七月七日」

「もうすぐやん。真白ってそういえばいくつになると?」

「んー……、十六」


 十六と言えば、高校一年生になる年だ。真白は僕と二個違いだった。

 意外と年が近いことには驚いた。もっと幼く見えていたから、中学生くらいだと思っていた。


「真白が生まれた日が七夕だなんて、なんかいいね。あ、何か欲しいものある?」


 あと二週間で七夕だ。

 僕は真白に何かプレゼントをしようと考えた。


「欲しいもの……。んーでも、私欲しかったのは、もうここにあるから大丈夫」

「ん? ここにあると?」

「うん。優斗くん」


 僕は一気に赤面した。さらりと言われて、急に恥ずかしくなった。


「ぼ、僕?」

「うん、。ずっと欲しかったから」


 僕はぎゅうっと胸が締め付けられた。

 そうか。そうだよな。真白からすると「友達」なんだろうな。

 僕は動揺した。こんなこと初めてだからだ。これまで告白される側で追われる側だったけど、何だか追う側に立たされた気分。そしてあっさりと振られてしまったような苦しさに襲われ、こんな時どうすればいいのか分からなかった。


 その日一日、気分は下がりっぱなしになってしまった。

 食欲もなく、その日は早く眠りについた。


 ・


「お前最近付き合いわりぃなぁ。悟、泣いちゃうぞ」

「キモイわ。僕は今忙しいとよ」

「あ~ん? お前、好きな人出来たやろ?」

「んなっ!?」


 休み時間に大声を出してしまい、クラス中の注目を浴びてしまう僕。


「いや、お前なんで? なんで知ってんの?」

「バカかお前。何年一緒にいると思っちょると? 幼馴染、なめんなよ」

「そ、そっか」

「言えよ。水臭いやろ」

「わ、悪りぃ」


 僕は悟に黙っていたことを突っ込まれてしまい、本当に反省した。これまで隠し事なしで一緒にいたのだ。申し訳ないことをしたと思った。


「んで、その子。誰よ? クラスどこ?」

「あんね、学校の子じゃないとよ。帰り道にある真っ白い家に住んでる女の子」

「へー。あの帰り道にや? そんな家あったかね?」

「しょうがねぇから案内するわ。ついでに今日その子に、悟のこと紹介してやる」

「いいと? そん子、俺のこと好きになっちゃうかもよ~」

「お前自分で言うなよ。でもまぁ、それはそれでしょうがないやろ。僕、振られたようなもんやし」


 そして下校時刻のチャイムが鳴る。

 僕は悟を連れて、いつもの帰り道を歩いていた。


「まだ? どの辺?」

「もうすぐ」


 あと少し。


 あと少しで、真白の家に繋がる道が見えるはず。





 ――あれ?


「どこけ~? その少年の子供心をくすぐる裏道っつーのは」

「いや、たしかに……、たしかにこの辺に……」


 ――道がない。


 左右から伸びる葉っぱが無造作に覆い茂っており、何年も手入れをされていないように見える。そして、道らしき道も見当たらない。

 でもたしかにここだった。

 間違いなく、この場所であっている。

 だって僕は、三か月間毎日のようにあの道を通り、真白に会いに行ったんだから。


「優斗。お前、大丈夫か?」

「いや……、なんでだろう。はは、ここ……、ここを通って僕は」


 僕は混乱した。

 ふらついて、近くにあった家の門壁に体を預ける。


「とりあえず、また思い出したら言ってよ。そん時は、ちゃんと紹介してくれよな」


 悟は、ひらひらと手を振り去って行った。悟なりの気遣いなんだろう。それほど僕は取り乱していたんだと思う。


「真白……」


 僕はその名前を呟く。

 どうして昨日と状況が変わってる?

 もう、キミに会うことはできないのか?


「――おや。今、真白と言ったかね?」


 その時、後ろから声が聞こえた。

 振り返ると、そこには背の小さい腰の曲がったお婆ちゃんが立っていた。


「え……?」

「真白と、言ったかい? 学生さん」


 お婆ちゃんは優しい顔でにっこりと、僕に話しかけた。


「……はい」


 何でもいい。何でこんな状況になっているのか、教えてほしかった。


「懐かしいねぇ。その名前を聞くのは。あんまり呼んでくれる人がおらんかったかいねぇ」

「あの、これ。ここ……、昨日までは通れたんです。でも今日になって、なぜか……、なぜか通れなくなってて」


 お婆ちゃんはとても驚いた表情をしている。


「お前さん、ここに道があったこと、知ってるんかい?」

「知ってます。この先に道があって、真っ白なテラスのある家に繋がっていました。そこで僕は、女の子に――、真白に会ったんです」

「な、なんちゅうこった……」


 お婆ちゃんは、衝撃を受けたような反応をしている。


「ご、ごめんなさい、僕変なこと言いましたっけ?」

「いんや。違うとよ。真白はな、――私の孫なんじゃよ」


 僕は一筋の希望の光を掴んだような気持ちになった。

 真白が言っていた一緒に住んでいたお婆ちゃんとは、この女性のことだったのだ。


「あの、真白は……、真白はどうしたんですか? この先にあった道は……家は。どこに――」

「お前さん何言っちょると? この先にあった私ん家は二年前に取り壊されちょるし、ここにあった道は、もうずーっと使われちょらんよ」




 ――


 僕は頭を鈍器のようなもので殴られたようなショックを受けた。

 思考がストップし、棒のようにその場に立ち尽くした。


「あの……、えと……」


 言葉が見つからない。


 家は二年前に取り壊されている?


 そんなはずはない。


 だって僕は昨日までずっと――……


「真白は、いい子じゃったか?」

「え……?」


 お婆ちゃんは、変な目で僕を見ることなく、自然と話しを続けた。


「真白。あの子は本当に体が弱くてね。真白の両親が東京へ転勤が決まった時、東京の空気が合わんやろうって言って、私のところに預けたんじゃよ」

「そう、やったんですね」

「そういえばあの子、本当に体が弱くてね。全然友達がおらんかったとよ。近所から聞こえる子供たちの声のする方をずっと見ちょってねぇ。そういえば、もうすぐ真白の誕生日やとよ。体悪くしてからもうになるかいね」


 ――十八? 


 お婆ちゃんのその言葉を聞いた瞬間、すべての時間が一瞬にして止まった気がした。


 風も、雲も、時間も、すべての生き物も――


 どれくらいその空白の時があったのかは分からない。


「お婆ちゃん、ありがとうございます」


 僕は深々と頭を下げると、家とは逆の方向へ走り出した。


 頭の中がぐちゃぐちゃっとしていた。

 

 どういうこと、真白?

 キミは、いったい何者なんだ?


 考えても考えても、今は答えは出ない。


 でもこれだけはハッキリしている。


 僕は――、真白……キミにもう一度会いたい。

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