五色の糸に、願いをのせて
太陽 てら
青
僕とキミの最初の出会いは、ちょっぴり不思議なものだった。
真っ白いキャンバスに描かれる、色とりどりな世界。
それは綺麗な空の色だったり、海の色だったり、大自然の色だったり。
覚えてる?
五色の糸にのせた、あの時の願い事。
僕はそれを叶えに来たよ。
また、キミに会いに来たよ。
この広い空の下で、僕とずっと同じ時間を歩んできた、たったひとりのキミに――
・
高校三年生の春。
将来の進路に向けて、みんなが慌ただしくなる一年がやってきた。
僕の名前は、
ここ宮崎県で生まれ、今日まで育ってきた。
宮崎は田舎だ。陸の孤島と呼ばれ、東京の何倍も流行が遅れていると言われている。電車なんて一時間に一本だし、新幹線からは仲間外れにされている。車がないととてもじゃないけど正直生活ができない。
買い物するところもなくて、服を買うときは県庁所在地の宮崎市まで行くか、ネット通販しかない。
テレビなんて、UMKとMRT、そしてNHKとNHK教育テレビしかない。民放なんて二局しかない。あ、誰だ今笑ったやつ。月9なんて土曜日に放送される。月9じゃない。土4だ。すごいだろう。もはや
そんな宮崎県を、僕は早く出たいと思っていた。
田舎すぎる。本当に不便だ。
僕は東京とかに上京して、芸能人のヘアメイクとかやってみたい。お洒落のセンスはあると言われている。ファッションだって気を使っているし、髪のセットだって、雑誌やネットを見ながら毎日のようにセットをしている。
僕の学校の男子生徒はみんなイモのような頭をしている。セットする髪もない。正直僕のように田舎の高校生がお洒落を気取ると正直浮く。すぐに「チャラい」とか「ヤンキー」だと言われる。
「優斗おはよ~。今日もあいかわらずイケメンやね」
「あ、
校門で出会った僕たちは肩を組んで、教室まで向かう。
こいつは僕の幼馴染、
ホモかと噂されるくらい、仲が良くて、ずっと一緒にいる。
悟は本物のイケメンだ。これほどのイケメンがこんなド田舎で、このイケメンっぷりを世界中の人に知られることなく死んでいくのはもったいないと思う。
「お前、まじで一緒に東京行こうや」
「はぁ? 俺は実家の農家を継がんといかんし、無理やわ~」
「もったいねぇ」
「なん言いよるとね」
僕たちはクラスまで一緒だ。高校最後の一年間、こいつと一緒に過ごせるなんて本当についてる。
あとはこれで彼女でもいれば……、なんて思うけど、僕は正直彼女がいたことがない。
自分で言うのもなんだがモテないわけじゃないと思う。ただ、自分から好きになるという感覚がよく分からない。
学校で一番綺麗だと言われていた女子に告白されて付き合ったことがある。
綺麗でスタイルも良くて可愛くて、勉強もできる完ぺきな女の子だった。
でも続かなかった。
僕から振った。
好きになれなかったのだ。
自分から好きになろうと努力もした。
けど、うまくいかなかったのだ。
どうしてだか分からない。
なんでこれほどまで人を好きになれないのか分からない。
田舎の女子に飽き飽きしているのか?
たぶん違う。
理想が高いとか?
そんなことはないと思う。
好きなタイプと聞かれると、んー……。悩んでしまう。
僕はたぶんこのまま誰かを好きになることなく死んでいくのだと、僅か十八歳にして悟ったのだ。
恋をすることなんて、もうとっくの昔に諦めていた。
「優斗、お前まーた女の子振ったとけ?」
「ああ? だって、好きでもない女の子と付き合っても相手に失礼やろ」
今日だけで女子生徒から二回目の呼び出し。
「優斗がモテモテなんは、見た目とその言葉遣いやとに第一人称が『僕』っていうところと、大好物が食パンってことやないと?」
「なんとなく『俺』って言えんだけよ。ほっとけ」
僕は昼休みに食パンを頬張りながら屋上で悟とたわいもない話で盛り上がる。
食パンはうまい。何もつけずに食べる食パンは最高である。最初に食パンを作った人を神と
最初この食パンを食う姿を見た悟に、腹を抱えながら笑われてすげー突っ込まれてたけど、もう見慣れたのか何も言わなくなってきた。
「お前、卒業したらまじで農家継ぐと?」
「そうよ。俺、牛に囲まれて生きていくとよ。かっけぇやろ」
「お前みたいなイケメンが牛と並んじょったら、違和感ありまくりやわ」
「何言いよるとけ。お前は? やっぱ美容専門学校?」
「当ったり前やろ。僕、東京の専門学校に行きたいとよ。ほんで東京で力つけて、芸能人やらモデルたちを僕の手で、僕の色に染め上げてぇって思っちょる」
僕は立ち上がり、目を輝かせながら空に向かって食パンをかざすと、自分の夢を大きな声で叫んだ。
何もない真っ白なキャンバス。
そこで様々な色が、まるでスケートをするように滑らかに滑り、ステップを踏む。何もない白だから、それぞれの色は、それぞれの力を発揮する。
「お前、ほんとその話になると語るがね~。真っ白ってあれけ? スッピンってことけ?」
「スッピンでもなんでもいいがや。僕はその人の魅力を最大に発揮できるヘアメイクアーティストになりたいとよ」
僕は六枚切りの食パンの最後の一枚に手を伸ばした。
「僕、夢を叶えるかい、悟も農家頑張ってや。ほんで僕に最高の宮崎牛を食わしてくれ」
「そうやね。ま、お前の夢が叶ったらやね」
「はぁ? ふざけんな。ぜってぇ叶えちゃるし」
僕は食パンを一気に口の中に放り込んだ。
・
夕方の十七時。
田舎であるこの町は、夕方になると音楽が鳴る。そして『五時になりました。良い子のみなさんは暗くなる前にお家に帰りましょう』なんて放送も流れる。
小さい頃はよくこの放送の言いなりとなり、嫌がる悟の腕を引っぱり、家に帰ったもんだ。僕は良い子だと思っていたから必死に放送の言うことを素直に聞いていたのだ。
いつもの帰り道。
今日は悟は日直の仕事があるため、ひとりで先に学校を出た。
春の暖かい風が吹いている。
セットされた髪が風になびき、僕は目にゴミが入らないように思わず目を瞑った。
そして目を開けると――
そこには二手に分かれる分かれ道があった。
こんな道、あっただろうか。
どこかで道を間違えたのだろうか。
いつも悟と帰ることが多かったから、見逃していただけだろうか。
家に向かういつもの道は、左だ。見覚えのある街並みが見える。
でも、僕の足先は右を向いていた。
なぜだろう。
でも、誰かに呼ばれているような気がしたのだ。
僕は――、瞬きもせずに、右の方向に向かって歩き出した。
・
少し進むと、そこにはポツリポツリと民家があった。左右に植えてある木がいい感じに傘となり、門となり、道を作っている。
何だか子供時代に戻って探検をしているように、ワクワクしている自分がいた。不思議なアニメの世界に入り込んだような、そんな気がしていた。
もう少し進んでみると、突き当たりに家があった。そこで道は終わっているように見える。
真っ白な壁の家。家全体は木造で出来ており、長い板が何枚にも並べられて壁を作っている。綺麗に手入れされた花たち。色とりどりの花が綺麗に列をなし植えられていた。白い壁にカラフルな花が見事に映えてとても美しい。
広い庭のようなスペースには小さな手作りブランコが木の太い枝からぶら下がっており、ゆらゆらと揺れている。
そして真っ白な家の一階部分にテラスがあり、白い椅子が置いてある。
普通だったら人の家の敷地に勝手に入り込んだりしないのだが、何となく、ただ何となく、近くまで行ってみたくなったのだ。
僕は、その家のテラスに向けて歩き出す。
まるで吸い寄せられるような感覚だった。
「誰?」
僕はハッとした。
女の子の声だった。
女の子の声で、僕は正気に戻り、自分が不法侵入している泥棒のような真似をしている気がして、血の気が引くのが分かった。
「あ、あっ、あの! ご、ごめんなさい! あまりにも家が綺麗で、それで、近くで見てみたくて!」
何を必死に言い訳しているんだ、と焦った。
両手を一生懸命動かしてつらつらと言葉を並べる。
ただ、肝心な声の主が見当たらない。
「そうやと? お願い事が叶ったんかと思ったんやけど」
たしかに声が聞こえる。
小さくて消えそうな、でも透明感のある綺麗な声。
ザッと大地を踏む音が聞こえ、その方向に視線をやる。
そこには、ブランコの木に隠れるようにこっちを見ている女の子がいた。
とても白く、繊細に満ち溢れた華奢な子だった。
僕の心臓は――、自分でも驚くほど大きく高鳴ったのが分かった。
「な、名前……」
僕は半分無意識だったと思う。
「名前、なんていうと?」
僕はなぜか、その子の名前を尋ねていた。
「私? 私は――、
その子は、名を真白と言った。
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